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どうしたって距離を取られるこの時代を


コンビニに傘を忘れた。


どうせ家を出るときも大して降っていなかったのだから、わざわざ持っていく必要もなかったのに。往復徒歩5〜6分とはいえ、代わり映えのない道を歩く時間は長く感じる。傘を持って家を出たことを後悔しながら足を止め、帰路を引き返した。

外灯の明かりを頼りに、濡れた地面に気を使いながら足を進めた。横断歩道を渡ればコンビニはもう目の前。車は全然通ってないのに、信号の赤がぼくの足を止める。

右隣には、少し腰の曲がった白髪のおばあちゃん。

ぼくは少し距離に気を使いながら、信号が変わるのを待っていた。


「もう渡っちゃおうかしら」


おばあちゃんは、道路を見渡しながら、ぼくに話しかけるような声色でそう言った。

「危ないですよ。足元も悪いし」

ぼくも思わず言葉を返す。


信号は青に変わり、白線を踏んだ。

「命拾いしたわ。ありがとう」

そう言ったおばあちゃんは、ぼくより少し遅れて横断歩道を歩く。

「まだまだ長生きしてください」

そう返す頃には、会話ができる距離ではなくなりそうだったので、ぼくは軽く会釈をしながらコンビニへと足を進めた。どうやらおばあちゃんもコンビニに向かうらしい。

自動ドアの前にある傘立てには、ぼくの傘しか置いてなかった。傘を手にとり振り返ると、こちらにゆっくり向かってくるおばあちゃん。


「コンビニに傘忘れちゃって」

ぼくは少し照れながらそう言った。


また少し、距離を気にしながら、おばあちゃんとすれ違う。

「まぁ、お気の毒に」

笑顔だった。

ぼくも笑顔で返し、そのまま2度目の帰路についた。



時代は変わり、マスクの着用はマナーになった。

人との距離には気を使う。お年寄りには特にだ。お年寄りとすれ違いそうになったら、歩道からはみ出してでも距離をとってしまう。自分が大事だからじゃない。向こうに気を遣わせたくないからだ。

そんな習慣がついた現代で起こった今日の出来ごと。

てっきり若者は病原菌扱いされているものだと思っていたから、今日おばあちゃんが話しかけてくれたことが、なんだか嬉しくて、

でもやっぱり少し寂しかった。だって、気を使わずにはいられないから。

きっとおばあちゃんも、今の時代を寂しがっていたんじゃないかな。どうしたって距離を取られるこの時代を。だから、若者のぼくにあえて話しかけてくれたんだと思う。


もっと気持ちよく人と触れ合える素敵な時代に、早く変わってほしいと思いながら、


玄関の傘かけにそっと傘をかけた。


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かいち
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