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「激論! MCバトルを真面目に考える」に向けた覚え書き
「こんなに盛り上がってるのに、MCバトルにはそれを語る人間がいない。だからMCバトルは文化になってない」
SNSでそんな声を見かけたのが、確かこのイベント「激論! MCバトルを真面目に考える」開催のきっかけだったと記憶している。
正直、ムカついた。
KAI-YOUで、もうかれこそ7年以上──確認したら2016年の「戦極15章」からだった──MCバトルについて、身を削って言葉にしてきてもらったハハノシキュウさんの孤軍奮闘がなかったことにされていることに。
「こんなに盛り上がってる」というのは、今や、武道館や両国国技館、さいたまスーパーアリーナといった数万人規模の会場で開催され、来場チケットは即完、当日配信も盛況という2023年現在のMCバトルを巡る現況を指している。
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MCバトルが、日本語ラップシーンに与えた功績
日本で初めてオフィシャルな形でフリースタイルによるバトルを行なったと言われるのが、1999年のB BOY PARKだった。ダンスやDJによるバトルはすでに存在していたため、即興のラップバトルが取り入れられるのも自然な流れだった。
MCバトルでシーンに存在感を見せつけ、ラッパーとして名前を馳せる。この流れは当時からある意味王道だった。KREVAに般若、漢 a.k.a. GAMI、PUNPEE、鎮座DOPENESS、ZORN──今では有名アーティストとなった彼らも、MCバトルからその名を全国に轟かせてきた。
それから現在まで、大小様々な MCバトルイベントが催されてきた。「UMB(ULTIMATE MC BATTLE)」「戦極MCBattle」や「KING OF KINGS」の発足──さらにテレビ番組『高校生ラップ選手権』や『フリースタイルダンジョン』によって、その様式はより一般的になっていった。
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今、音楽としてのヒップホップ/ラップは日本でも裾野を広げ、ブーンバップからTRAP、ドリルやハイパーポップまで、多くの才能を輩出する土壌ができている。その音楽的、文化的、商業的な国内ヒップホップの隆盛に、MCバトル文化によるラップという表現形式の普及が寄与したのは間違いない。
ただ、バトルと音楽の溝は、深まっているようにも見える。
ヒップホップとの乖離と、MCバトルの在り方の変遷
その黎明期からMCバトルと日本語ラップは別物と見なされる風潮は確かにあった。
しかし、今はもうヒップホップの器に収まりきらない規格外のムーブメントとして、MCバトルは新たな文化を構築しつつある。
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前述の通り、その規模は大きくなり、入れ替わり立ち替わり新規の若年層が会場に足を運ぶまでになっている。もはや「ラッパーによってはMCバトルだけで食べていける」ようになった。
それは、ラッパーおよびラップを愛する者にとっては福音でもあるだろう。ここまでラップが広まる以前を知っている人間ならば、ラップでは食べていけないという理由で多くのラッパーがマイクを手放しステージを去っていくのを、少なからず目撃してきたからだ。ラップで金を稼ぐ手段が増えた結果、ラッパーはラップを続けることができ、リスナーはそれを長く応援することができるようにもなった。
だから、バトルが助走ではなくなり、純粋に専念できる環境が整ったことで、MCバトルと日本語ラップは、さらに分岐し始めている。結果、バトルだけが好きだという者も当然現れている。
そこに良し悪しはなく、あるのは好みや文化に対する哲学の問題だけだとも言える。
そして、好みや哲学の問題だからこそ、MCバトルのあり方を巡って論争がたびたび勃発するようになっている。
そこで、MCバトルを観たことがなかったりしばらく離れていたという人のためにも、MCバトルが辿りつつある進化の形を、便宜的に3つの軸に分けて簡単に説明したい。
・ヒップホップ/アンダーグラウンド化
これは、元来的なヒップホップカルチャーのいち側面としてのMCバトルの系統である。ある意味では、最も伝統的なスタイルだと言える。
元々ヒップホップには、相手よりも自分の方がヤバいんだとアピールするために競い合うという文化が、ブロンクスでの発祥当時からあった。ダンスやDJはもちろん、ラップも同様である。
ヒップホップ発祥以前からも、アフリカンアメリカンにおいては「ダズンズ」と呼ばれる、お互いの母親を罵り合うパフォーマンスを観客の前で競い合うという言葉遊び的な文化も存在した。
ラップの巧さはもちろんだが、ヒップホップカルチャーにおいては何より「誰が何を言うか」が重視される。それまでやってきたこと、あるいはこれからやろうとすること、その人の出自やプロップス(ヒップホップシーンにおける支持率)、それらを踏まえてリリックで何を言うか、そしてその人となりとリリックが合致しているか──そういった人と言葉の合致をヒップホップにおいては「リアル」と形容する。あえて単純化すれば、ここではリアルかリアルじゃないかが問われることになる。
持たざる者がマイク一つで成り上がっていくという元来のヒップホップ精神を体現する、荒々しさも含んだこの路線を、ヒップホップ/アンダーグラウンド化と定義する。
・スポーツ化
こちらは、2000年代以降のフリースタイルブームによって台頭していった系統である。
要するに、そこで競われるのはラップの巧みさである。ビートアプローチ(ビートへの言葉のハメ方)、韻の硬さ、フロウ(リリックのリズム感や演奏方法)、そういったラップの上手い/下手といったスキルによる評価基準が重要になってくる。
「誰が何を言うか」「リアルかどうか」という基準よりも、ある程度は共通見解を持ちやすい基準だと言えるだろう。
競技化はルールが明確な分、ルールからの逸脱を嫌う傾向にある。例えば、あえて音に乗らないオフビートスタイルみたいなものは、競技化の傾向が強い大会では勝ち上がりづらい。バトル中のボディタッチなども、批判される。
ハハノシキュウさんは、KAI-YOU PremiumのMCバトルレポートでしばしば、近年はその傾向が加速し「MCバトルでも<きちんとした><秩序のある>振る舞いが求められるようになってきて、努力が嫌いでひねくれ者だからラップなんてやってるのに肩身が狭い」と、その風潮に疑義を申し立てている。
逆に言えば、ルールが明確であるため、ヒップホップという村社会の前提知識やマナーみたいなものが観る側にはそこまで必要なく、初心者向けの敷居を低くし、より多くの人が楽しめる内容を可能にしていると言えるだろう。
・エンタメ化
最後にこれが近年、顕著になってきている系統である。
このエンタメ化が一番掴みづらいのだが、他2つを踏まえて定義すれば、ヒップホップ的な基準でもなく、ラップの技巧的な基準でもなく、どちらも備えていなくても「とにかく面白ければ成立する」という傾向だとでも言えばいいだろうか。
ラップが下手でも、リアルじゃなくても、なんならラッパーでなくとも、その人自身に人気や知名度があればバトルとして成立する。
MCバトルという形式自体が普及したことによって生まれた、最も新しい傾向である。
ここでは、出場者の「強い/弱い」「勝ち/負け」の重要度も薄まり、客を呼べるか、動画になった際に再生数が出るかどうか、つまり「エンターテイメントのショー」としての強度が基準として高まっていくだろう。
おそらく、旧来のMCバトルを知る層はもちろん、スポーツ化のMCバトルを支持してきた層や出場ラッパーたちから、最も反発を招きがちなのがこのエンタメ化傾向だろう。
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現在、この3軸を巡って、「MCバトル」ではしばしば議論が巻き起こっている。競技化以前からのヒップホップ要素の濃いバトルに親しんできた人は、競技化やエンタメ化が許せない。競技化という路線があってもいいと考える人は、ヒップホップ原理主義者の小言が鬱陶しい。MCバトルが広まってポップになったことの体現としてのエンタメ化を許容するべき、と主張する者もいるだろう。
この3軸にも当然グラデーションが存在し、各イベント・大会ごとにそれぞれの要素を含有する割合が異なる。ラッパーたちも、それぞれの割合でウェイトを置いているはずだ。
「MCバトルを真面目に考える」
それらを踏まえて、今MCバトルがどういう状況になっていて、主催者や出演ラッパー、あるいはMCバトル好きたちはどう受け止めているのか。今後MCバトルはどうなっていくのか。
ちゃんと語られる機会が少ないので、議論してみようというのが、今回のイベントの趣旨である。
ただし、上記はあくまで個人的な定義なので、これまでの議論はもちろん、イベントでの議論も必ずしもこの3軸によって進行されるわけではないことは断っておく。
冒頭で述べた通り、KAI-YOUは、かれこれ10年来、MCバトルを追いかけてきた。「高校生ラップ選手権」の黎明期から初代チャンピオン・T-Pablowの貴重なインタビューや大会レポートを重ね、「戦極MCBATTTLE」や「KING OF KINGS」はじめ、長年その現場を目撃して記録を残してきた(実は、過去には主催のMCバトルを行ったこともあるんです!)。
イベント「激論! MCバトルを真面目に考える」は、日本のMCバトルの現在とその行く末について、様々な立場から意見を交わせる議論の場所である。
音楽活動とバトルを両立させるラッパー・SAMさん。話題の「FSLトライアウト」にも出演した若手・ジョナッシさん。MCバトル大会「KING OF KINGS」主催でもある漢 a.k.a. GAMIさん。国内屈指のMCバトル好きであるえーちゃん。さん。そしてハハノシキュウさん。
それぞれ全く立場は異なるからこそ、今のMCバトルを語るべき役者は揃っている。
以下に当日の想定トピックを置いておくが、イベントは水物なので変更となるかもしれないことを容赦いただきたい。
当日は会場・配信コメントでも質疑応答を受け付ける予定だが、あらかじめ話してほしい議題や質問があればXで「 #遊ぶ人集会 」をつけて投稿してほしい。
【トピック案】
・MCバトルとの出会い
・世代ごとのMCバトル観(それぞれにとって「MCバトル」とはどういうもの?)
・印象的なMCバトル3選(事前に回答いただいている)
・若手が物申すコーナー!
・MCバトル、今後どうなっていくのか
・スポーツ化/エンタメ化問題どう受け止めている?
・MCバトルはヒップホップなのか? そもそもヒップホップであるべき?
・「FSL」どう観てますか?
・「フリースタイル日本統一」どう観てますか?
・出場するMCが固定化されてきている?
・客層はどう変化している?
・今後、どういったシーンになっていく?
「激論!MCバトルを真面目に考える」開催概要
日時:2023年10月14日(土)
場所:LOFT9 Shibuya
出演者
漢 a.k.a. GAMI/SAM/ハハノシキュウ/ジョナッシ/えーちゃん。
司会
新見直(KAI-YOU Premium編集長)
開場: 18:30
開演: 19:30
会場チケット:一般・当日 2000円 ※ドリンク代別途600円
配信チケット:一般 1500円
※KAI-YOU Premium会員は事前予約で共に無料
一般予約チケット
会場チケットについては、LivePocketよりご購入ください。
配信チケットについては、ツイキャスよりご購入ください。
配信チケット購入者は10月28日(土)22:00までアーカイブでご覧いただけます。配信アーカイブは、イベント開催後も、10月28日(土)23:59までご購入いただけます。
【10月13日(金)正午まで】Premium会員向け無料予約枠
10月13日(金)正午まで受付中です。
※予定枚数に達した場合、早期に終了する可能性がございます。
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なお、座談会の内容は後日、「KAI-YOU Premium」にて記事としても公開予定です。