この時間に刺繍しても問題ないよね?/2024.08.12
個展をやることが確定した。
うおー、まじかあ。
嬉しいけど、今まで個展なんてやったことがないから、何を準備したらいいの?
展示する作品は絶対必要。
これがなければ、個展なんてできない。
作品の準備の他に、会場のレイアウト。
個展で販売するグッズのデザインや発注。
展示作品の販売方法。
その他細々したもの……多すぎ!
これに加えて、10月のSNS上で開催する『バースデー月間』の準備。
まだ参加できるかわからない文学フリマの準備。(頼む、当選して!!)
無茶苦茶な計画をなぜかできそうな感じがしてやろうと決めたけど、蓋を開ければ次から次へと課題が出てくる。
課題が入っている箱の底が全然見えてくる気がしない。
この課題たちをクリアしていくには、時間を要する。
作品制作、会場準備、グッズ制作、その他諸々諸々。
平日の昼間は会社に行っていて、それを除く、出社前や退勤後、帰宅後から寝るまでの間の時間に制作や準備する時間にしている。
休日は起きてから寝る時間まで用事がない限り、それらに充てている。
でも足りる?
その隙間時間で全ての課題をクリアして、イベント当日を迎えることできる?
会社とか学祭とかだったら、Aさんはこの仕事を、Bさんはこの仕事をって役割分担して準備すればいけるかもしれないけど、指揮を取るのも準備するのも、全部あたし1人。
1日24時間のどこかにまだ制作や準備に充てることができる時間ってあるかな?
そんなことを思いながら、手帳を見る。
……平日の12時から13時の1時間が空いている。
この時間は会社の昼休み。
その時間は会社の近くにあるコーヒーショップで、コーヒー飲んでSNSをチェックしたり、手帳やノートに考えや気持ちをまとめたりしている。
しかし最近よく行くコーヒーショップがあたしが来たときには、満席になっていることが多い。
他のコーヒーショップに移動するが、そこも満席になっていることがある。
仕方ないので、ちょっと散歩して会社に戻っていた。
コーヒーショップで一息できず、炎天下の中を歩いて、会社に戻って特になにもしないのなら、その時間を刺繍する時間にしようかな。
刺繍と絵は外で気軽にするのは難しい。
落ち着いて周りに迷惑をかけない家で刺繍したり絵を描いたりしているが、作りたい作品がたくさんあるので全部完成できるか不安に思っていた。
だけど、昼休みの時間に会社のデスクで刺繍しちゃえば、家では絵に時間を注ぐことができて、結果作品を全部作り上げることができる!
ナイスアイデア!
でも、心配事が1つある。
それは昼休みにラウンジや外に行かず、自分のデスクで過ごす人たちが何人かいる。
昼休みになると、すぐ外に出てしまう卯ノ花さんが、突然、昼休みに自分のデスクで刺繍を始めたら……
「刺繍しているの?」
「なんで刺繍しているの?」
「ちょっと見せて」
と色々言われるのはちょっと嫌だ。
最悪の場合、
「会社で刺繍するのやめてくれる?」
って言われたら……。
でも、昼休みって給料が発生しない時間。
給料が発生している勤務時間中に刺繍をしたらダメだけど(当たり前)、昼休みは全然問題ないはず。
その時間はご飯を食べる以外に、買い物したり、銀行に行ったり、病院に行ったりなど、自分の私用を済ましている人が多い。
だから、会社で刺繍したって問題ないよね?
「会社で刺繍しないで」って言われる筋合いはないはず。
そう開き直ると、なんだか気持ちが楽になる感じがした。
その日のうちに近所の100円ショップに行き、刺繍道具を入れるポーチやカバンなどを買った。
この前、美術館に行ったときに併設されていた手ぬぐい屋で柄と色が自分好みのハンカチを買った。
これを会社のデスクが糸くずで汚れないために敷くのに使ってみようかな。
地味な色のデスクを明るくして刺繍したら、きっともっと楽しくなるはず。
週明け、刺繍道具やハンカチが入ったポーチと刺繍作品が入ったカバンを持って出社した。
昼休みの時間になり、まずはコーヒーを買いに10分くらい外に出た。
急いで会社に戻って、ロッカーから刺繍セットを出して、ハンカチをデスクの上に敷いて、その上に刺繍道具を広げた。
誰かに声を掛けられるのを避けるため、耳にイヤホンをすることにした。
しかし、なにかあったらのためにイヤホンの機能にあるノイズキャンセリングを解除して、音量を小さめにしておいた。
環境を整えて、あたしは刺繍を始めた。
刺繍は自分の今のメンタル状態が出やすい。
メンタルが良い日はうまくステッチが進むが、そうじゃない日は納得できるステッチができなくて糸を解いてステッチするを繰り返す。
うまくステッチができないと「あっ」や「げっ」と声が出ちゃうことがあるので、心の中で呟くように心掛けた。
しかし、ステッチがうまくいかなくなったとき、「あっ」と小声で出てしまった。
たまにあたしの視界に気づいてもらおうと手を振ってくる人がいた。
要件は全て仕事のことだった。
刺繍のことでなにか言ってくる人は今のところ誰もいない。
実を言うと、来年の5月末で今の会社を去る予定だ。
一生、その会社にいるのなら、周りを気にして刺繍をしなかったと思う。
でも、もう1年もいないのなら、最後は自由に振る舞っちゃえ!
もう二度と会わないんだから。
そのおかげで、その週の間に刺繍作品が1つ完成した。
この調子で、準備を進めていくぞ!
まだまだ課題は山ほどある。