【シャニアニ3章まで】シャニマス大好き人間の超ポジティブ考察 ~良さは発見するもの~
こんにちは。カイリキー王といいます。
霧子Pですが好きなユニットはストレイで曲はアルストが好きです。
皆さんはシャニアニはもう見ましたでしょうか。
私は三章まで見終えているのですが、めちゃくちゃ楽しんで見れましたし、非常に満足度の高い作品でした。
しかし、SNN等を見ていると非常に賛否両論であるようです。
そして、一見矛盾するようですが、これだけ満足している私ですら賛否両論ある作品だろうと思っています。
理由を非常に端的に言うと、
加点方式で作品を見ると、12000点くらいを出したくなり、
減点方式で作品を見ると、100点満点中40点くらいになるような作品だからです。
一部ではファーストライブを見ていた人向けに作っていてニッチすぎるという声も耳にしました。
ただその点はあくまでファーストライブを知ってると「おっ」となるサービス要素があるくらいでシャニアニのメインの要素ではないと思います
実際、私はストレイ実装後からの新規(?)Pなのでファーストライブのことは一切知りませんが全く関係なく楽しめています。
本当にシャニアニを素晴らしい作品だと思っているのですが、上でも述べたように良くない点を探せば色々上がるだろうなとも思います。
ただ、それよりも遥かに良い点が良すぎるのも認識として広まってほしいなと思い記事を書きました。
私のようなアニメ制作に携わったことのない素人がアニメ作品を評価するのもおかしな話だと思いますが、一アニメファンとしてシャニアニの魅力について語らせていただけたらと思います。
※楽しみ方は人それぞれだと思うので、あくまで一例として参考にしてもらえたら嬉しいです。
目次
・シャニアニの魅力①「静」
・シャニアニの魅力②「実在感」
・シャニアニの魅力③「再構築」
・シャニアニの残念な点①「過度な平等」
・シャニアニの残念な点②「プロデューサー」
・最後に
・シャニアニの魅力① 「静」
まず最初に認識しておいてほしい点は、
シャニマスのブランドプロデューサーである高山Pさんが度々口にしているようにシャニアニは「静」を描くことに挑戦しているという点です。
高山Pの言葉では抽象的な意味として使われているので、私の解釈と言葉で勝手に言葉を補足することをご了承ください。
enza版シャニマスを例に出します。
ここでコミュを強引に分類分けさせていただくと
「動」の要素が強いのは【straylight.run()】や【Star n dew by me】や【薄桃色にこんがらがって】や【天塵】、
「静」の要素が強いのは【階段の先の君へ】や【くもりガラスの銀曜日】や【アンカーボルトソング】や【ヒカリと夜の音楽、またはクロノスタシス】
が例としてあげられるかと思います。
ご了承いただきたいのは、ここでの分類は重要ではなく、あくまで「静」という言葉のニュアンスを共有するために例として出していますし、分類する人によって差があるという点です。
なので、【天塵】は「静」だろ!という人もいると思います。
なんならシャニマスのコミュは大抵の作品と比較するとほぼ全て「静」に該当するくらいかと思いますしね。
シャニマスでよくある天井や地面を移したり、風景を移したり、沈黙を描いているのは全て「静」と言えます。
ここでいう「動」や「静」とは物語の展開の起伏やテンポのことを示しています。
「動」のほうが起伏が大きくテンポもよく、「静」のほうが起伏が小さく沈黙も長い。
何かトラブルが発生してそれを解決するのは典型的な「動」の流れといえます。
「動」は展開や設定的な面白さが誰が見てもわかりやすいのが利点で、万人受けするのはほぼ全て「動」の作品になると思います。
【straylight.run()】なら、冬優子とあさひの生きざまの対立や、例のライブなど所謂クライマックスと感じやすいシーンが多く存在します。
【Star n dew by me】も実際の体の動きとしては大きくないですが、めぐるがPに目をつむらせて考えを告白するシーンはめぐるをよく知らない人が見てもぐっとくるものがあるでしょう(もちろんめぐるを知るほど良さは増します)。
対して「静」は一見すると物語の起伏が小さく穏やかな印象を受けますが、心情の機微により力を入れてるものとなります。登場人物の気持ちなどを想像しないと魅力がわかりずらく、人を選ぶ作品になりがちです。
【くもりガラスの銀曜日】なんかはエンタメ作品としてはめちゃくちゃやっていて、起伏がほぼゼロに等しく、心情の些細な変化に全振りしたコミュとなっています。
【アンカーボルトソング】もアルストロメリアの三人をよく知らない人が読んでもほとんど良さは理解しづらいんじゃないでしょうか。
基本的に「静」は心情を描くので、その人物が何を感じ何を悩むのか理解が深まるほど魅力が増していきます。
その代わり理解が深まるほど新しい魅力に気づきどんどん沼にハマっていくのも「静」の特徴と言えます。
しかし、受け取りての理解度に非常に依存しやすくニッチな作風とも言えます。
「静」の権化である霧子のPに熱狂的なファンが多いのもこれが起因しているのかもしれませんね。
昨今のアニメ作品は大抵の場合「動」と「静」を7:3くらいで上手くバランスを取っているように感じます。要所要所で盛り上がるシーンを入れつつ、心情も描いていく感じですね。
そんな中シャニアニはというと、「静」に驚くほど振り切っており、
「動」と「静」が1:9くらいのバランスと言えます。
いうならば【くもりガラスの銀曜日】や【ヒカリと夜の音楽、またはクロノスタシス】をアニメでやりましたみたいな感じで、驚くほど起伏のない作品となっています。
ただこれはつまりは制約と誓約で、
起伏がないことが良いというわけでなく、それだけ他の要素を重視してるということです。
・シャニアニの魅力② 「実在感」
過去のシャニマス運営による過激な「実在感」推しにより、今となっては「実在感」と聞くと失笑してしまう人も多いかもしれません。
しかし、それでもシャニアニでは「実在感」を描くことに本気で力を入れていて、そこが非常に良いんです。
まずシャニアニはアニメの暗黙のルールを極端に無視しています。
わかりやすいところから言えば、シャニマス自体の作りがアニメ作品というよりも、ドキュメンタリー番組に寄せた作りとなっています。
いうならばシャニアニは情熱大陸のシャニマス版です。
283プロの合同ライブを行うまでのドキュメンタリーのようなものです。
人生は物語じゃないので、都合よく盛り上がるような事件が起きたりなんかもしません。
なのでライブまでの日々が淡々と描かれ続けます。
人物についてどういう過去があるのか、どんな理由でアイドルを始めたのか、どんな想いを持ってアイドルをしているのかなどすらほとんど語られません。
唯一主人公である真乃だけは多少の描写がありますが、真乃でさえ希薄です。
ちょこ先輩がお菓子が好きだったりチョコレートアイドルだということすら初見の人は見終わってもわかっていない可能性が高いと思いますし、
主人公の真乃ですら鳥好きだという描かれ方はしていません。
出会いのシーンもenza版ではPが真乃に声をかけたときに鳥が飛び去って行き、真乃は鳥に向けて歌っていたというシーンなのですが、シャニアニでは鳥一匹いない中で一人で歌っている謎の少女となっています。
ピーちゃんも最終盤まで出てきませんでしたしね。
夏葉もダンベルを持ち歩いてなければプロテインを入れようとしないし、
甜花も寝ぼけたりしなければゲームもしませんし、
恋鐘もお弁当を作ってきたりしないし、
灯織も餃子もパリっとしなければひおひおもしません。
とにかくそういった人物の記号的紹介は極端なほど排除されています。
これは私の考察なのですが、
「わかる人にだけ理解されればいい」と「なるべく多くの人に理解してもらいたい」の折衷案のように思いました。
どういうことかというと、「静」は読み取る人によって内容の深みに大きく差がで大衆向けではありません。
私の過去の霧子コミュの考察記事などでも書いていますが、万人に良さの全てを理解してもらうつもりは毛頭なく、コミュを深読みしたいかなりニッチな層に向けたものとなっています。
シャニマスの基本スタイルはこれで、主人公ユニットであるイルミネのコミュも万人受けするような内容ではなく、ユニットごと、アイドルごとに「色」がありあなたの好みに合うものを楽しんでねというものです。
なので、例えば冬優子Pならば冬優子やストレイ関連のコミュを好んで読むけどアルストのコミュはほとんど読まないという人もいると思いますし、
凛世コミュこそ至高という人もいるでしょうし、
羽那すこすこという人もいるでしょうし、
甘奈のエモさと切なさが最高なんだよなという人もいることでしょう。
そんな中シャニアニは真乃を主人公としたことで、アニメ全体としてかなりイルミネ色が強くなっています。
そして厄介なことにイルミネは主人公ユニットでありながらシャニマスのユニットの中でも屈指の理解難易度を誇ります。
それもあり、イルミネは結構好きって人は多いとは思いますが、イルミネが至高!という人は少数じゃないかなと思います。
逆にわかりやすく万人受けしやすいのは放クラやStraylightやノクチルでしょう。私もStraylightからシャニマスにハマりましたし今も大好きです。
超名コミュである【くもりガラスの銀曜日】を好きな人はイメージしやすいと思いますが、あのコミュの良さをどれくらいの割合の人が理解できましょう。
イルミネ3人のコミュを読むことは前提として、過去コミュから現在までの灯織のほんの小さな心情の変化を感じ取れないとコミュの良さにたどりつけません。
イルミネはシャニマスを象徴するという意味では主人公ユニットとしてふさわしいと思いますが、初心者向けユニットではないんじゃないかなと思います。
そこで、シャニアニは「静」を描きつつなるべくわかりやすくするために、
見せたい要素以外の要素を全てカットするという非常に攻めた作りにしているように見えます。
「1話目、遅くとも3話目には視聴者を引き付ける盛り上がりを作る」
「キャラクタ紹介回みたいなのを順繰りに回していく」
「尖った特技や特徴でキャラ付けをする」
「トラブルが発生してそれを解決することでカタルシスを得る」
これらのようにこれまで培われてきたウケやすいアニメのお約束を全て排除しています。
当然ですが他のアニメで多用される表現には多用されるだけの良さがあるのでそれを排除することはデメリットにもなります。
ではそんな大切なものを排除してまでシャニアニでしたかったことはなんなんでしょうか。
これはあくまで私が見ていて感じたことですが「再構築」です。
そしてこの「再構築」して作り上げたのが「実在感」のことなのだと感じました。
・シャニアニの魅力③ 「再構築」
皆さんは斑鳩ルカに羽那とはるきが加わり、コメティックというユニットになると聞いたとき、何を感じたでしょうか。
私はというと、「ほんとにそこを組ませて大丈夫なの?」です。
これは悪い意味ではなく、想像がつかなかったんですよね。
【no/ode】でルカも口にしていましたが、ベテランのルカに新人の2人をくっつけるってそれって本当にルカのことを想ってのことなのか?と感じていました。
この感覚を「納得感」が足りていない状況と表現させてください。
シャニマスは解像度が高いからこそ、設定だけあって中身が伴っていないものは「ほんとか?」とより際立っていました。
enza版シャニマスは情報量が多すぎるので私のように全アイドルのほぼ全てのコミュを読んでいる人はかなり少数だと思いますが、
どれだけコミュを読んでも「納得感」が解消されないものがいくつもありました。
例えば、真乃は灯織がしっかりしてるのにいつも助けられていると言いますが、灯織はどちらかというと小さなミスをしていてひおひおしてることの方が多いですし、助けられたっていう描写はあまりないんですよね。
真乃は本心で言っているとは思いますが、観測者の私からするとむしろ真乃のほうがしっかりしていますし、灯織は「しっかりしようとしている」という表現の方が正確に感じます。
アンティーカは漫画などでは283プロを代表する大人気ユニットのように扱われますが、
コミュでは練習シーンもあまりないので実力派なのかもわからないですし、バラエティーも放クラの方が向いてそうだし、描写的にはストレイの方が人気ありそうだけどなー?くらいに私には見えていました。
アルストロメリアはイベントコミュでライブの練習シーンがほとんど描かれなく、3人とも他の仕事やゲームや遊んでばっかりいるのでアイドルとしてどう活動してるのかがイメージできていませんでした。
挙げたらキリがないですが、特に初期に近いコミュほど「納得感」が不足していました。
シャニアニではこれらの要素がことごとく「再構築」されており、「納得感」の解消がされています。
灯織はイルミネの成長に必要だと思ったことを考えリストを作ってきたり、
アンティーカはトラブルが味方した渾身のMVがきっかけで話題沸騰し、
アルストロメリアはトークショーをしつつ地方営業のような観客と距離の近いライブをしていました。
このように後付けといっていいのか、シャニマス世界での時系列的には「先付け」と呼ぶべき要素も多数ありました。
例えばシャニアニの作中でアルストの3人が放クラのラジオを参考にするシーンがあります。
正確な言葉は忘れてしまったので意訳で申し訳ないのですが、
アルストがラジオでどんな風に話せばいいのか困惑していたとき、放クラメンバーがラジオの向こうのファンに向けて話しているのに気づき、ファンの人達に話しかければ良いとわかったら上手くできた、という内容となります。
アルストの3人は目の前のことで一生懸命になってしまい、ラジオの向こうの人の存在まで気が向けられていなかったというシーンですね。
何気ないシーンでしたが、この考え方はアルストのイベントコミュの「YOUR/MY Love letter」の根幹となる考え方となります。
もっと元を辿れば、283プロで合同レッスンをすることが決まった際に放クラが他ユニットから良い点を盗もう!とコツを聞いたり真似てみたりしていたから、それを見ていたアルストも良い点を盗んだという流れとなっています。
このようにユニット間での繋がりが描かれているのも大変嬉しいですよね。他ユニットから影響されて変化したという描写はenza版シャニマスではほとんどありません。アイドル個人の考え方とかなら越境コミュでややなくもないですが、ここまでのものはシャニアニだけで描かれている要素です。
個人的に凄い好きなシーンは5話でイルミネの3人がレッスンの帰り道にベンチに座って自分がなぜアイドルをやっているのか、今3人でユニットを組んでいる気持ちを語り合うシーンです。
実はenza版の初期イルミネコミュでは「アイドルとして頑張りたい!」で繋がってるものはほとんどありません。
感謝祭がそれに該当しますが、それ以外は基本的に「3人で一緒に頑張りたい」の方が強く出ているように見えていました。
3人ともなにか劇的な理由があってアイドルになったわけではない、でもアイドルをやりたいという気持ちは本気だよ、というのも良かったし、
灯織が真乃とめぐるにどんな理由を伝えるのかも楽しみでした。
実際に語る内容についてはアニメを見ていただけたらと思います。
ちなみに灯織の理由はSTEPで語られますが、「アイドルになったら人に好かれるから」です。めちゃくちゃ浅い理由なのもひおひおっぽくて良いんですよね。その後そこから派生して、人に好かれれば、自分のことも好きになれそうだから、となり今はかなりエモい理由になっています。
他にもシャニアニはとにかく細やかーな新情報が多かったです。
例えばアルストの3人で話すときに、甜花の目線は基本的に誰に向くのか。
甘奈がアルストを撮影するときに何を中心に映すのか。
放クラは地域の人と仲が良い描写があるが、仕事で絡んでいたのか、それとも挨拶や困ってる人を助けたりで仲良くなってるのか。
アンティーカ感謝祭では咲耶はばらばらに活躍するメンバーにどこか寂しさを感じていたが、他にも同じ気持ちを持っていた人がいたのか。
283プロでパーティーをするとしたら誰と誰が一緒に行動するのか。
パーティーで恋鐘は率先して料理するけど灯織はしないんだなぁとか。
イルミネの3人のダンス技術にどれくらいの差があるのか。
恋鐘はアンティーカのリーダーとしてどれだけ相応しいか。
「輝きをみんなに届けよう、イルミネーションスターズ」がただの円陣ではなく、ヒカリのディスティネーションの始まりの振り付けと同じなど。
「だからそうなってたんだ」「たしかにそうなるよね」「そうだったんだ」
見ていて色んな気づきが生まれる作品となっています。
ただこれらの気づきは作中のセリフで説明されることはなく、映像を見て発見する必要があります。
シャニアニを見た前と後とではシャニマスの解像度がぐっと深めることが可能となっています。
何が凄いってかなり大胆に要素を付け加えて「再構築」してる点です。
上でも書きましたが、灯織がイルミネに必要なことリストを作ってて3人で実践していってるって話は良すぎて大好きなのでenza版でも是非逆輸入してほしいです。
絶妙に良い塩梅で納得性が非常に高いものが加えられていて、シャニマスとシャニアニでスタッフ全然違うのになんでこんなことできるんだろと思っていたのですが、パンフレットのインタビューを見る限りは脚本には高山さんもだいぶ関わったようでした。
ここまででも私としては大大満足だったのですが、さらに最終話でまさかの大どんでん返しがあったんです。
・シャニアニの魅力④ 「シャニマスへのリスペクト」
シャニアニ終盤では283プロ合同ライブに向けて、283プロ全体で新曲をやることになりました。
その曲が「Spread the Wings!!」です。
この話をするにあたって、シャニマスの歴史について少しだけ紹介させてください。
まず元々シャニマスはHTML5という技術を用いてゲームを作ろうという企画から始まっています。
つまりブラウザゲームのノウハウを溜めることがそもそものきっかけです。
当時は若いスタッフが集まり色々試行錯誤しながら、初期アイマスの765プロのエッセンスを取り入れつつ独自の進化を遂げたものとなったそうです。
その中でも興味深いエピソードとしては人物やシナリオよりも曲が先にあったという点です。
例えばアルストロメリアはまずユニットや人物よりもまず最初に曲が完成し、そこからユニットコンセプトや人物が完成していったそうです。
同様に「Spread the Wings!!」はその全ての始まりの曲となります。
非常に端的に言うと「Spread the Wings!!」がインスピレーションの元となり今のシャニマスのアイドル達が生まれたということです。
そういう意味でもシャニマスにとって「Spread the Wings!!」とはただの一曲目の合同楽曲というだけでなく、本当の意味での始まりの歌となります。
ただストレイからシャニマスに入った私にとっては「Spread the Wings!!」には大した思い入れもなく、「シャイノグラフィ」とかの方が強かったりしました。
ここでシャニアニの話に戻るのですが、
一言で言ってしまえば、
シャニアニは12話かけて「Spread the Wings!!」をただの合同楽曲から特別な曲にしてくれるものでした。
11話までは普通に話が展開されていたように見えていたのですが、
振り返ってみると「Spread the Wings!!」の歌詞に沿ったシーンがこれまでの話に随時刷り込まれていたんですよね。
そのおかげでシャニアニを見た後だと「Spread the Wings!!」の歌詞を見るとエモさを感じられるようになるという素晴らしい作りとなっています。
私は映画館で「フィルムスコアリングってそういうことだったの!?」となってました。
ちなみに「Spread the Wings!!」の作詞家のこだまさおりさんとシャニアニの脚本家の加藤陽一さんはガチの夫婦関係です。
それもあって非常に楽曲に対するリスペクトが滲み出ていました。
これに限らずシャニアニはシャニマスへのリスペクトがとにかく感じられます。
そして紛れもなくこれは「シャニマスだ」って感じられましたしね。
自分が大好きな作品が、大切に扱われてるって感じるのは非常に嬉しかったです。
脚本についても私の中ではかなり好評価でした。
enza版シャニマスでは全てのコミュを読んだ中でも、【ヒカリと夜の音楽、またはクロノスタシス】もしくは【straylight.run()】が個人的トップなのですが、
シャニアニはそれらをも超えるくらい良かったと思っています。
ただ残念だなと思う点があったのも事実です。私は加点方式で作品を見るのでほとんど気にしていませんが…。
・シャニアニの残念な点① 「過度な平等」
シャニアニからはとにかくシャニマスやファンを大切にしたいという想いを強く感じました。
それが顕著に感じたのは、アイドルごとの出番の頻度です。
真乃は主人公なので当然出番も多くなり、灯織とめぐるも同じユニットなので若干多めにはなっていますが、他のアイドルの出番はそこまで差がありません。
例えばenza版のアンティーカのコミュでは三峰や咲耶のセリフ量が多くなりがちで、霧子のセリフ量は極端に少なかったりします。
それは霧子の口数が他の人物よりも少なめなのである意味自然なことと言えます。
しかしシャニアニでは非常に自然に霧子のセリフを他のアイドルと同じくらいまで増やすことに成功しています。
霧子に限らずシャニアニでは意識しないと気づかないくらい自然にそれぞれのアイドルの出番を均等にしています。
それぞれのアイドルを平等に扱いたいという制作側の意図が感じられて嬉しいです。
ただし、その結果生まれてしまったのが…
謎の順繰り顔アップです。
「全員を均等に見せたい」という気持ちと、「表情をしっかり見せたい」という両方は重なった結果苦渋の選択として、
16人分全てのアイドルの顔のアップを順番に映していくというなんとも力の抜ける演出になってしまっています。
制作側も色々悩んだ結果今の形にしたとは思いますが、どうなんでしょうか。
また「実在感」と「演出」の狭間で迷いがあるようにも感じました。
例えば甜花の後頭部しか見えていない甘奈が「甜花ちゃんの寝顔は可愛い」と言ったり、
イルミネでフォーメーションダンスをやると決めたときにenza版イルミネなら絶対に事前にPにチェインで相談しているはずですがライブ当日に伝えていたりと、
あれ?そこは「実在感」を見せなくていいんだ…と感じるシーンも少々ありました。
私としてはなんなら我々には甜花の後頭部しか見せずに甘奈に甜花の顔を見えるような、観客を置いてけぼりにするような攻めた作りでも全然良かったのですが、製作者側のせめぎ合いを感じたシーンでした。
・シャニアニの残念な点② 「プロデューサー」
シャニマスに限らずアイマスシリーズの主人公はプロデューサーです。
enza版でも例にもれず、プロデューサーがアイドル達に触れ合うことで成長を促します。
しかし、シャニアニでは真乃が主人公です。真乃が悩み、Spread the Wings!!を通して成長していきます。
真乃がどう悩みどんな答えに行きつくのかが見どころになっている関係上、シャニアニのプロデューサーは基本的に放任主義で何もしません。
enza版シャニマスが好きな人はプロデューサーはトップクラスに好きな人物だと思うので、それがちゃんと描かれなかったことは残念に感じる人も多いんじゃないかなと思います。
私はenza版とシャニアニのプロデューサーは全くの別物として捉えてるのでそこまで気にならないですが、かっこいいプロデューサーを見たかったという気持ちもあります。
・最後に
私はシャニマスを一言で表すならば「挑戦」だと思っています。
そもそもイルミネのようなコミュがわかりづらい超上級者向けユニットが主人公ユニットなのもだいぶ攻めてると思っていますし、
イラストやコミュ内容をメインの武器に運営しているソシャゲという意味でもかなり稀有な作品だと思っています。
ストレイライト、ノクチル、シーズ、斑鳩ルカ、コメティックと
追加されるアイドルやコミュの内容もコンセプトも非常に尖っていますし、
5thライブも非常に面白い内容でしたし、我儘なままは私が今まで見た全てのライブで一番良かったと思っています。
これはバンダイナムコやアイマスという非常に強固な土台で成り立っていると思います。
そんな中私が普段シャニマス運営から沸々と感じていて凄く好きなところは、ストレイライトで描いている精神を運営が貫こうとしている点です。
とにかく良い作品を作っていけば、きっと評価してもらえるはず、とバカバカしい世界に挑戦し続けているように見えます。
そして私はシャニマスもシャニアニも本当に良い作品だと思っています。
シャニマスもシャニアニも万人に受けるようなものではないと思いますが、それでも質は高いのは事実で、私以外にも評価する人はたくさんいるんじゃないかなと思います。
シャニアニは一見すると新規シャニマス勢が増えるのは難しい作品に見えるかもしれません。
私はシャニアニは万人受けするような内容じゃないにしても、十分新規の人にもシャニマスに興味を持ってもらえるような作品だと思います。
私は、色んな漫画やアニメを途中の巻からでも楽しめます。シャニアニにもちゃんと「良さ」があるので新規の人にも全部はわからなくともエッセンスは受け取ってもらえるんじゃないかなと思います。
良さを理解できるはずの現シャニマス勢がしっかり「シャニアニ良いよね」と声を上げていけば、新規の人も「なんかよくわからんかったけどシャニマス面白そうじゃん」と興味を持ってくれる人は増えてくれるんじゃないかなと思います。
そう考え、非常に長文ですが、今回はnoteにてシャニアニの良いと思ったところについて語らせていただきました。
非常に長く読みづらい文章だと思いますがここまで読んでくださってありがとうございます。
一人でも多くシャニアニのポジ者が増えることを祈っています。