「応援する」ことについて
「応援」の方法にも、いろいろある。
「好きの形」も、いろいろある。
どれが、正解で、どれが、間違ってるでもない。
どんな愛の形も正解で、どんな応援の形も正解。
だから、これは「私の」愛の形。応援の形。
わたしの言葉で誰かの応援の形を否定したいわけではないので
わたしの「想い」のせいで不快な「思い」をさせてしまったらごめんなさい。
「私とはちがうな」って感じた人はくるっと戻ってください。
「SNSという広告媒体を使った企業の販路開拓」と「売り上げ」
と「ファンが応援すること」について。
私が折に触れて気になることを書き連ねていくだけの独り言です。
リツイート、拡散、いいねの数。Youtubeの再生回数。
どれもとても大切だと思う。今の時代に適した有効な戦略だと思う。
「それらを全くしないもの」と「それを駆使したもの」とでは、同じ土俵で戦えないくらいに違うと思う。
だけど、わたしが疑問に思うのは、それを頑張ることが指標にはなるけれど本当にそれだけでいいのか。ということがいつも引っかかる。
自分でできることをやれる範囲で最大限する。無理なくやれることをする。
それはとてもよくわかるし、やっぱり何事も一過性ではだめ。
継続できなきゃ意味がない。
極端な話、熱狂的にアイドルにハマってCDを500枚買い占めても、それで生活ができなくなって、以後応援さえもできなくなる。なんていうのは言語道断、言うまでもなく精神衛生的にも「よくない」応援の仕方。
じゃあ「リツイートを積極的に行うこと」にどこまでの効果があるのか。
わたしはSNSを使った販売促進と「同じくらい」やっぱり積極的な購入は大切だと思う。
たとえ、500人の人がSNSのとある記事をリツイートをして「商品・サービスを購入するきっかけづくりをして、購買意欲を促進した」としても、それは「購買意欲を促進した」に過ぎない。
結局、万が一、1000リツイートがついても、「1人も」買わなかったら、そのリツイートは「これだけ伸びました」「これだけ反響がありました」という結果に過ぎない。
売り上げについて、あまりに言及することは日本ではタブーだとされてる。下品だとまで言われることだってある。お金についてここまでストレートに言うのはイメージとしてよくない。
だから、企業は積極的にCSR活動をする。
社会に対して、クリーンなイメージをつける。
じゃあなぜ企業はCSR活動をするのか。
それは社会貢献をすることでイメージアップをさせて、購入者への安心感を買っている。
つまり何をしたって企業は「営利を目的として」経済活動を行う組織。
だってその先には働く人の「生活」があるから。
企業は働く社員を守る為には企業が存続し続けなければいけない。
そのためには売り上げをあげなければいけない。
その売り上げを上げるための広報活動が今までは新聞やCMだけだったのがSNSという方法が増えた。広報ツールが多様化された。
「購入する」という行動に対して、企業ができるアプローチ方法が多様化されてる。それだけのこと。
それはきれいごとでは片づけられない事実。
「500人の人がリツイートをして、100人の人が実際に購入に至った。」
これが、企業側にとってのリツイートの意味だと思う。
有名なYoutuberを企業が起用したがるのは再生回数の裏にある「売り上げ」がほしいから。
アイドルなんて起用した際には、少々キャスティングに費用がかかったとしても、そこからは企業があえて「広報費」をかけなくたってファンが積極的に「無料で」拡散してくれる。企業側にとってこんなにもおいしい話はない。だから、リツイートはどんどん推奨される。
ただそれだけ。
やっぱりそこは、忘れてはいけないと思う。
ベツコミが月刊漫画誌の中で圧倒的に売り上げが低い。
ちゃおなどの根強い人気漫画がたくさんあるのもわかる。
電子化されて「紙媒体」での需要がなくなってきていることもわかる。
そんなの企業側が努力することで、ファンには関係ない。ファンができることをするだけ。それはそうだし、別にただの髙橋担の独り言だけど、
わたしはジャニーズ初の少女漫画家として髙橋海人先生をデビューさせてくれた漫画誌が廃刊になるのは怖いしできればそんな未来は来てほしくない。
これはリツイート「だけ」では救えない事実じゃないかな、って思ってる。
企業側がたくさんリツイートをしてねっていうのは当然の話で、
わたしたちファンがたくさんリツイートをするのもいいことで、
なにも、間違ってない。
だけど、「それだけじゃない」って、わたしは、思ってる。
だけど、いちばんやっちゃいけないことは
「わたしの応援の仕方、わたしの中の正義、わたしの中の正解」
これを他人に押し付けたり、強要すること。
購入することも、リツイートすることも、自分がするのはいい。やりたけりゃいくらだってすればいい。
自分がいいと思って、自分がいいと思うことを「オススメ」することと
それをいいと思っていない人に対して強要することは違う。
全然違う、似てるけど、違う。
この、境目を、きちんとしなきゃいけない。
さじ加減、受け手の感じ方はひとそれぞれ。
だからこそ、「自分とは違う人が絶対にいること。」
そこへの「配慮をしようとする」ことは絶対に忘れてはいけない。
それでも傷つけてしまうことだってあるけれど、
「自分とは違う人がいるということに想いを馳せて、一度考えてみる」ことはきっと大切なこと。
以上、髙橋海人担の、ひとりごと、でした。
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