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クッキーと海と満月と

お家から自転車で10分、坂道を上るときはお尻をあげて立ちこぎをする。
ほとんどまっすぐの1本道で、最後に交差点を右に曲がると、すてきな青色のドアが見えてくる。そこはわたしが大好きなお店で、かわいいぬいぐるみ、おしゃれな絵のついたTシャツ、それに外国のお菓子なんかもあって、なんでもある。

昨日、なんだか気持ちが落ち込むことがあった。そのせいか、夢の中でも嫌なことがあった。朝起きたとき、いつも晴れ晴れとしている心が、今日は曇っていた。

そんなとき、私はあのお店に行くことにしている。坂道はしんどいけれど、自転車を立ちこぎして、思いっきり車輪を回すのって気持ちがいい。風が背中を押してくれるときは、とくに気持ちがいい。

青いドアのお店には、自転車を置くスペースがある。窓から店内を覗くと、いつものようにお姉さんが気が付いてにっこりと笑ってくれる。

「いらっしゃい」
「こんにちは」

これもいつものこと。さらりと挨拶をして今日の私をごきげんにしてくれるもの、宝探しをスタートするのだ。

右には洋服、靴にカバン。
左にはノートやカラフルなペン。
正面にはきらきらしたパッケージのお菓子、
その奥にお姉さんのいるカウンター。

足が自然とお菓子コーナーに向かった。そして、一番に目に入ったのは、子犬が女の子にキスする絵が描かれた瓶入りのクッキー。

「これがほしいの?」
「うん」
「いつもは買わないものだけど、ほんとにこれ?」
「うん、今日はぜったいにこれ。買って」
「わかった、買ってあげるね」

そんな流れで、棚に並んだ瓶の中から一つ選んで、カウンターに持って行く。

「これください」
「あら、めずらしいの選んだのね」
「今日はこれだって」
「そう」

といって、お姉さんはじっと私の目を見つめた。

「おまじない、かけておくね」

お店を出ると、少し心の中の雲が散っていった気がした。窓の内側で手を振るお姉さんに手を振りかえして、また自転車にまたがった。

「ねえねえ、海がみたいな」
「海?30分くらいかかるけれど」
「行きましょ」
「はーい」

行先が決まって、自転車を走らせる。

こいで、こいで、こいで。
風がふわりと前髪をさらう。
こいで、こいで、こいで。
遠くにスパンコールをちりばめたような細長い海。
海がどんどん太くなって、砂浜が見えてくる。

自転車を止めて、さくりさくりと砂浜へ。

波打ち際の少し手前の、濡れていない砂の上に座り込む。

海の上には、白い帯が行ったり来たりしていて、
その上にぽつりぽつりと波乗りしてる人が見える。

海のにおい、あたたかい砂の上、水と砂の奏でる音。

カバンの中からさっき買った瓶を取り出し、
クッキーを一つほおばる。

「おいしい」
自然と声がでてしまったそのとき。
「ひとつちょうだい?」
と声がした。

声のした方を振り向くと、背の高い男の子がいる。
少し日に焼けた肌、白いTシャツにひざが見える丈のズボン。

しゃりしゃりと音を立てながら、
猫が一匹座れるくらいの間をあけて、私の隣に座った。

瓶ごと彼に差し出して、
「どうぞ」というと、にっこり笑って一つ口にいれた。

「今日はね、クッキーと海がよかったの」
「それはすごい、ぼくも同じ。君に出会えてよかった」
「クッキーもらえたから?」
「それもあるけれど、それだけじゃない」
「そうだね。クッキーと海と君だったんだきっと。だから海に来た」
「うん、きっとそう」
「今日は満月だよ」
「そっか、満月か。だから海がお母さんみたいなんだ」
「うん。やさしく、力強く、包み込んでくれるね」

そのとき、私は気が付いた。
昨日起こったできごと、受け入れるだけでよかったんだって。
なんで起きてしまったのか、考えていたけれど、
受け入れるだけで、よかった。

「あ、魚が跳ねた」
「ほんとだ。正解だって教えてくれたみたい」
「そう?よかったね」

私と男の子は、また満月の日に砂浜で会う約束をして、
きらきらと月明りを反射する海をあとにした。



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