意識高い系の野沢くん
私は外貨預金をしている。
そして昨今の円安で、割とそれが功を奏した。
預金通帳を見て思い出すのは
私に外貨預金を勧めてくれた野沢くんだ。
「かほさん、外貨預金は絶対にやった方がいいよ」
背が高くて、眼鏡をかけていて
プログラミングの仕事をしていた野沢くんは
マッサージしている最中、鏡越しにそう呟いた。
「へ?がいかよきん?」
「そう。ドル、…まあ、ユーロのがいいかな。
それで預金すると、円安の時に得するから。」
私は経済について、ものすごく疎い。
そして私はマメではない。
よく、お客様にも株とか仮想通貨とか勧められたし
人によっては起業まで勧めてくれたけど
私は向いてないです、と丁重に断っていた。
「あー、ありがとう。
でも私、本当にそういうの向いてないんだよねー」
あはは、と笑って
その話をスルーしようとしたら
いやいや、と食い気味に否定しながら野沢くんは言う。
「マメじゃないかほさんこそ!
外貨預金は向いてるんだよ!」
「え、マメじゃないって言われた…」
「ごめん。」
でも、と、野沢くんは意気込んで
私に外貨預金についてのメリットを教えてくれた。
何だかよくわからなかったけど、
当時、私はメンズエステで稼いだお金を
あまり効率よく利用できていなかったので
その分を預金に回してみるかー、と
軽い気持ちで考えて、翌日、銀行で外貨預金通帳を作った。
野沢くんは施術中、ずっと、
経済と国際情勢の話をしていた。
50年後に残る仕事・残らない仕事、
日本の学生の学力低下に伴った危惧、
次に覚えるならどこの国の言葉が良いか。
色んなことを教えてくれて、
私はその度に一応、全部納得していた。
投資だか株だかで儲けていた野沢くんは
不動産運用は三年以内で引き払って
海外に引っ越すんだ、と言っていた。
「日本の中古不動産の価値は
もうこれ以上は上がらないから
俺はこのタイミングで売り払うよ。」
ちなみにオリンピック前の話だ。
話を聞く限り、まあまあ得したみたいだけど
私は本当に詳しくは知らない。
日本からどうして出ていくの?って聞いたら
たくさん説明してくれてたけど
ここに書いても良いのか分からないから書かない。
「じゃあ野沢くんってなんで、かほに会いにきてるの」
そう聞いたら
いつも饒舌の野沢くんが
高校生みたいに下を向いて、照れた。
「…私に会うとなんか得するの?」
「かほさんに会っても、損しかしないよ」
私に会っても損しかしないらしい。
そして、私の辞める三ヶ月前、
世間はコロナで大騒ぎの中、
マレーシアへと旅立っていった。
ミニマリストだから
引っ越しも安く済んだ、と笑ってた。
たまに帰国したらお土産持ってくるって
言ってくれてたけど
やめちゃってごめんね。
いまの世の中を野沢くんの口から聞きたい、と
夕方の暗いニュースを私は消した。
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