上司みたいな梅園さん
「ネクタイはこうやって結ぶんだよ」
優しく、見下したように笑う梅園さんは
私が働き始めてから一ヶ月の時からお世話になってたお客さんだ。
初めましてはフリー(誰でも良いってこと)で入店して、それから本指名してくれるようになった。
大手企業の執行役員の梅園さんは
いつもビシッと着こなしたスーツを丁寧に脱ぐ。
ズボンの掛け方、ジャケットの掛け方、
全部手取り足取り私に教えてくれた。
毎回有名店のお菓子を買ってきて、
私を「かほ」と呼び捨てで呼ぶ姿は
控えめに言って偉そうだった。
だけど、いつも私の昼の仕事の方の相談に
誰よりも丁寧に乗ってくれた。
「梅園さんって、なんで私に会いにきてくれるの」
「面白いから」
冷たいの嫌いなんだよ、と言う梅園さんのために沸かしたお湯に
梅園さんが持ってきた紅茶をいれて
梅園さんが買ってきた高級なケーキを食べながら聞くと
そう言われた。
梅園さんは私を褒めないので、
びっくりしたのを覚えてる。
「え、それって馬鹿にしてる意味ですか?」
「なんでよ、素直になれよ」
「いや…。だって、梅園さんって、…エリートだし」
私のこと見下してるじゃん、と言いかけて
さすがに怒られそうで言い換えたら
照れたように笑った。
こっちの言葉を選んで良かった。
「かほの話は面白いし、頭いいよ、かほは。」
私にケーキを食べさせてもらいながら
生クリームを唇につけて言う梅園さん。
5歳児が幼稚園の先生に威張るみたいで
可愛くて笑った。
「梅園さんって、部下に多分嫌われてるよ」
「かほを雇いたいんだけど、うちの会社来てくれる?」
「採用してくれるの?」
「俺を舐めるなよ。」
梅園さんはドヤっと笑った。
私がわざとつけた頬の生クリームに気付いてなかった。
「鏡見てみな」
私が洗面所に連れて行くと
梅園さんは大笑いして、私の頭を撫でた。
「ほら、面白いじゃん、かほは。」
いや、頬のクリームに気づかなかったことを
私のせいにするなよ。
ちょっとそう思ったけど、
まあ、つけたのは私なので
梅園さんの頬についたクリームを指ですくって
その指を舐める。
調子に乗った梅園さんが
私の胸に手を伸ばすので
すかさず、手の甲を叩くと、また大笑いした。
「本当に、うちの会社で働いてほしいなあ」
本名も、会社名も、教えてくれてた梅園さんは
ネットで調べるとすぐに出てくる。
なんであんなに頭がよかったのに、
全部教えてくれたんだろう。
メンズエステも辞めたし、
お昼の仕事も変える予定なので、
この会社、受けてやろうかな。
でもきっと、スーツの私を見ても
私だって気づかないだろうな。
梅園さんが持ってきてくれていたケーキを
偶然銀座で見かけて
その値段にびっくりして
思わず、買って帰った。
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