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秘密

 別れる男に花の名前を教えなさい、と川端康成は言ったけれど、あいつがそんなの覚えていられるわけがない。教えた方は毎年思い出すのに、あいつだけが忘れるなんて不公平だ。だからわたしは自らの手で、ささやかな呪いを生み出すことにきめた。
 男女が親しくなる方法十選、といううさんくさいサイトで「秘密の共有」という文字をみつけたとき、これだ、と思った。小さなことでもいいから、あいつの秘密を奪ってやろう。そして小瓶につめて海に流してしまおう。まるで小学生のおまじないみたいな些細なものだけれど、そうすればわたしは忘れられるし、あいつは折に触れて思い出すことになるはずだ。

 何の変哲もない火曜日の夜、あいつにメッセージを送ることにした。付き合っているのか不安になるくらい寂しい画面に紙飛行機を飛ばす。
「ねぇ、なんかひとつ秘密教えてよ」
 唐突だとわかってはいたけれど、これしか思いつかなかった。回りくどい言い方をして伝わらなかったら元も子もない。
 すぐにメッセージは既読になって、困惑した表情のフィリピンワシのスタンプが送られてきた。久しぶりの連絡にスタンプひとつで返すような奴は嫌いだ。あいつのせいで詳しくなってしまった猛禽類、それも一緒に忘れよう。
「いいじゃん教えてよ。なんでもいいから」
 既読はすぐ付いたけれど、なかなか返信が来ない。何を書くべきか考えているのだろう。しめしめ、考えれば考えるほどはまっていくんだよ。

 しばらくして送られてきたのは「じゃあマジで初出しのやつね」という前置きだった。秘密はどれも初出しだろ、と心の中でツッコミを入れる。
「宝くじ当たった」
「三千円?」
「五千万」
 予想外の展開。
「ごせんまん???」
「うん」
「まじ?」
「まじ。だから落ち着いたら旅行行こうよ」
 あれ、おかしいな。こんなはずじゃなかった。
 とっとと別れるつもりだったのに。
「俺福岡行きたいんだよね」
 ちょっと待ってよ。それって、鳥類センターがあるからでしょ。

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