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酒のツマミになる話。

【お題】
酒のツマミになる話
麻雀
メタボリック


 ふんわり赤くなった顔で、とびきり美人の親友は唐突に言い出した。
「麻雀卓をね、買ったのよ」
「はぁ」
「今度からうちの机、麻雀卓だからね」
「は?」
 彼女の部屋は六畳一間、よりすこし狭いくらい。ソファベッドがあって、勉強机代わりのローテーブルがあって、テレビがあって、クローゼットがあって、それくらい。クローゼットには色んな洋服が詰まっていて、どちらかと言うと荷物は多いほう。
 いつも遊びに行くときは、そのローテーブルにお菓子なんかを広げていた。大学生の間、勉強を教えてもらってたのもあの机。教科書を広げるとちょっと狭いんだよね。
 え、で、麻雀卓?
「ん、あのローテーブルは?」
「捨てた」
「もったいない」
 濃い茶色の木の机、ずっしりしてて結構気に入ってたんだけどな。寂しいな。
「てか麻雀好きだったっけ」
「あーわたしじゃなくて、彼氏がね」
「かれし。」
「彼氏」
「メタボの?」
「うるせえ」
 手元のビールをぐびり。あんたまで太るぞ。
「彼氏のために机捨てて卓買ったの?」
「おん」
「いくら?」
「〜〜万」
「なんて?」
「~~十万」
「や、だからなんて?」
「ごじゅうまん……」
「まじ?」
「まじ……」
「言ってから後悔すんなよ」
 しゅん、とした彼女は、身体の水分が流れ出したみたいに見えた。ひと回り小さくなって余った空間に、居酒屋の喧騒がよく響く。
 浮き上がった沈黙が気まずくて、わたしもレモンサワーをあおった。いつもは気にならない炭酸とレモンの苦さが、喉に染みる。
「……全額わたし負担」
「バカじゃねぇの」
「な!」
 にぱっ! と素敵な笑顔、一瞬にしてころころ変わる表情は貴女の魅力だけれど、今はそれどころじゃねぇだろ。
「メタボ彼氏はなにしてんの」
「今更だけどさ、その言い方はなくない?」
「えーごめん」
 紹介されたとき、彼氏さんが自分から言ったんだぞ、俺メタボなんだよねって。自慢すんな、とツッコミかけたけど、彼女はそういうところも好きらしいから、心に仕舞ったのだ。
 彼女に言わせると、もっちりしていて安心感があるらしい。包容力だとか言われたけど、包容力は心の話であって、体型の話じゃないと思うよ。
「いちお働いてはいるよ」
「そうであれ」
「働いてはいるけど、別に同棲してるわけじゃないしさぁ」
「じゃあ麻雀卓買うの違くない?」
「ねー」
「ねー、じゃないんだよなぁ」
「すごい良いやつでさぁ、なんかおもろくなっちゃったんだよね。配牌とか自動でしてくれるの、すごくない?」
「はいぱい?」
「麻雀用語」
「はぁ」
 サークルの男の子とか、麻雀にどハマりしてた人もいたけど、わたしは全然だった。お正月に家族でやるドンジャラで十分。用語とか、得点計算とか、なんか難しそうで、抵抗がある。
「なんつーかその場のノリよ」
「ノリで五十万は出せんわ」
 薄給の社会人一年生、どこからそんなお金が出るんだか。そういや彼女は大学時代、バイト戦士だったなぁ。
「まぁそういうことだから」
「じゃあ今度見に行くわ」
「今からでもいーよ」
 そういえばフットワークが軽いのも、貴女のいいとこだったね。
「今日彼氏さんいないよね?」
「んー。よし、麻雀卓で飲み直そうぜ」
 残ったお酒を一気に飲み干し、ふたりで席を立つ。流れるような、いつもの動き。今日の支払いはわたしの番で、これから寄るコンビニは彼女持ちだ。
 毎月第三金曜の夜、お決まりのふたり飲み会は、今日も愉快。

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