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お揃いのシャツ

 ホーム越しに、お揃いのシャツをなびかせて走る彼女をみつめた。彼女を待っていたかのように、ちょうど到着した電車に遮られてみえなくなった。
 彼女が電車に乗り込んだことを確認してイヤホンをはめる。携帯と接続して音楽を探した。
 一日の終わりは必ず寂しくなるから、帰り道用のプレイリストを再生する。楽しい曲をかけて無理やり気分をあげるより、切ない曲でしっとりと余韻に浸るほうが好きだ。その日をうまく終えることができたら、次の日もうまく始められる気がする。
 最近つけ始めた日記になにを書くか、早々考える。きっと彼女の行動を書き留めたら、あっという間に今日のページが埋まってしまうだろう。

 お揃いのシャツは彼女の提案だった。
「恥ずかしいからいやだよ」
「え、いいじゃん。メンズ買うし」
「そりゃそうでしょ」
 僕がレディースを着る選択肢もあったの? と聞いたら下手な作り笑いではぐらかされた。サイズさえ合えば着せるつもりだったみたいだ。
 まだ買う前で、相談してくれて、よかった。最近は男性でもレディースを着ることがあるらしいが、なんだかまだ抵抗がある。明確な理由はないけれど、似合うとも思えないし。

「服の貸し借りとかよくやるじゃん」
「一方的に借りてるだけじゃない」
 えへへ、とはにかむ彼女が今着ているのだって僕のTシャツだ。サイズが大きいから着心地がいいのだと言って、しょっちゅう借りられている。たまにそのまま帰るから、着たいときに服がなくて困るのだった。

「それに貸し借りとお揃いは違うよ」
「なにが?」
 彼女のきょとん、とした瞳に弱い自覚はある。でもこんな序盤で折れるわけにはいかない。
「お揃いって一緒に着るんでしょ?」
「もちろん」
「恥ずかしい」
「いいじゃん」
 これはきっと平行線。
 一度決めたら曲げない性格だってことくらいもう知ってるんだけど、このやり取りがけっこう好きなんだ。
 僕が折れるのはいつだって時間の問題。彼女の機嫌を損ねる前に「わかった」とさえ言えば、満開の笑顔がみれる。機嫌を損ねるポイントがわからなくて失敗したこともあったけれど、もうお手の物だ。
「わかったよ」
「やった」
 本当に綺麗に笑うから、いつもどきりとさせられてるなんて、一生言うつもりはないけれど。

 どんなシャツがいいかはまだ決めていないらしかった。一緒に買いに行こう、と約束を取り付け、後日ふたりで選んだのはモノクロの比較的シンプルなシャツ。
「これなら何にでも合わせられるね」
「私は白のスカートにしよっかな」
「じゃあ僕は黒にする」
 さすがにボトムスは色違いにした。全身お揃いは余りの恥ずかしさで顔から火が出てしまうから、丁重にお断りする。
「今度来てきてね」
「わかった」
 ほらまた、満開の笑顔。

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