3 中途半端な罪

2 春は唐突に、弾けたお菓子のように より続く

三日月目の彼は知らない顔だった。ものの数秒で焼き付いてしまった、飲み込まれそうなくらい真っ黒で美しい瞳に見覚えはなかった。
 同じ学年なら中高六年間一緒なんだから、ひと学年の人数がいくら多くても顔はわかるはず。中学生にはみえなかったし、ってことは二年か一年……? この期に及んで下級生だなんて、もう卒業するんだよわたし。
 どう納得させようと、もう一度みてみたいという欲には勝てそうになかった。美しいものは何度だってみたいに決まってるでしょ、とさも当たり前かのように脳内会議は決着をつけ、わたしは煽られていく。

 あの後の記憶はあまりない。
 けれど眠気がみせた幻にしては鮮明すぎるし、授業をサボったことは事実なのだ。梅香が上手く言ってくれたらしく、翌日オノセンから「体調大丈夫かー」とご丁寧に心配されたくらいだった。ついでに観る予定だった映画のDVDを貸そうか、と言われたので、丁重にお断りしておいた。オノセンのことだ、観たら個別に課題をくらう気がする。
 あれは確か六時間目が始まるころだったと思うけど、その後の一時間をどう過ごしたのだろう。また寝たのか、本を読んだのか、早退したのか。サボりに早退なんて概念は不釣り合いだけれど、よく考えれば部活もないのに授業をサボってまで学校にいる意味はない。オノセンの授業が始まる前に帰宅してもいいはずだった。特に理由のない図書館行きがこんなことになるなんて、思ってもみなかった。
 こういうひとつひとつの巡り合わせが三日月目の彼に繋がったのだと思うと、くすぐったい気持ちになる。もう一度があるかもわからないのに、自然とまた会いたい、に傾いていることを自覚してしまった。会いたいというより、この目でみたい、かもしれない。会うというにはおこがましいくらい、わたしは何も知らない。

 ふと思う。彼が下級生なんだとしたら、あの時間に図書館にいたのはどうしてだろう。下級生にとってはちゃんとした授業のある六時間目だったはずなのに。図書館はいつも通り閑散としていたから、自習で来ていたというわけではなさそうだった。自習ならクラス全員が図書館にいて、どうしてもうるさくなってしまう。そうじゃなく。彼はひとりであの席に座って、わたしをみていた。そう、わたしをみていたんだ。
 もし、彼もサボりだったとしたら。わたしが厳しい学校だと思い込んでいただけで、横をみてみれば自由が落ちていたのだとしたら。わたしは気付くのが遅すぎて、それなのに中途半端に気付いてしまったから、こうなってしまったのかもしれない。

(続く)

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