1 今からでも遅くない

 高校生活最後の試験を終え、選択授業とかいう曖昧な期間に入った。大学生と高校生の間をいったりきたり。もうすぐこの校舎から出なくちゃいけないけど、六年間も通ってると飽き飽きして、感慨もなくなってくる。大学の付属校だから卒業してもまた顔を合わせるひとが多いし、なんだか不思議な気分だ。
 週に一度、月曜日のホームルームは一時間目で、最近のわたしにとっていちばん朝早く登校する日になっていた。おかげで頭の片隅がぼうっとして、眠気がまとわりついている。
 プレ大学生みたいに朝早くない授業ばかり選んだから、他の曜日はお昼ごろ登校すれば間に合うようになっていた。制服を着た女子高生が真昼間に電車に乗ったりスタバで暇をつぶしたり、あるいは映画館に出没している様子は、大人たちにはどう映っているのだろう。サボりじゃないんだけどな、なんて誰に届くわけでもないけれど、少し弁解したくなる。学校への反抗とかじゃなくて、これは許されてることなんです。
 大して実のないホームルームを聞き流し、図書館に向かった。月曜日の授業はあと五、六時間目だけで、四時間近く暇なのだ。せっかくなら詰めたかったけれど興味のある授業もそうなくて、自由に使おうと決めていた。
 今日は図書館で本を読む日。それに静かだから、誰にも邪魔されず眠ることができる。机はちょっと硬いけれど、マフラーを枕代わりにすれば意外と快適だ。リュックを抱え込むようにして、眠気にまかせることにした。おやすみ世界。

 ふと目を覚ますと思いのほか時間が経っていて、もうすぐ四時間目が始まるところだった。図書館にはスキマ時間に本の貸し借りをするひとがちらほら。
 昨日は夜更かししたから、こんなに寝てたのもしょうがないかな。それでもなぜか頭はすっきりしなくて、五、六時間目に出てもまた寝る気がした。オノセンの趣味なのか古い映画を観るだけのとても楽で好きな授業だったけれど、内容によっては寝てしまうのが難点だった。
 チャイムの音を聞き、とりあえず混む前に、と思ってラウンジへ向かう。併設されている学食で何か頼んで、早めのお昼ごはんにするつもりだった。日替わりメニューはトッピングがちょっと豪華なカレー……。普通のうどんにしよ。
「雫じゃん、早くない?」
 テキトーに席を選んでうどんをすすっていると、後ろから名前を呼ばれた。この後の授業が一緒の梅香だった。
「梅香もでしょ」
 彼女も学食のプレートを持っている。載っていたのは日替わりのカレーだった。ぽいな。
「混むのやじゃん」
「同じく」
 自然と向かいの席に着き、梅香はカレーを食べ始めた。トッピングはカツだったらしい、たった二切れだけど。独特の香りが混じって、味が極端に薄いカレーうどんを食べているみたいだ。
「今日の映画なんだっけ」
「あーっとね、メールみればわかるんだけど」
「だよね」
 暗黙の了解と化しているけれど、本来は携帯持ち込み禁止。でも九割は持ってきているのをみんなわかっている。禁止なのに選択授業の連絡はメールだから、学校で確認できないところが不便だった。
「でも雫が寝そうなやつだったよ」
「あはは」
 梅香はいつも隣の席に座るから、わたしが寝るとわかるらしい。映画を選んだ張本人のオノセンはいちばん前の席を陣取り熱心に観ていて、生徒のことは見てないよ、とのことだった。だから寝てても関係ないし、オノセンが出す課題は簡単でちょっと調べれば答えられる。そもそも成績とかもうないのに、何のための課題なのかはわからない。
「今日サボろっかな」
 口をついて出たのは、わたし自身でさえ意外な言葉だった。そこそこ厳しい学校だからか、授業をサボったことは一度もない。制服のまま保健室で寝るのも抵抗があって、仮病でサボることすらしてこなかった六年間だった。
「珍し」
「ね。わたしもびっくりした」
「なんだそれ」
 梅香はカツを頬張りながら笑っていた。わたしもつられて笑う。ひとの少ないラウンジに微かな笑い声が響いた。
「まぁいいんじゃない、一回くらい。どうせ寝るでしょ」
 こういうとき寛大な友だちは助かるとつくづく思う。サボるのに明確な理由はないけれど、映画を観るだけで成績もつかない授業、たまには休んだって罰は当たらないだろう。さっき本読めなかったし、また図書館行こうかな。急にやる気が湧いてきて、試験前の現実逃避みたい。
「なんか目眩するとか言っといて」
「おっけー」
 汁だけが残った丼を持ち、カウンターに返却する。これからくる学食ラッシュに向けて準備を進めるパートのおばさんがみえた。小さくごちそうさまでした、と呟いて、席に戻る。
「じゃあ後はよろしく」
「うん、またー」
 梅香に手を振り、鞄とコートを持ってまた図書館に向かうことにした。置き勉していた教科書を回収するべくロッカーに寄りたかったけれど、下手にオノセンにみつかるとやだから諦める。ホームルームのときにやっておけばよかった、って毎週思うのに、朝のうまく働かない頭じゃ忘れてしまうのだ。

(続く)

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