life goes on

 新学期が始まって、そういえばうちのはちょろっと配慮が必要な生徒で、クラス替えがあり担任も替わったのだから改めましてよろしく申し入れをした方がいいんじゃないかというわけで、担任誰?
 イケボです!マジかよ!
 Lの担任と同じ人なのだった。うちの事情をよくご存知の先生です、知っていただくほどの事情はないんですが、Mの事情は知っていただきたい。
 というわけで一筆したためたところ、さっそく大変な美声で電話をくれた。もう1年やってるし前の担任クッキングパパから申し送りもあったそうでイケボも概略はご存知だ。
 着替えに多少不自由があることや体育座りがしづらいから椅子に座る件はすでに通っている。Mがこの事を公にしたくないことをよく知って欲しいのが電話会談の趣旨だ。
 なんで(椅子に)座ってんの?と時々聞かれるでしょ、そういう時にはどうするの?何と答えるの?とイケボはMに問い、Mは教える人と内容はアタシチャンが決めると答えた。答え方は下の通りだ。
1.座れないから
2.体育座りができないから
3.コルセットをしているので体育座りができないから
4.側弯症の治療のためコルセットをしているので体育座りができないから
5.側弯症でこれ以上背骨が曲がらないよう固定する治療のためのコルセットを着けているので体育座りができないから
 放っておくと進行するやつなので今固定することが重要だとか進行すると内臓等を損傷する可能性がある(6.)とか、詳しく説明すると結構深刻な話なのだが、学校生活で困るのは着替え(装具の脱着が自分でできない)と体育座りだけである。
 Mは1.で答えて煙に巻く。Kはイケボに4.を説明した。これでは何も言ってないのと同じかなと後から思ったけど、Kは側弯症のワードを言いたくないのだ。怖いから。
 で、事件はこの電話会談の後に起きた。
 なんでアイツ椅子に座ってんの?ズルくね?とはっきり口に出したヤツが出たのだ。
 その程度のことを悪意を持って口に出す妖怪が出てくるのは時間の問題だと思っていてむしろ登場が遅いとKは考えたが、当事者たるMは次の日、登校してから急に怖くなって教室を脱走し保健室に行ったのだった。
 Kは妖怪が出た話をその日のうちに聞いて、そういうことを思う人はいるからしょうがないと割り切るしかない方面で話をまとめての朝だったので、脱走の理由は全部分かっているのだけど学校側は何も知らない。
 授業を始める前にアイツどこ行った?と仲良しに小声で訊いたというからイケボには青天の霹靂だったことだろう。
 家に帰ってきた時にはすっかり元気なMから脱走のあらましを聞いた。それでイケボと面談したそうだ。先に相談して欲しかったが、保健室へ行った判断は良かったよと、怒られるどころか褒められたと言う。
 そして電話がかかってきて大変な美声から同じ話をもう一度聞いた。
 なにかあったらすぐ相談してくださいと、3回くらい言わせてしまったからハイと言っておいたが、ズルいと言われました、とか保育園児じゃないんだからしないよ?と本心では思っている。
 学校で(全員にズルいと思われているんじゃないかと)怖くなって脱走とは保護者にも予想しきれない、心の動きなんでそんなんKにも青天の霹靂だ。
 こっちは固定を止めたら明らかに深刻な事態へ向かっていくのだから、ズルいズルくないの次元でやってない。ズルいといった子にフィードバックしてほしいわけでもない(むしろしてほしくない)。
 事情を公にせずに、みんなと違うことをしていればイヤな言葉が聞こえてくることも覚悟の上でやっているのでこちらは大丈夫、むしろ余計な心配をかけてしまって申し訳ない。
 みんなに言いたくないはMのわがままのようにも聞こえるが、合理的配慮を受けるために事情を説明して回る必要はなくてクッキングパパは知ってもらった方ががラクかもよと言いながらも尊重してくれたし、イケボはそれすら言わなかった。
 こちらの事情を包み隠さず説明して、合理的配慮をズルいと言ってはいけないと諭すことができたら先生はそっちの方がラクなんじゃないか?と思う。当事者もラクかもしれない今だけの話なら。
 しかし、言ったところで腫れ物扱いされるのもアレだし、幸い生活にさほど支障がないからいつもは骨のことなど考えずにフワフワ生きる日常は守られてもいいのではないか。
 合理的配慮を受ける人について事情を必ずしも説明してもらえないことを、逆に健常者の側も知るべきである。あなた方の許可を取る必要はないし、理解を得る必要もない。
 でもイケボにはちゃんと言いなさいとは諭さねばならない。
 相談してくれと3回言ったのは多分相談じゃなくて連絡が欲しかったんだなとKは3日考えて気づいたので、今回のことを踏まえて保護者としてMに言えるのはこれだけだ。合理的配慮を受ける権利はあるけどルールを守る義務があるのではないだろうか。
 イケボは気楽に生活しているMにはもったいないくらいの心配をしてくれるので悪口言われましたくらいでは相談はしない。でも急に教室から生徒が消えて担任が困るのは別の話(大人の仕事の話)になるからきちんと連絡はしなければならない。
 生徒が急にいなくなったら怖いだろう、保健室から連絡が行くまで気もそぞろだったろうに、Mを叱りもせず保健室へ行った判断は正しかったとか言うのは。
 ちょうカッケー。
 そういう対応で、下手すれば学校に行けなくなりそうな事態は切り抜けた。新年度早々、イヤな目にあったが担任が絶対味方だと分かったのでMは次の日ヘラヘラと学校へ行った。
 Mは合理的配慮をお願いする際、自分で考えて動いていて、先生の手を借りるのは最低限で済むようになっているのだが、知らん人には配慮の目に見える部分(優遇されているように見える場面)しか見えない、そして人は見えないものは無いものになる。理由が見えないから自分がないがしろにされているように感じて悪意が生まれるのは理解できる。
 ほとんどの人は無関心で気に留めないか、何か事情があるんだろうと考えて何も言わないかのどちらかだろう。なぜなら自分には関係のないことだからだ。
 ズルいズルいと口に出す人の気持ちは分からないし、自分を納得させる理由がなければ許さないという態度を取る人とは関わりたくない。世の中そういうタイプの人は往々にして態度がデカいし声もデカいしどこにでもいる。関わりたくないが、合理的配慮がなければ学校生活にコミットできない。好きで弱い側にいるわけではないが、配慮が必要な弱者が全員優しく従順で純粋なアイデンティティでいるわけではない。配慮は必要だが盾になってもらう必要はないのである。その違いは非常に分かりづらい。
 神がいるなと思った話。