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写真が暴力にならないように

写真家として、写真の価値を信じて撮り続けることは大切だけど、
人には撮られたい瞬間とそうでない瞬間、
自分の好きな瞬間と、そうでない瞬間がありますよね。

昔、大失恋して、
早朝に親友の家に駆け込んだ日があって、
私の顔は泣いて腫れていて、本当に文字通り真っ赤になっていて、、、
そんな時に親友は私の写真を撮りました。

笑いながら、慰めながら、
私が泣きながら、出してもらった白いご飯を食べているところを撮りました。

なんでこんなところ撮るんだろうと思いながら、
別れてしばらく経って、
あの日の朝の写真を見せられて。

あんなに辛そうな見た目の自分が、
白いご飯泣きながら食べてる
私の人生後にも先にもあの瞬間しかなかったように思います。
それくらい、私の恋は最高だったんだって、
あんなに本気で、あんなに素直になれた時間だったんだなと。

友達が写真を撮ってくれた時は
なんでこんな時に!と思っていたし、
2度と見たくない写真だと思っていたけど

その後出会った人と幸せな結婚生活を送る今、
あの日のあの顔が、とても愛しく思えます。
それに、写真を撮られた、と言う体験があったから尚更、あの日のことを少し色濃く覚えているような気がします。

あなたはいま、とても素敵です。
私が心から思う瞬間に、
その事実だけに自信を持って、
目の前にうつる全てを愛すること、
それが撮ると言うことでありますように。

その心に責任を持つことが、
写真を暴力にしないことだと思っています。

これから作品を撮っていく上で、
絶対に大切に、写ってくれる人にも言葉で伝えていきたいことでした。

今日も1日お疲れ様✨

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