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『リズと青い鳥』 山田尚子監督の”顔を映さない”演出
山田尚子監督の最新作『きみの色』が8月30日に公開されました。この作品で完全に山田監督に惹かれてしまったので、配信が始まったらじっくり『きみの色』についての考察をします。そして、今回は同じく山田監督の作品である『リズと青い鳥』についてです。公開からだいぶ期間が空いていて、大好きのハグやラストシーンに関する考察はされ尽くしているので、私は少し違う視点からこの映画を探っていけたらと思っています。
約8000文字で読了時間は10分ほどです。
それではやっていきます。
○初めに
8月末に、NHKで新海誠監督と山田尚子監督の対談が放送されました。日本のアニメーションを牽引するお二人の貴重な対談です。
(午後5時台 山田尚子・新海誠 アニメ界を代表する監督対談)
その対談の中で、新海監督がこのようにおっしゃっていました。
僕としてはむしろ、山田さんたちの作品を真似している気持ちの方が強いです。たとえばキャラクターが喋っているときに顔じゃなくて足を映すような演出を見て「そこでしか表現できない情感があるんだ」と教えていただき、臆面もなく自分の作品で真似したりしました。
人の感情が一番出るところはやはり顔です。
目、口、眉など様々なパーツの組み合わせによって、キャラクターの感情を分かりやすく表現することができます。
しかし、山田監督はキャラクターの顔をあえて映さないことで感情を表現しているんです。特にこの映画は
複雑な感情をどのようにして表現するか
ということが大事なテーマの1つです。
この、キャラクターの顔を映さない演出を使っているシーンは随所に見られます。全て紹介しようとする長くなるので、私が良いと感じたトップ5を紹介します。
5位 希美の表に出さない感情
22:43~ 梨々花と希美が話すシーン
(〇〇:〇〇〜というのは配信での時間です)
みぞれと同じオーボエの一年生である梨々花が、希美に相談をするシーンです。
梨々花「あの、先輩って鎧塚先輩(みぞれ)と仲良いですよね」(23:03)
①希美「と、思うよ?」
梨々花「ですよね、なのでちょっと相談が」
②希美「うん、どした?」
〜(省略)
③梨々花「もしかして私、嫌われちゃってたりするのかなーって」
希美「んー、みぞれってちょっと不思議なとこあるからなぁ。多分君、」
梨々花「剣崎です。あと、梨々花です」
希美「梨々花ちゃんを嫌ってるわけではないと思うよ」
④梨々花「そうですか?」
希美「うん、大丈夫」
①と②では2人の足を映しています。ここでは、希美の足の動きに注目します。
①では、片足をトントンさせて落ち着かない様子です。なぜかというと、この時希美はフルート組でファミレスに向かっている途中だったからです。
しかし、梨々花に「ちょっと相談が」と言われると、これは少し長くなるなと感じ、②で足を揃えます。
ここでは足を映すことによって、急いでいる→相談をしっかり聞く、という希美の変化を表しています。急いでいる、という表には出さない感情を足を映すことで伝えています。
次に④と⑤。ここでは梨々花の手に注目します。
④は梨々花が「(みぞれに)嫌われちゃってたりするのかなーって」と言います。
ここでは、顔を映さずに手の細かい動きを映します。この手の動きを見ると、顔を見なくても梨々花のモヤモヤした感情を読み取ることができます。
基本的には、
顔を映さないこと=マイナスな感情を表現する
ということが多いです。
⑤で希美に「大丈夫」と言われたところも、顔を映さず、手を後ろに組んでいるところを映します。そうすることで、まだ信じきれていないということがより伝わってきます。
4位 みぞれの我慢と悲しみ
39:38~ みぞれ、希美、夏紀、優子が音楽室で話すシーン
ここでは、みぞれと希美が音大を受けるという話になります。
みぞれ「希美が受けるから、私も」(41:00)
夏紀、優子がみぞれを見つめて黙ってしまう
❶希美「なに本気にしてるの2人とも?みぞれのジョークじゃん」
①みぞれの足が映る
優子「希美、音大受けるんだ」
希美「んー、まあね。確定じゃないけど」
ここからあがた祭りの話に。
〜
希美「みぞれ、一緒に行こうよ」
みぞれ「えっ」
希美「あがた祭り」
みぞれ、驚いた表情で固まる
希美「あれ、予定あった?」
みぞれ「無い」
希美「じゃあ、行こ?」
みぞれ「希美が、いいなら」
❷希美「優子も夏紀も空いてるよね?」
②みぞれの足元が映る
優子、みぞれを見つめる
夏紀「うん。OK、行く。」
まず❶です。希美が(音大に)行くなら私も行く、というのはみぞれにとって本当です。しかし、それを希美にジョーク(嘘)だと言われてしまいます。
①ではみぞれの顔ではなく、足を映し、上履きのキュッという嫌な音を観客に聞かせます。それによって、顔を映さなくてもみぞれの悲しい感情を読み取ることができます。細かい音を拾うこともこの作品の特徴です。
②も同様で、希美は最初にみぞれだけを誘います。みぞれは2人きりで行こうと誘われたと思い、喜びます。しかし、希美はなぜか一緒の場にいた優子と夏紀も誘います(❷)。そして②でみぞれの足を映します。ここでも顔を映さずに悲しい感情を表現しています。
もっと細かい話をすると、①では上履きの音に注目させるためのカット。しかし、②では足全体が映っています。これは、②では上履きの音は鳴っていないということです。
では、上履きの音は何を意味するのか。それは、みぞれの我慢です。悲しい感情が表情に出ないように、足に力を入れて我慢しているんです。
であれば、上履きの音がなかった②では、その悲しみが表情に出ているということです。
1回目は進路の話だった。しかし2回目は、希美が自分だけをあがた祭りに誘ってくれた、というみぞれにとって一番嬉しいことに対する裏切りです。
みぞれは1回目よりも更に大きなショックを受け、悲しみが表情に出てしまった。みぞれの表情は見えませんが、優子の反応を見ていてもやはりそう感じます。
3位 希美はみぞれに変わってほしくない
これが表れているのは、先ほどのシーンの直後の会話の中です。(42:14〜)
希美「みぞれは?誰か他に行きたい子いる?」
みぞれ「いない」
希美「そっか」
ここの「そっか」という部分、顔を映さない演出を使っています。しかし、私はここで顔を映さないことにかなり違和感がありました。その理由は大きく分けて2つ。
(1)「そっか」の言い方が不自然ではない
(2)会話の中でそこだけ顔を映していない
先ほど、顔を映さない=マイナスな感情の表現
という話をしました。しかし、ここでの希美はマイナスな感情でしょうか。みぞれに誘いたい子がいるかを聞いて、いないと言われ、「そっか」と言いました。マイナスな感情には見えません。であれば、顔を映さない演出を使わなくてもいいはず。
では、なぜ顔を映さない演出を使ったのでしょうか。
それは、いくつかのシーンを踏まえると少しずつ見えてきます。
46:36~ 希美がみぞれをプールに誘うシーン
みぞれ「ねぇ希美」(47:57)
希美「ん?」
みぞれ「他の子も誘っていい?」
希美、驚くがすぐに普通の表情に戻る
①希美「えー。なに、みぞれがそんなこと言うの珍しいじゃん。いいよ、誰?」
あがた祭りの話の時は、他に誘いたい子はいない、と言っていたみぞれが他の子も誘っていい?と言います。
①では希美の足を映します。それによって希美の複雑な感情を表現しています。複雑な感情とは言っていますが、要は希美はみぞれが誰かを誘うことを喜んでいない、ということです。
49:13~ みぞれと梨々花が一緒にオーボエを吹くシーン
みぞれがプールに誘ったのは、梨々花を含む1年生3人でした。ここから一気に縮まり、みぞれと梨々花は一緒に練習をするまでの関係になりました。
今ままで一人で練習していたみぞれが誰かと一緒に吹いている。とても喜ばしいことです。2人の音を聴き、嬉しそうに微笑む夏紀が映ります。
しかし、希美は違いました。みぞれが誰かと一緒に吹いていることに対してショックを受けます。フルート組の中で笑っていた希美が、2人の音を聴いて深刻な顔になります。
やはり希美は、みぞれが誰かと関わることを嫌がっています。それはなぜでしょうか。
私は、希美がみぞれに変わってほしくないという気持ちを抱えているから
だと考えています。
みぞれを楽器の世界に連れてきたのは希美。みぞれを孤独から救ったのも希美。
しかし、みぞれはどんどん実力を伸ばし希美を追い越しました。それだけではなく、希美の知らないところで交友関係を作れるようになりました。
希美の中ではどこか、みぞれに変わってほしくないという気持ちがあるのではないでしょうか。
楽器で負けているのは分かっている。じゃあ、みぞれが自分の知らないところで友達を作ったら、私には見向きもしてくれないんじゃないか、という怖さ。
だから、希美はみぞれが変わっていないかを常に確認するんです。ここで、「そっか」と言った時に顔を映さなかった理由が見えてきます。
それは希美の中の安心です。
希美は、あがた祭りにみぞれを誘い、「他に行きたい子いる?」とは聞きました。しかし、希美はみぞれが「いない」と返すことが分かっているんです。
だから、みぞれが「他の子も誘っていい?」と言った時に驚き、複雑な感情になり、みぞれが誰かと吹いていることにショックを受けるんです。
みぞれが変わっていないかを確認する自分の不純さに、少しの罪悪感を感じつつ、みぞれが変わっていないことに安心している。そんな希美の感情を、顔を映さないことによって表現しています。
2位 その場所にいる全員を平等に映す
54:11~ 希美と夏紀が教室で話しているシーン
希美と夏紀がみぞれについて話すシーンです。会話の途中でみぞれが映ります。
55:01 教室で1人、練習をしているみぞれ
梨々香たちダブルリードの1年生3人がそこに来て、何かを言う(後のシーンから考えると、「一緒に練習しても良いですか」)
55:08 みぞれが頷き、喜ぶ3人
55:17 ①4人が椅子を並べている(映すのは足元)
みぞれが3人をプールに誘ったことで、一緒に練習をする関係性にまでなりました。
①では4人の顔ではなく足を映しています。ここで安易に顔を映さないことに、本当に妥協がないと感じました。
4人の顔を映すと、観客はみぞれと梨々花だけに注目します。他の2人は名前も出てこないし、当たり前です。
しかし、山田監督は違うと。このシーンは4人全員が大事なんだと。梨々花だけではなく、他の2人もみぞれと仲良くなりたいと思っています。そしてみぞれも、1年生3人に対して同じ気持ちを持っています。
なので、4人の足元を映すことで、
4人全員に注目させ、お互いがお互いに持っている”仲良くなりたい”という気持ちの一致
を表現しています。
4人の足元を映したとしても、4人の靴下が微妙に異なっているため、見分けることができます。足元の細かいキャラクター設計が存分に生かされています。
細かいシーンで、誰かの感情を表現するシーンでもないです。しかし、山田監督のこだわりが見えたシーンであり、中々気づいてもらえないシーンだと感じたので、2位としました。
1位 みぞれの嘘と本当
このシーンでは、顔を映すか映さないかで、その言葉が本当なのか嘘なのかを表現しています。(顔を映す=本当、顔を映さない=嘘)
まず、この演出が使われているシーンの例を1つ紹介します。
52:29~ 麗奈とみぞれの会話
ここには優子もいるんですが、みぞれと麗奈の言葉だけに着目します。
麗奈「すみません、実は自由曲のオーボエソロがずっと気になってて。先輩、希美先輩と相性悪くないですか」
①みぞれ「そんなことない」
麗奈「なんか、先輩の今の音、凄く窮屈そうに聞こえるんです。わざと、ブレーキかけてるみたいな。多分、希美先輩が自分に合わせてくれると思ってないから」
②みぞれ「違う」
まず、①は顔を映します。
つまり、みぞれの言葉は本当。
麗奈に、希美と演奏の相性が悪いと言われます。しかし、みぞれは希美と相性が悪いわけではありません。みぞれが本気を出せないのは、他に理由があります(後ほど言及します)。なので、みぞれの「そんなことない」という言葉は本当。
それに対し、②では手を映します。
つまり、みぞれの言葉は嘘。
麗奈にわざとブレーキをかけていると言われます。実際、みぞれは希美のレベルに合わせているため、ブレーキをかけているというのは本当です。しかし、みぞれは「違う」と嘘をつきます。それを希美に知られてしまっては、2人の関係が崩れてしまうから。
このように、顔を映すか映さないかで、みぞれの言葉が本当なのか嘘なのかをはっきりと表現しています。
このこと(顔を映す=本当、顔を映さない=嘘)を踏まえて、1位のシーンを紹介します。
1:13:00~ 大好きのハグの直前の会話
希美が自信を失い、少し自虐的になってしまうシーン。
希美「みぞれさ、今まで手加減してたんだね」
みぞれ「えっ」
希美「私のレベルに合わせてたから、今まで全力が出せなかったんだ」
①みぞれ「違う」
希美「私バカだね。みぞれに頑張ってーとか言って、みぞれが本気出せないの、私の実力が足りてないだけだったわ」
②みぞれ「違う」
①は足を映します。
つまり、みぞれの言葉は嘘。
希美に、みぞれが全力を出せなかったのは、私のレベル(実力)に合わせていたからだと言われます。これは紛れもなく本当です。しかし、みぞれは「違う」と嘘をつきます。希美本人から言われ、無駄な嘘だとは分かっていますが、みぞれは嘘をつくしかありません。
それに対し、②では顔を映します。
つまり、みぞれの言葉は本当。
希美に、みぞれが本気を出せなかったのは、私の実力が足りなかったからだと言われます。これも本当のように聞こえます。しかし、みぞれの「違う」というのが本当だとすると、ここで希美が言っていることは間違っている、ということになります。
つまり、みぞれが本気を出せないのは、希美の実力が足りないからではない。では、みぞれが本気を出せないのはなぜでしょうか。
私は、みぞれが
希美が決めたことが、私の決めたこと
という縛りを自分の中に作っているからだと考えています。これは52:06あたりの優子との会話の中での言葉です。
みぞれが自分自身を縛っているから。この作品に沿った言い方をすると、自分の意思で鳥籠の中に入っている、ということです。
だから、希美の実力は関係ない。希美の問題ではなく、みぞれ自身の問題なんです。自分の意思で鳥籠から出ていけるかどうか。希美の意思ではなく、自分の意思で行動することができるか。
なので、希美の実力が足りていなかった、というのは間違っています。
このように顔を映すか映さないかによって、その言葉が本当なのか嘘なのかを表現することも出来ます。(あくまで一部のシーン)
番外編 顔を映さない演出の一歩先
番外編と書きましたが、1位のシーンを更に掘り下げていくための番外編です。まず、実は1位のシーンには疑問が残っています。それは、①のみぞれの「違う」という部分。ここは足が映されるんですが、誰の足でしょう。
そうです、希美の足です。
話しているのはみぞれなのに、映すのは希美の足。
ここでは、話している人を映さない演出と呼びます。
これまでも、このような演出を使うことはありました。しかし、ここでのこの演出には非常に重要な意図があります。
その重要な意図を読み取るには、この1位のシーンでの、ある特徴を知る必要があります。それは、カメラワークの特徴です。大きく分けて2つあり、
・横から映すカットが多い(正面を避ける)
・アップショットを使わない(顔を映す時は特に)
という特徴があります。
このように映すことで、噛み合わない2人の会話や、2人の間にある距離を表現しています。
しかし、1:15:56からのカット。
「希美と居られれば何だっていい」
このシーンはロングPVのサムネになっています。つまり、この映画においての大きな山場だということ。(『リズと青い鳥』ロングPV)
ここで、今までのカメラワークを壊すような正面からの顔のアップショット。印象に残らないはずがありません。カメラワークによって山場をしっかりと作っています。
ここでようやく、話している人を映さない演出の意図が分かってきます。
顔を映すか映さないかによって、その言葉が本当であるか嘘であるかを表現することができると話しました。
しかし、このシーンでは山場を作るために、顔を映さないカットを多く使用しています。
つまり、顔を映さなかったとしても、その言葉が嘘であるとは限らないということです。
では、その言葉が嘘であると伝えるにはどうすればよいか。
それが顔を映さない演出の一歩先、話している人を映さない演出です。
だから①でのみぞれの嘘を、話している人(みぞれ)を映さないことによって表現したというわけです。
この演出はここだけではありません。
1位のシーンの直後、希美が
「ずるいよ、みぞれは。ほんとずるい」(1:14:09)
と言います。この時も、話している人(希美)ではなく水槽が映ります。
この希美の言葉を少し言い換えると、
みぞれには私にはない才能があってずるい
という意味になります。
しかし、ここでは話している人を映さない演出を使っています。
つまり、この希美の言葉は嘘。
希美はみぞれのオーボエは才能で出来ているとは思っていないし、ずるいとも思っていないということです。
このずるいという言葉は、希美が自分自身の不甲斐なさが嫌になり、みぞれに八つ当たりしてしまったがゆえの言葉。
その後、みぞれに「聞いて」と言われ、我を取り戻した希美。
そして、大好きのハグのシーンでの希美の言葉。
「みぞれは、努力家だよ」
ここでは希美の顔をしっかりと映しています。この言葉は、紛れもなく希美の本心。友達と楽しみながら楽器を続けてきた希美と、ずっと孤独で楽器に向き合ってきたみぞれ。
みぞれのオーボエは才能じゃなくて努力の結晶だよ
童話のリズと青い鳥では、ここは最後の別れのシーン。大好きな青い鳥を送り出し、自由にしなければいけない。つまり、希美はみぞれを送り出さなければいけない。嫌でも、みぞれを突き放さなければいけない。
そんな中でも、
この子の努力を称えてあげたい
という希美の気持ちが詰まった言葉です。みぞれが1つ言ったから希美も返した、なんてことでは済まされない大事な言葉なんです。「みぞれのオーボエが好き」という言葉が注目されがちですが、この言葉にも大切な意味があると分かっていただけたら嬉しいです。
終わりに
まず、ここまで長い文章を読んでいただき本当にありがとうございます。
『リズと青い鳥』は繊細な心理描写、それを支える京アニの作画、そして山田尚子監督の妥協の無さ。何度見ても新しい発見があり、見る人によって様々な解釈が生まれるのもこの映画の良いところだと思っています。この機会にぜひ、『リズと青い鳥』に触れていただけたら嬉しいです。
また、この映画の主題歌であるHomecomingsの『Songbirds』。エンドクレジットではフルで流れないので、この機会にぜひ聴いていただきたいです。
(他の曲もめちゃめちゃに良いので載せておきます)
それでは。