星の降りゆく先
「一体どこで光ってたんでしょうねえ、あかりちゃんの弟くんか妹ちゃんの星」
「人が死ぬから星になるんじゃないの」
なにげなく口にしてしまった自分の言葉を、直後に強く悔いた。ごめん。言いかけた時、奈美は特に気にかけた様子もなく「うーん……。わたしね、それって逆だと思うんですよね」と、星空を仰いだ。
「空で光ってる星のどれかひとつが、この世界のどこかで結ばれたふたりの間に降りてきて、新しい命になって生まれてくるんじゃないかなあって、そう思うんですよ。涼さんもわたしも、きっとそうやって生まれてきたんです。だから星ってあんなにいっぱいあるんですよ。世界中で出会ったふたりのために、これから出会うふたりのために、ね」
奈美は笑みを浮かべながら、空いている手を夜空に伸ばした。大きく広げた奈美の指の間にも、星がたくさん散らばっていた。
………
以前書いた作品の中の一節である。
今読み返すと、ずいぶん恥ずかしい言葉を言わせてしまった、と恥じ入るばかりだが。
………
パートナーが私のような人間と生きてくれる、と約束してくれた時。私は私のすべてを告げねばならなかった。障がいのことも、病気のことも。もちろん言葉だけで伝わるものではなく、実際に暮らしはじめて、互いに苦しまねばならないことがらも、後々多く出てきたのだが。
夜、閉店後のショッピングモールの駐車場に停めた車の中、私はなるべく淡々と、私のことを話し続けた。鈍い頭痛が途中でしはじめたが、胸中は不思議としん、としていた。フロントガラスの向こう側に見えるマンションの灯りが、奇妙にきれいにみえた。
パートナーは黙って聞き続けてくれた。時々うなずいたり、小さく息をしたりする気配を感じたが、余計な口をはさむことはなかった。ある程度の想像がついていたのか、それともなにを聞いても、と覚悟を決めていたのか。それは今でもわからないし、聞くこともできないままでいる。
ただひとつ、あることを告げた時だけ、パートナーが激しく動揺した。
ずっと前を見ていたが、そのことを告げた時、私の方をはっと振り返った。ぐっと息を飲み込む音も聞こえた。そして「そうなんだ……」と、はじめてのつぶやきをもらした。私は肩をすぼめ、顔を向けることもできず、ただうなだれるしかできなかった。思わず「ごめん」と謝りそうになったが、それは禁忌としか思えなく、唇を噛みしめた。
告げたのは、私に子どもをもうけることはできない、ということだった。
しばらく重苦しい沈黙が続いた。頭痛が鋭くなってきた。動悸がしはじめた。深夜に近い時間になってきていたので、マンションの灯りが、ぽつぽつと消えはじめていた。
どれくらい時間がたっただろうか。パートナーが顔を上げた。おそるおそる私は振り返った。ショッピングモールのロゴマークを照らす証明に鈍く照らされたパートナーを見た。笑ってはいなかった。けど今も変わらないやわらかさが浮かんでいた。そして、私に告げた。
あきらめないから。
………
結論から言うと、私たちに「星」は降りてこなかった。
ふたりでネットや書籍で調べ、実際にそれぞれ診察や検査も受けた。その検査は互いに辛い経験となった。気の弱い臆病者のくせして、身の程知らずにも物を書いている私は、そのことを小説に書いた。書かずにはいられなかった。残酷で、愚かな行為としか言いようがないが、書かずにはいられなかった。そのことが知れたら離婚届を出されるかもしれない。この記事そのものだってそうだ。ちなみにパートナーは毎週日曜の夜、所属している社会人の吹奏楽団の練習に出かけるので、この時間はいつも不在だ。
まだ時間は残されているかもしれない。しかしその後、私は腎臓を壊し、慢性的な体調不良を抱えている身になってしまった。いつしかこのことは、日々のあわただしさにまぎれ、私たちの中から薄らいできてしまっている。
だが、そう思っているのは、私だけかもしれない。
「不妊治療」「体外受精」「高齢出産」……。そんなキーワードがテレビから不意に流れると、パートナーは身を固まらせ、見入っている。先日大きな問題になった「優生保護法」のニュースには、ひどい、とひと言だけ発するのがやっとだった。ある日、探し物があって押し入れを開けたら、奥にかつて買い込んだ書籍やネットのプリントアウトが紐でしばってしまわれてあった。
……いや、違う。
ここまで書いてなんだが、訂正する。
私だって「星」のことは、胸の中から離れてなんかいないのだ。
通勤の車中、小学生が班をつくって通学するのを、赤信号の間ずっと見つめているのは誰だ。
ランドセルやバッグを小さな身に抱えて、上級生の後をついてちょこちょこ歩いていた小さな女の子が、見る間に大きくなって、やがてたくましく下級生をサポートしながら登校するようになっていくさまを、日々この瞳に焼きつけていたのは誰なんだ。
……なぜこの記事を、今夜私は書いてしまったのだろう。ひどく疲れた。明日から大きな仕事が待っているのに。明日に備えてからだを休めなければならなかったのに。今までのように体調不良で休むわけにはいかないというのに。
外の空気を吸いたくて、窓を開けた。気がつくとあの夜、眼前で灯りを放っていたマンションの方向に視線を向けている自分がいた。