女の子といつかの私

 前々回、前回に引き続き、しつこく昔の日記の再録です。
 新しいのも書きたいのですが、今はちょっと余裕がないので、こんなんでご容赦ください。


 先々週から先週にかけて、尿路感染のため一週間ほど入院していた。

 四、五日たって熱と痛みから解消されてようやく病院内を動けるようになってからは、昼食後に必ず売店に行くことにしていた。特に買うものがあるわけではないのだが、気晴らしと身体の運動をかねて出かけ雑誌を立ち読みしたり、隣の休憩室でコーヒーを飲んだりするのを日課にしていた。

 その日も売店でお茶を買った後、エレベーターを待っていると、後ろから車いすに乗った女の子が姿を現した。

 年齢は七、八歳だろうか。パーカーに身を包み、頬を真っ赤にそめていた。女の子には父親らしい男性と、車いすを押す看護師が付き添っていた。父親の手には荷物のつまった紙袋が下げられ、背中にもリュックを背負っていた。女の子は車いすの上で落ち着きのない様子だった。あたりを見回し、父親と看護師の顔を交互に見上げたりしていた。

 頭の上で、エレベーターが閉まる音が聞こえてきた。もう一、二階分降りればドアが開くだろうと思われたとき、女の子がふと父親を振り返ってつぶやいた。

「ねえ、いつ帰れるの?」

「しばらく、帰れないんだよ」

 少しの間の後、父親は娘に答えた。か細い声だった。

「大丈夫だよ、お友達たくさんいるからね」

 女の子の顔をのぞきこみながら看護師が言った。女の子は何も言わなかった。
 次の瞬間、女の子と私の目が合った。私はあわてて目をそらした。すっと背中に汗がにじんだ。なぜか心臓がどきどきうずいた。乗っていた車いすの肘掛けを、意味もなくぎゅっとつかんだ。

 女の子の姿に、私は昔の自分のことを思い出していた。

 私がはじめて発病したのは、小学校の入る直前のころだった。

 入院前のことは、おぼろげながらも覚えている。
 朝の十時頃、父と母と一緒に家を出た。はじめに向かったのはデパートだった。おもちゃ売り場に連れていかれ、なんでも好きなものを選べと言われた。何を買ったかは覚えていない。そのあと、同じデパート内のレストランに入った。まだ昼食時には早く、店の中は閑散としていた。お子様ランチを頼んだが、特に空腹でもなかったので少ししか食べられなかったが、プリンだけはきれいに食べた。意味もわからない、両親からのもてなしを受けたあと、私は仰々しい建物へと連れていかれた。

 再びそこを出た頃、私は車いすを使う身になっていた。

 エレベーターのドアがひらき、女の子たちは箱に乗り込んだ。私はお先にどうぞ、と女の子たちに順番をゆずった。エレベーターに女の子たちが乗り込み、扉が閉まる瞬間、父親の手をぎゅっとにぎりしめている、女の子の小さな手が見えた。

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篭田 雪江(かごた ゆきえ)
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