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父の秘密の釣り場は崖の下!恐怖と感動の釣り体験【実話】

「こんなとこ、本当に釣れるんか……」

朝4時、僕は釣り道具を担ぎながら父の背中を追っていた。父は昔からカゴ釣りを趣味にしているベテランだ。僕が釣りを始めたのは最近のことで、アジングにハマっている初心者だった。

「今日は秘密のポイントやぞ!」
父が自慢げに言う。期待と不安が入り混じる中、父についていくと、目の前にはなぜか山がそびえていた。

「……海釣りちゃうんかい!」

文句を言いながらも、父の足取りは軽快だ。道なき道を踏み分けながら進む父の背中に、ついていくのが精一杯だった。釣り場にたどり着く前から、すでに体力は限界に近かった。


山道を抜けると、今度は崖が待っていた。

父は何の迷いもなく崖のふちに立つと、そこに垂らされたロープを掴んだ。

「ここ降りるんや。釣れるポイントってのは、こういうとこにあるもんやで。」
「……いや、聞いてないんだけど!」

呆然と立ち尽くす僕をよそに、父はするするとロープを降りていく。

「おい、早よ降りてこんかい!」

下から声が飛んでくるが、こっちは足がすくんで動けない。やるしかないと覚悟を決め、恐る恐るロープを掴む。

一歩ずつ、慎重に足を崖の壁に乗せて降りていく。下を見ればゴツゴツとした岩場と波が見える。ちょっとでも手を滑らせたらどうなるか……考えるだけで体が震えた。

「ワシはもう準備始めとるでー!」
父の声が下から響く。その余裕っぷりにイラつきつつも、なんとか崖を降りきった。足が地面についた瞬間、膝ががくがくして立ち上がれなかった。


ポイントに着いたのは朝5時。父はすでにカゴ釣りの準備を終えている。

「ほら、お前も早よ始めろ。」

カゴ釣りというのは、仕掛けに撒き餌を入れ、魚を寄せて釣る方法だ。僕には地味に見えて、あまり興味がなかった。サビキ釣りくらいは経験があったが、本格的な餌釣りは避けてきた。

「俺はルアーで十分や。」
自信ありげに宣言して準備を始める。キャストしてリールを巻く。ルアー釣りはこの動作が気持ちいい。波間にラインを放り投げて、巻き取る。その繰り返しに自然と心が落ち着く――と思ったのも束の間だった。


「来た!おりゃーっ!」

父の雄叫びが響いた。見ると竿が大きくしなっている。

「えっ、もう釣れたんか?」
驚いて駆け寄ると、そこには35センチほどの立派なアジが跳ねていた。

「これ、尺アジや!こんなん釣れること滅多にないぞ!」
父は目を輝かせながら魚をクーラーボックスに入れ、次のキャストを始める。

僕も焦ってルアーを投げた。だが、何度投げても何の反応もない。10分、20分……。隣では父がまた叫んでいる。

「サバも来たぞ!こりゃええ釣り場や!」
次々と釣果を上げる父に対し、僕はただ海を眺めるばかり。


1時間ほど経った頃、ようやく僕の竿にも反応があった。

「やっと来た!」
勢いよくリールを巻くと、現れたのは25センチほどのサバ。それもスレがかりで、ルアーにかかったのではなく体に引っかかっただけだった。

「なんやそれ!そんなん釣りちゃうで!」
父の笑い声が悔しい。悔しいが、反論する言葉も出てこない。

その後も父は次々と尺アジやサバを釣り上げ、「こんな釣れたの初めてや!」と満足そうにしていた。一方の僕は釣果ゼロに等しい状態だった。


釣りを終え、再びロープを使って崖をよじ登る時、僕は心の中で誓った。

「次は絶対にカゴ釣りをやってみる。」

あの圧倒的な釣果を見せつけられれば、ルアー釣りへのこだわりもどこかへ消えた。

家に帰り、父に教わりながらカゴ釣りの仕掛けを買い揃えた。その日を境に、僕はカゴ釣りの魅力にどっぷりとハマり、今では父に負けない釣果を出せるようになった。


しかし、あの日から7年が経った今、父とあの秘密の釣り場に行くことはなくなった。

「もうロープ降りる体力ないわ。」
そう言って、父は最近では堤防や漁港での太刀魚釣りばかりになった。

今でも釣りの腕は衰えていないが、父の姿がどこか小さく見える時がある。あの頃は父の背中がとても大きく見えたのに……。

釣りは今でも楽しい。だが、あの日、崖を降りたあの秘密の釣り場で父と釣った思い出は、何にも代えがたいものだ。少し寂しい気持ちを抱えながら、今も僕は釣り場に立つ。

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