あのときの席替え。
♀ナルミ(17)(27):
♂イトウ(17)・タカハシ(27):
♀同僚女(27)・先生:
※同僚女と先生役の方は、2人に比べてセリフが少ないです。
また、ナルミは喋りっぱなしです。
ナルミM
「その人とは席替えで知り合った。」
先生
「それじゃあ、くじを引いた人から順に前の表をみにきてくださーい」
ナルミM
「表には教室を模した図にランダムで数字が書かれていた。」
ナルミ
「(えっと….私の番号は21番か…。
21番は……あ、窓側の一番後ろじゃん。ラッキー。
隣誰だろ?)」
イトウ
「……。」
ナルミM
「表にかかれた場所へ向かうと、そこには既に席を移動しおえたであろうイトウくんがいた。」
ナルミ
「(イトウくんか…。ぜんっぜん話したことないや。)」
ナルミM
「私の中のイトウくんは、まさに可もなく不可もなくという存在だった。」
ナルミ
「えっと……よろしく」
イトウ
「うん。よろしく」
ナルミM
「第一印象はよくわからんやつ。
だけど、その印象はすぐに変わった。
イトウくんの印象が変わったのは、その日の休み時間。」
イトウ
「(眼鏡を拭いている)………。」
ナルミ
「(え!?!?!?!?)」
イトウ
「……。(変わらず眼鏡を拭いている)」
ナルミ
「……眼鏡かけてて気づかなかったけどイトウくんめっちゃ顔いいな………」
イトウ
「え?」
ナルミ
「え?」
イトウ
「………(顔を俯かせている)」
ナルミ
「(…ん?)」
イトウ
「……………。(肩を震わせている)」
ナルミ
「(急に拭くのやめちゃったけど、どうしたんだろ?)」
イトウ
「……ぶふっ。んふっ、ふふふっ。
顔いいって…何っ。ふふっ(笑いこらえながら)」
ナルミ
「えぇっ!?あっごめん!今口に出してた!?」
イトウ
「(笑いこらえながら)うんっ…思いっきり、ふふ、くくくっ」
ナルミ
「う、うわー!恥ずかしっ。めちゃくちゃ恥ずかしいやつだな私……」
イトウ
「くくくっ、はー。そんなこと初めていわれた。」
ナルミ
「えっそうなの?言われ慣れてるかと思ってた……」
イトウ
「本当に初めて」
ナルミ
「すごい意外……。コンタクトにすればいいのに」
イトウ
「そんなにいいんだ?」
ナルミ
「う、うん。本当に顔がいい」
イトウ「(笑いながら)ははっ、なんだよそれ」
ナルミM
「私の中のイトウくんの印象は『よくわからんやつ』から『顔がいいやつ』となったのだった。
この出来事がきっかけとなったのか、イトウくんとはちょくちょく話すようになった。」
ナルミ
「そういえばイトウくんって休みの日とかなにしてるの?」
イトウ
「休みの日……うーん。………あ、10km走ってる」
ナルミ
「10km…………?え、10km!?すごいね!」
イトウ
「すごいの?」
ナルミ
「いや普通にすごいでしょ。あ、そっか。イトウくんて陸上部だったよね」
イトウ
「うん」
ナルミM
「私は、彼が放課後に校庭のグラウンドで走っているのを何度か見かけたことがあった。」
ナルミ
「やっぱり陸上部に入ったから?」
イトウ
「いや?小学生の頃からやってたよ」
ナルミ
「ショウガクセイノコロカラ…」
イトウ
「あとは、普通にゲームしたりかな」
ナルミ
「あ、よかった。そこは普通なんだ。なんのゲームやってるの?」
イトウ
「最近は、〇TAやったり〇ケモンやったりしたかな」
ナルミ
「すごいふり幅だね。〇TA面白いよね。そういうゲームもやったりするんだ?」
イトウ
「うん。なんかぼーっとできて面白い」
ナルミ
「ぼーっと……?」
イトウ
「ぼーっと。」
ナルミ
「(あのゲームって人殺したりするよね…………?)
ま、まぁ。遊び方とか価値観は人それぞれだよね」
イトウ
「?うん。急にどうしたの?」
ナルミ
「私はイトウくんを尊重します」
イトウ
「あ、そう。」
ナルミM
「今度はある日の授業で、私の中の彼の印象がまたもや変わった。」
先生
「はーい、この間のテスト返却しまーす。
はい、イトウー!」
イトウ
「…。」
先生
「はい(テストの紙をわたす)」
イトウ
「…。」
ナルミM
「イトウくんは特になんのリアクションもせずに席に戻ってきた。
欲望に耐え切れず、ちらとイトウくんのテストをみると……。」
ナルミ
「96点!?!?!?イトウくん頭もいいんだ!すごい!」
イトウ
「そう?」
ナルミ
「イトウくんって頭もいいんだね…………」
イトウ
「なんで二回?……そんなことないよ」
ナルミ
「いや、あるよね?」
イトウ
「そうなんだ」
ナルミ
「(イトウくんって理想高いのかな?)」
先生
「ナルミ!」
ナルミ
「え?あ、はっはい!」
先生
「はい、次はもっと頑張りましょうね?」
ナルミ
「(げぇーっ!……やっぱり運任せじゃだめか…)」
イトウ
「そっちは何点だった?」
ナルミ
「え?あ、あー。み、みせるほどのものじゃないかな!あは、あははははは!」
イトウ
「27点………」
ナルミ
「はっ!?」
イトウ
「……裏から見えてる」
ナルミ
「なにー!?ば、ばれてしまったか…。ま、まぁ今回は運が悪かったんだよ!」
イトウ
「運なんだ?」
ナルミ
「うん」
イトウ
「なら仕方ないね?」
ナルミ
「そういうことよ」
ナルミM
「私の頭があまりよくないことがイトウくんにばれてしまった。」
ナルミ
「(次はちゃんと勉強しよう)」
ナルミM
「私の中でイトウくんの印象が「顔がいいやつ」から
「顔がよくて運動もできて頭もいいやつ」となった。」
⬛︎⬛︎⬛︎
タカハシ
「ナルミさん」
ナルミ
「あー……。」
タカハシ
「ナルミさん?」
ナルミ
「んー……。」
タカハシ
「…………。」
ナルミ
「うーん……………。」
タカハシ
「ナルミさん!」
ナルミ
「んえ!?!?」
タカハシ
「これ、あとでお願いしますよ」
ナルミ
「え?あ。あー…はい。わかり、ました」
ナルミM
「なんだかまるで白昼夢でもみていたような気分だった。
今日のような穏やかな天気の日は、あの日のことを思い出してしまう。
彼は……。イトウくんは、今どんな人になっているだろうか。」
ナルミ
「(ていうかタカハシのやつ昼休みにまで仕事の話しやがって……。
いやまぁ、仕事場だから仕方ないけども.....。)」
ナルミM
「…私は、これまでの人生でなんだかんだイトウくんのことが忘れられなかった。
いつ思い出してもあの日々は心地よかったと思いをはせる。
大学生のときに一度だけ彼氏ができたがなんやかんやで自然消滅してしまった。
私は元カレのことを好いていた、と思うのだが正直自身がない。
いつも心の隅には彼がいたようなきがする。
…あのとき私は、イトウくんにうっかり恋でもしていたのだろうか。
それとも、あの日々が心地よすぎて無駄に思い出を美化してしまっているのだろうか。
過去に戻れない今となってはよくわからない。」
ナルミ
「…恋、してたのかなー…」
同僚女
「なに?恋バナ?」
ナルミ
「え?あーいや、恋バナじゃない」
同僚女
「え~!なになに?気になるじゃーん!」
ナルミ
「えーっと、あー………うん。内緒!」
同僚女
「えー?内緒なのー?なんでなんで?」
ナルミ
「とにかく内緒は内緒!」
同僚女
「え~。つまんないの~」
ナルミ
「(あぶなー…。こいつにこのての話を一度でもしたら根掘り葉掘りきかれるとこだった…。おとなしく仕事しよ)」
ナルミM
「就職してからはめっきりそういう気持ちも薄れてしまった。
大学生のころはいずれ自分も結婚するのかなくらいに考えていたが、気づけば自分だけが結婚していなかった。
もはや結婚のことすらどうでもよくなってしまった。」
タカハシ
「(ナルミをみつめる)……。」
ナルミ
「(ん?なんかタカハシさんにみられてる…?)」
ナルミ
「……どう、しました?」
タカハシ
「いえ、別に」
ナルミ
「あー…ソウデスカ。」
ナルミ
「(なんだよじゃあ見るなよ!
あ……そういえば、タカハシさんも結婚してないみたいだよなぁ。
イケメンなのに。
まぁ、タカハシさんは仕事が恋人か。
あれ、これ私も人のこと言えないのでは?)」
ナルミ
「はぁ、そう考えると急に切ないな〜。」
ナルミM
「なぜ、あの日々のことをぐるぐると考えてしまうのだろう。」
⬛︎⬛︎⬛︎
イトウ
「ナルミさん、何してるの?」
ナルミ
「え?あ…これはみんなでなぞなぞしてたんだ」
イトウ
「ふーん」
ナルミ
「イトウくんもやる?」
イトウ
「じゃあやろうかな」
ナルミ
「イトウくんもなぞなぞ好きなの?」
イトウ
「いや別に?」
ナルミ
「え、そうなの?てっきりなぞなぞが好きだから思わず声をかけたのかと……」
イトウ
「んー…。まぁ、なんとなく楽しそうだったから」
ナルミ
「そ、っか」
ナルミM
「イトウくんから話しかけて来たのはこれが初めてだった。
だからすごく驚いた。
そしてまたもやある日の授業。
私は、とうとうイトウくんの癖までも発見した。」
ナルミ
「じー……」
イトウ
「ん?なに?」
ナルミ
「いや、顔がいいなと…」
イトウ
「ははっ、またそれか」
ナルミ
「ご、ごめん」
イトウ
「いや、そんなにいいんだと思って」
ナルミ
「うん」
イトウ
「即答か」
ナルミ
「イトウくんってさ、退屈そうにしてるとき大体眼鏡拭いてるよね」
イトウ
「え?そう?」
ナルミ
「そうだよ!だって今の授業楽しい?」
イトウ
「んー別に?」
ナルミ
「ほら!」
イトウ
「かといっていつも楽しいわけじゃないんだけどね」
ナルミ
「わかった!特別つまんないときに眼鏡を拭くんだ!」
イトウ
「んー…。まぁ、言われてみたらそうなのかな?」
ナルミ
「絶対そうだよ!」
イトウ
「(笑いながら)……そっか」
ナルミ
「っ……………きれい」
イトウ
「え?」
ナルミ
「あっ、ごめん!なんでもない!」
先生
「そこ!静かにしなさい」
ナルミ
「はっはーい!すみません!」
イトウ
「怒られちゃったね」
ナルミ
「ごめん…」
イトウ
「別に」
ナルミ
「そっか、ならいっか!」
イトウ
「(いいんだ…)」
ナルミ
「あ、そういえばイトウくんって校庭もよく見てるよね」
イトウ
「あー。言われてみれば」
ナルミ
「あれ、無意識だったんだ」
イトウ
「気づけばよくみてたかも」
ナルミ
「面白いの?」
イトウ
「別に?」
ナルミ
「え、じゃあなんでみてるの?」
イトウ
「暇つぶし……?」
ナルミ
「なぜ疑問形?」
イトウ
「自分が校庭みてるなんて初めて知ったから」
ナルミ
「そっか。
最初は他のクラスとかが体育してるから見てるのかと思ったら、別に誰も校庭を使ってなくても見てたから気になっちゃって…」
イトウ
「外を見るの、気分転換にはなるかも」
ナルミ
「なるほど…。また新たなイトウくんを知れた気がする」
イトウ
「ならよかった?」
ナルミ
「うん!よかった!」
イトウ
「そっか」
ナルミM
「……このときの窓から入る光に照らされるイトウくんの瞳がとてもきれいだったことを今でも覚えている。」
⬛︎⬛︎⬛︎
ナルミ
「(急に開いたドアにぶつかる)ぶへっ!?」
同僚女
「うわ!ごめん!全然気づかないでドア開けちゃった!すごい音したけど大丈夫!?」
ナルミ
「い、いや、こっちこそごめん。ちょっとぼーっとしちゃって……」
同僚女
「そんなの別にいいんだけど……たんこぶとかできてない?大丈夫?」
ナルミ
「うん、そんなに思ってるほど痛くないよ」
同僚女
「そ、そう?ならいいんだけど………」
ナルミ
「(うーん。なんで今日こんなにもあの日のこと思い出すんだろ。
もはやこれは未練か?未練なのか?)」
同僚女
「ちょっと、本当に大丈夫?」
ナルミ
「あ、うん。ごめん」
同僚女
「いや全然大丈夫だけど……。
まって、なんかあんたの顔赤くない?」
ナルミ
「え?」
同僚女
「(ナルミのおでこをさわる)
ちょっとごめん。うわっ!あんたのおでこすごい熱いよ!?」
ナルミ
「それは今ぶつけたからでは…」
同僚女
「それにしては顔全体赤すぎでしょ!あんた熱あるんじゃない?」
ナルミ
「えぇ?いや、そんなことは…。
あ、でも確かに今日ずっとぼーっとするな」
同僚女
「酷くなる前に帰ったほうがいいんじゃない?」
ナルミ
「うーん。でもまだ仕事あるし…」
同僚女
「そんなのかわってあげるから!」
ナルミ
「え~悪いよ」
同僚女
「いいの!困った時はお互い様!」
ナルミ
「う、うーん。」
同僚女
「…………。あと、うつされても困る」
ナルミ
「確かに!」
同僚女
「それじゃ、あんたは大人しく帰った帰った」
ナルミ
「うーん…ごめんよ。この埋め合わせは絶対にする」
同僚女
「わかったわかった。早く帰んなさい。タカハシさんには私から言っとくから」
ナルミ
「マジで!もう本当にありがとう!じゃあお言葉に甘えて帰るであります!」
同僚女
「あんたちょっとテンションおかしくない?」
ナルミM
「その後、私は家へとんで帰った。
ナルミ
「はー…。あーなんか急にダルい。会社にいるときは大したことないと思ってたのに家に着いた途端すんごい熱酷くなるのなんなんだ…。
あぁ辛い。だるい。
一応薬買ってきたけど、飲むのダル…」
ナルミM
「…机に適当に置いたレジ袋と共に横たわっていく薬を最後に私の意識は深く沈んでいった。」
⬛︎⬛︎⬛︎
イトウ
「夏休みの宿題終わった?」
ナルミ
「え?あ、あーあれ?そんなのあったっけ?」
イトウ
「いやあったでしょ」
ナルミ
「ソウデシタッケ」
イトウ
「終わってないの?」
ナルミ
「も、持ってくるの忘れただけだよやだな〜!」
イトウ
「全部の教科持ってくるの忘れたの?」
ナルミ
「ウっ」
ナルミM
「私は生まれてこの方夏休みの宿題というものをこなせたことがなかった。
やらなきゃと思いつつあとでやればいいかの精神で過ごしていたらあっという間に夏休みは終わっていた。」
イトウ
「まあいいんじゃない?」
ナルミ
「そ、そうだよね!宿題やらないからって死ぬわけじゃないしね!」
イトウ
「…………うん。まあ頑張って」
ナルミ
「アリガトゴザイマス」
ナルミM
「…だけど、私がイトウくんに夏休みの宿題を10月頃にやっと全部出し終えたと報告することは無かった。」
先生
「はーい、それじゃ2学期最初の席替えしまーす!」
ナルミ
「え」
先生
「じゃあまた端っこの列の前の人からくじ引いていってね〜」
ナルミ
「(そっか…。そういえば学期変わったらいつも席替えしてたっけ…。)」
ナルミ
「席替え、忘れてた」
イトウ
「……そういえば、そうだったね」
ナルミ
「はぁ…。」
ナルミ
「(……せっかく仲良くなれたのになぁ)」
ナルミM
「元々関わりのなかった人だと…自分に言い聞かせた。
そうしないと、なぜかとても寂しかった」
イトウ
「…あの」
ナルミ
「…ん?」
イトウ
「…やっぱりなんでもない」
ナルミ
「そ、そう?」
ナルミM
「今思えば彼も同じことを思ってたのだろうかなんて都合のいいことを考えてみる。」
ナルミ
「……イトウくんは何番だった?」
イトウ
「12番だった」
ナルミ
「あーじゃあ、結構離れちゃうね」
イトウ
「…そうなんだ」
ナルミ
「私、24番だったや〜」
イトウ
「ほんとだ。遠いね」
ナルミ
「まあ、私の隣はまだ慣れてるやつだからいい方かぁ…」
イトウ
「そうなんだ?」
ナルミ
「うん。ほらあそこの」
イトウ
「……へー意外と仲良いんだ」
ナルミ
「同じ中学出身だしね」
イトウ
「ふーん…」
ナルミ
「あ…。イトウくんは?隣誰だった?」
イトウ
「あそこの人らしい(席を指さす)」
ナルミ
「おー…しゃべったことあるの?」
イトウ
「いや、ない。…てか、普段あんまり女子と話さない」
ナルミ
「確かにあんまりみたことないもんね!
と、とりあえず席動かしちゃうか」
イトウ
「うん」
ナルミ
「それじゃイトウくん。お世話になりました!
といっても同じ教室にはいるんだけど」
イトウ
「…うん(苦笑しながら)」
ナルミM
「その後…イトウくんとはやっぱり全然話さなくなった。
だけどことあるごとに目が合った。」
ナルミ
「(元々関わりない人だったし、全然話せなくなるなぁ………。
あれ?イトウくんこっちみてる…?
せっかくだし話しかけようかな!)」
ナルミ
「あの……」
イトウ
「(同級生に呼ばれるイトウ)…あ、今行く」
ナルミ
「……行っちゃった。」
ナルミM
「目は合うが話すまでには至らなかった。
やはり所詮は隣同士なだけだったということだろうか。
そうだとしたらなんだかすごく悲しいことのように思えた。」
⬛︎⬛︎⬛︎
ナルミ
「………ぁ?」
ナルミM
「私はスマホの無機質な通知音で起こされた。」
ナルミ
「…んん?だれ…?」
タカハシ
『お疲れ様です。タカハシです。お話聞きました。
その後体調の方はいかがでしょうか?』
ナルミ
「ええっ!?!?」
ナルミM
「明日は槍でも降るのだろうか。それとも私の熱が死ぬ寸前のレベルなのかと怖くなった。
ナルミ
「なぜ、あのタカハシさんからLINEが…?
てか何時だ…え!もう23時!?
えっと体温計体温計!…」
ナルミM
「体のだるさはまだ少し残っていたが熱はすっかり下がっていた。」
ナルミ
「じゃあこれ現実?熱ありすぎてみてる幻覚とかではないのか…」
ナルミM
「私がなぜタカハシさんとなぜLINEを交換しているのか。それは私も不思議である。」
◆◆◆(回想)
タカハシ
「ナルミさん、LINE交換してくれませんか」
ナルミ
「………え?」
ナルミM
「あれは去年の新入社員歓迎会のときだった。」
タカハシ
「嫌ならいいのですが…」
ナルミ
「え、あ、いや。嫌ではないですけど…」
タカハシ
「なら、交換してくださいますか?」
ナルミ
「え、あ、はい…」
ナルミM
「タカハシさんとは同い年ではあったが、彼はとてつもなく優秀ですぐにキャリアを積んでいった。
今では私の上司だ。
断ってもとくになにも言われなかったとは思うが、交換しない理由も特にないので交換した。」
タカハシ
「ありがとうございます」
ナルミ
「あ、イエイエ…」
ナルミ
「これが、私とタカハシさんのLINE交換の経緯である。」
◆◆◆
ナルミ
「(今考えても謎だよなぁ…)」
ナルミM
「まあ正直に言ってしまえば、イケメンから連絡先を交換しようと言われて嬉しくない私などいなかったのだ。」
ナルミ
「(タカハシさん顔だけはいいしな…。
ほんっとに綺麗な顔してるよなぁ…。
でもなんで私となんかとLINE交換なんてしたかったんだろう。
ただの業務連絡?それならメールでよくない?
………はっ!すぐに呼び出せるから…?
パシリ?パシリなのか!?
落ち着け落ち着け。そんなことされたことないわ。)
ナルミ
「うーん………。考えれば考えるほど不思議…」
ナルミM
「私の熱はあれから特に変化もなく、寝てしまえばすっかり体調は回復していた。
タカハシ
「昨日は大丈夫でしたか?」
ナルミ
「えっと…まぁおかげさまで」
タカハシ
「それならよかったです」
ナルミ
「(なんか、昨日から珍しいことが続いてるような…。
タカハシさんからこんな言葉をもらうなんて…)」
タカハシ
「あの、急かもしれませんが…今夜って空いてますか?」
ナルミ
「…………………え?」
ナルミ
「(コンヤッテアイテマスカ?)」
タカハシ
「ナルミさん?」
ナルミ
「……………。」
タカハシ
「ナルミさん………?」
ナルミ
「………はっ!あ、あぁ!はい!コンヤ…今夜?今夜は空いて、ます、です。はい…」
タカハシ
「…?そうですか。それはよかったです。
よかったら一緒にご飯に行きませんか?」
ナルミ
「(………ドウイウコトデスカ?…どういうこと?なんであのタカハシさんからご飯のお誘いが?え?殺される?風邪ごときで休むんじゃないよって…。
いや、落ち着こう。
さすがにタカハシさんはそんな事言わない。一応常識のある大人だ。)」
タカハシ
「あの、ナルミさん?」
ナルミ
「ア!ハイ!ぜひ行きましょう」
ナルミ
「(うわー!テンパリすぎて思わず了承してしまった!いや、いいのか?ていうかタカハシさんとなんて何を話せばいいの?もう分からない!急展開すぎない!?)」
タカハシ
「それじゃ、上がるとき言ってください」
ナルミ
「ハ、ハイ。わかり、ました。」
ナルミ
「(タカハシさんと…ご飯…。わ、わけが分からないよ…)」
ナルミM
「友達じゃない異性とご飯に行くなんて何年ぶりだろうか。
私はここ近年まさに仕事一筋だった。
仕事をするのがすごく気楽だった。
そんな私になぜか今日は異性からのご飯のお誘い。」
ナルミ
「(もしかしたらタカハシさんには友達がいないのかもしれない。
部下なら断れないだろうと思ってきっと……。うーん。)」
ナルミM
「そうだとしても本当にわからない。もはや考えても無駄だと思いその日は定時までに仕事を終わらせることだけを考えて過ごした。」
タカハシ
「ここで大丈夫ですか?」
ナルミM
「タカハシさんに連れてこられたのは、会社の近くにある平々凡々な居酒屋だった。」
ナルミ
「(…なんだ案外普通じゃん。
気軽に飲めていいや)
ナルミ
「はい。大丈夫です。」
タカハシ
「……。」
ナルミ
「………。」
タカハシ
「……………。」
ナルミ「…………………………。」
ナルミ
「(なにこの沈黙。耐え難い。耐えがたすぎるよ!なんでこの人ずっと黙ってんの?え?こういうのってもしかして私から話振るの?この人から誘ってきたのに?)」
ナルミ
「(息を深く吐きながら)スーーーっ…えっと、あの、今日はなんで誘ってくれたんでしょうか?」
タカハシ
「………。」
ナルミ
「(重い〜!この沈黙何〜!怖いんですけど!)」
ナルミ
「えっと…」
タカハシ
「その…」
ナルミ
「はい!」
タカハシ
「…ナルミさんが寝込んでしまったのは、自分がナルミさんに仕事を回しすぎてしまったからではと思ったんです。
……だから、その…。少しでもなにかいい思いをしてくれればと思い…」
ナルミ
「え…。あ…。そ、そうだったんですか!?」
タカハシ
「はい」
ナルミM
「ものすごく失礼なことを思ってしまいとてつもない罪悪感にさいなまれた。」
ナルミ
「す、すみません。私てっきりタカハシさんに呼び出されるくらいのなにかをしてしまったのではとばかり…」
タカハシ
「え?」
ナルミ
「アっ、いやーその…………。」
タカハシ
「………ぶふっ。」
ナルミ
「え」
タカハシ
「いえっ、すみません。なるほど、だからあんなに困惑してたんですね…ふふ…すみません」
ナルミ
「あ、いえ…」
ナルミ
「(………タカハシさんの笑った顔初めて見た。この人でも笑うんだ…。そりゃそうか。)」
ナルミ
「………それにしたって顔がいい」
タカハシ
「え?」
ナルミ
「え?」
タカハシ
「………。」
ナルミ
「………?」
タカハシ
「っぶ」
ナルミ
「へ?」
タカハシ
「…んふっ…ふふ。あは、あはははっ!」
ナルミ
「(え、えぇ〜!?な、なに〜!?)」
ナルミ
「ど、どうされたんですか!?」
タカハシ
「い、いえっ。その、本当に…。
ふふ、ふふふふっ、ははっ、あっははは!」
ナルミ
「ん、んん???」
ナルミ
「(この人のツボわかんね〜!!)」
タカハシ
「変わってないですねなんにも」
ナルミ
「か、変わってない?」
タカハシ
「ナルミさん、本当に覚えてないんですかね。
あんなに顔がいいって言ってくれてたのに」
ナルミ
「(え…え?)」
タカハシ
「はは…わかりやすい顔。これかけたらわかるかな…」
ナルミM
「タカハシさんがそう言ってカバンから取り出したのは、黒縁の眼鏡だった。」
ナルミ
「メガネ…?」
タカハシ
「どう?」
ナルミ
「どう?と言われましても………ん?」
タカハシ
「分からない?」
ナルミ
「ん?んんん〜????」
ナルミM
「そこには私の思い出のあの日の彼。イトウくんが幾分か成長したかのような顔をしたタカハシさんがいるではないか。」
ナルミ
「え…。」
ナルミ
「…………………ええっ!?」
ナルミ
「(どういうことー!?マジで説明キボンヌ!!ギブミー説明!!)」
ナルミ
「タ、タカハシさんが、イ、イトウくんみたいな、顔…」
タカハシ
「なんだ覚えてるじゃん」
ナルミ
「こ、これはどういう…」
タカハシ
「…高校卒業したあとにうちの親が離婚したんだ。
それでイトウからタカハシになった」
ナルミM
「瞬きが止まらなかった。今なら高速瞬きでギネス世界記録が持てるんじゃないかと思うほどだった。」
ナルミ
「えーーーっと。つまり、タカハシさんはイトウくんだった、てこと?」
タカハシ
「うん」
ナルミM
「口があんぐりしてそのまま顎がとれそうである。」
ナルミ
「えっ、タカハシさんは気づいてたんですか!?私があのときの変なやつだって」
タカハシ
「変なやつって…自覚あったんだ」
ナルミ
「いやだって…。そもそも、あのときたまたま席が隣になったってだけですよ!?」
タカハシ
「それを言ったらそっちも同じことじゃない?」
ナルミ
「確かに、いやでもそれはイトウくんの顔が良かったから…」
タカハシ
「…ナルミさんに言われた通り大学からコンタクトにしてみたらおかげさまで色んな人に声かけられた」
ナルミ
「よ、よかったですね…?」
タカハシ
「…話したのは本当に隣の席になったあのときだけだったね」
ナルミM
「まさしくその通りだった。
2年生の二学期はじめに席替えをしたときも
3年生に上がってからクラスが離れたときも
廊下ですれ違ったときも全く話さなかった。
私たちが話したのは本当に席が隣になったあの時だけだった。」
タカハシ
「あの時は、なにかしら話してみたかったんだけど、もう席が隣じゃない自分はどう話しかけたらいいか分からなかったんだ。」
ナルミM
「これは私にも言えたことだった。
あのとき、自分と彼は違うグループの人だから。ただ、席が隣だから話していただけだったんだと。
そう思うとうまく話しかける理由をみつけられなかった。
ただ教室の遠くにいる彼を見ていただけだった。」
ナルミ
「(うわ…なんかそう思った途端、なんか顔、熱…いや思い返してみるとめちゃくちゃイトウくん好きじゃん私。
逆になんで今まで気づかなかったんだよ
鈍すぎるでしょ私!)」
タカハシ
「だから、気づいたときはすごく驚いた。」
ナルミ
「あ、そ、そりゃそうですよね!」
タカハシ
「そしてまたどう声をかけたらいいか分からなくなった。
だから、さっき言ったのはただの口実でしかなかったんだ。ごめん」
ナルミ
「い、いやいや全然!大丈夫ですよ!」
タカハシ
「ずっと思ってたけどなんで敬語?」
ナルミ
「えっと、すんごい困惑と一応上司だからというので…なかなか敬語が崩せません」
タカハシ
「そっか」
ナルミ
「………。」
タカハシ
「…………。」
ナルミ
「…………………(き、気まずい…)」
タカハシ
「…あのさ」
ナルミ
「は、はい」
タカハシ
「…もし、よかったらでいいんだけど、またこうやって一緒にご飯行ってくれない、かな」
ナルミ
「あ…えっと…」
ナルミ
「(いいのだろうか。こんな気持ちで彼とご飯なんかして…迷惑、ではないだろうか…。というか、私の意思がはっきりしなさすぎて…)」
タカハシ
「ごめん、駄目ならいいんだ」
ナルミ
「いやいやいやそうじゃないんです!」
タカハシ
「…え?」
ナルミ
「その、タカハシ、さんこそ。私なんかでよいのかと…」
タカハシ
「うん。…また仲良くなりたい」
ナルミ
「!………そ、そっか…。そっか!もうそれなら私でよければ全然!」
タカハシ
「(微笑みながら)ありがとう」
ナルミ
「……っ!」
タカハシ
「ん?どうした?」
ナルミ
「顔が良すぎる」
タカハシ
「あははっ!またそれか!」
ナルミM
「なんだか前よりも顔が良くなっている気がするのは気のせいだろうか。
こんな気持ちで私はタカハシさん、くん?と仲良くなれるのだろうか。
彼が望む関係に私はなれるのだろうか。
すごく不安である。
だけど、ゆっくりでいいから彼とまたあの日のように。
いやあの日以上に心地の良い日々を送れたらと、心の底から思う。」