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高来神社

神奈川県大磯町高麗山の麓にある高来たかく神社(高麗こうらい神社)に行ってきました。

境内の略縁起には、創始として神功皇后が三韓を討った後、高麗山上に神皇産霊神かみむすひのかみと高麗大神和光(高麗権現)を祀り、後に瓊瓊杵尊ににぎのみこと、応神天皇、神功皇后を合わせ祀ったとあります。

地名由来は、若光という高句麗王族が高句麗滅亡(668年)と共に人々を率いて大磯に上陸、この地を開拓して高麗としたようです。その後、717年に駿河(静岡)、甲斐(山梨)、相模(神奈川)、上総・下総(千葉)、常陸(茨城)、下野(栃木)に住んでいた高句麗移民1799名と武蔵国高麗郡に移住させられたとか。(武蔵国高麗郡は、現在の埼玉県日高市辺り)

また、717年に行基というお坊さんがこの地を訪れ高麗寺を開いたともあります。この地と箱根権現、伊豆権現との関連を指摘する説話もありました。

余談ですが、ご祭神の神皇産霊神かみむすひのかみは、高皇産霊尊たかみむすひのみこと、高木大神とも言われ、アマテラスとともに高天原の中心的な役割を果たしたそうです。皇祖神とも言われ、その娘は皇孫瓊瓊杵尊ににぎのみことを産んだ栲幡千千姫命たくはたちぢひめのみことで、息子の思兼神おもいかねのかみは天の岩戸伝説で活躍します。

さて、前置きが長くなりましたが境内へ。

神社参道入り口


高来神社

昔は、神社裏の高麗山に高麗権現が祀られていたというので登ってみます。現在、通常ルートの男坂・女坂は通行止めなので、迂回して八俵山経由で。

案内図
通行止め(男坂入り口)

山道は、整備されてる場所とそうでない場所があります。

この道を暫く進むと、細く急な登り道があります

20分ほど登ったでしょうか? もう少しです。

道標

この奥が頂上?  崖沿いの道は狭く、ヒヤッとした瞬間も。

最後の難所

到着です。でも、こんな感じで何もありません。

大堂跡?
木の隙間から僅かに相模湾が見えます

高麗山は標高167m。急ぎ足で登ったので、お参り含め1時間かからない滞在時間でした。ただ、木の根に足を取られそうになったり、雨上がりは山道が滑りやすそうで、スニーカーだと少し厳しいかもしれません。

この辺りは関東ふれあいの道で、お年を召したグループやご夫婦をお見掛けしました。軽めのトレッキングシューズやスティックを使ってました。

この後、横穴墓群と湘南平へ足を伸ばしますが別記事にします。
最後までお読みいただきありがとうございました💖

参照:wiki「高来神社」「高麗山」「神皇産霊神」
『箱根権現縁起絵巻』『神道辞典』

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