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私たちは、生きるように働く。人生に寄り添うオフィスチェア「vertebra03」開発秘話
コロナの影響で在宅勤務が増えつつあるなか、SNSでじわじわと人気を集めるオフィスチェアがありました。
老舗オフィス家具メーカーのイトーキが手がける、「vertebra03(バーテブラゼロサン)」という商品です。
“「働く」と「暮らす」を越境するワークチェア”の『vertebra』が届いた!
— 長田 涼@コミュニティフリーランス (@SsfRn) August 31, 2020
いわゆる『ワークチェア』ってゴツゴツし過ぎて嫌だったので、スタリッシュで部屋に馴染む上に座りやすいこのチェアは買って正解。ワークチェアを探している方はぜひ見てほしい!https://t.co/gj4IhUqewb pic.twitter.com/xGTZsptBTw
自宅に最近わたし界隈で話題の柴田氏 @Fnote がデザインしたイトーキ vertebra03を迎え入れたんですが、控えめにいって作業効率が2億80000000万倍上がりました。座り心地抜群なので、ゴツいワークチェア自宅に置きたくないけど普通の椅子だと腰やられる人におすすめ。 pic.twitter.com/q9oxnH0A0n
— Naoki Harima / YOI LABO (@HarryNaoki) June 28, 2020
コロンとした可愛らしいデザインに、背の低いコンパクトな背もたれ。生地やフレームのカラーバリエーションは驚くほど豊富で、脚の形状まで選べるようになっています。
見てください。この豊富なカスタマイズ。
1脚と言わず、色違いでたくさん欲しくなってしまいそう…
実はこのチェア、イトーキ社No.1のロングセラー商品である初代「vertebra」をリデザインしたもの。そのプロジェクトの裏側には、「これからの時代に合ったデザインを追求したい」「心の底から欲しいと思えるチェアをつくりたい」という、開発チームの並々ならぬ想いがあったそうです。
今回は、イトーキの商品企画担当である田中啓介さんと、外部パートナーとしてタッグを組んだプロダクトデザイナー・柴田文江さんにお話をうかがいました。
プロダクトデザイナー・柴田文江さん(左)
イトーキ 商品企画担当・田中啓介さん(右)
名品「vertebra」を、新しい時代に合ったデザインへ
── そもそも、「vertebra03」を開発するに至ったのは、どういう経緯なのですか?
田中 もともと当社イトーキの代表は、「海外の老舗メーカーのように、質の高い定番商品を長く大切にしていきたい」という想いを抱いていました。新商品を生み出すのもいいけれど、自社の財産である定番商品に手を加えながら、長く愛されるものに育てよう、と。
そこで目をつけたのが、当社が1981年にリリースした「vertebra」というチェアでした。廃番になった2019年まで、非常に多くのお客様に愛用いただいたロングセラーで、まさにイトーキの看板商品。これをどうにか生かせないかと考え、リデザインプロジェクトがスタートしたんです。
初代「vertebra」
── 初代「vertebra」は、いわゆる一般的なオフィスチェアという印象ですよね。「vertebra03」で大胆にデザインを変えたのは、なぜでしょうか?
柴田 初代「vertebra」が発売されたのは、ちょうどオフィスでパソコンが使われるようになったばかりの頃。女性社員がみんな制服を着ていた時代なんです。昔は、オフィスのデザインといえばシックで無個性。高い均一性が求められていました。
しかし現在は、働きながら自己表現をするような時代。オフィスの内装も、昔に比べてどんどんカジュアルになってきています。どう考えても、初代「vertebra」のデザインでは合いません。
田中 1981年の発売当初から今日まで、ワークプレイスのあり方はどんどん進化し、多様化しています。だから、ちょっとチェアの色を変えるくらいでは、時代の変化に追いつけない。そう考えて、この際だから思い切りリデザインすることにしたんです。
── そこで、外部のデザイナーである柴田さんにお声がかかった、と。
柴田:はい、そうです。
── とはいえ、リデザインですから、ゼロからつくるよりは制約がありますよね。イトーキさんからの依頼があったとき、柴田さんはどう思われましたか?
柴田 率直に、とても楽しそうだなと思いました。あと、私としてはリデザインする方がよかったですよ。イトーキさんの「長く愛されるものに育てたい」という想いにも共感もしましたし、何よりせっかくある財産を生かさなきゃ、もったいないですからね。
たどり着いた答えは、ボーダレス。心の底から「欲しい」と思えるチェアを
── 「vertebra03」のリデザインプロジェクトは、どのように進んでいったのでしょうか?
柴田 まずは、私からラフのスケッチを提出しました。田中さんはそれを見て、「もっと大胆に変えてくれていい」っておっしゃって。その一言で解き放たれたというか、自由に考えられるようになりましたね。
正直なところ、イトーキさんは保守的な会社だろう、という先入観があったんです(笑)。特に「vertebra」には長い歴史があるし、社員のみなさんの思い入れが強い“本丸”のような存在。だから、あんまりデザインを変えちゃうとまずいだろうな、と控えめにしていたところがあって。
田中 当初は私たちも、どの程度変えるのがいいか決めかねていたんですが、柴田さんから提出いただいたスケッチを見て、「いや、もっと新しいものにしよう」と決心がつきました。
── なるほど。イトーキさんとしても、このプロジェクトは新しい挑戦だったんですね。
柴田 田中さんは、「柴田さんが自分で買いたいと思うようなデザインにしていい」とも言ってくれて。それなら、イトーキさんの製品はもちろん、世界中のオフィスチェアにすら囚われる必要もないんだ、と思えました。心の底から「欲しい」と思えるものをつくろう、と。
そこで改めて、現代の働く環境について考えてみたんです。私が出した答えは、ボーダレス。「vertebra03」には、“「働く」と「暮らす」を越境するワークチェア”というコンセプトを付けました。
昔は、家にいる自分と会社にいる自分って、違ったでしょう?自宅とオフィスとでは、着る服から使う文房具のひとつまで、完全に別物だった。でも今は、自宅で働くこともあるし、オフィスはずいぶんカジュアルな雰囲気になったし、その境目がどんどん曖昧になっていますよね。
つまり、これまでの価値観だとオフィスに似つかわしくなかったものが、今は当然のようにオフィスにある、ってことなんです。
── なるほど。まさに、「vertebra03」は、従来のオフィスチェアらしからぬデザインに仕上がっていますよね。
柴田 細部にも色々とこだわっていて、挙げればキリがないくらいなんですが、目立つところで言えばやはり、背丈の低い背もたれが特徴ですね。
個人的には、オフィスチェアってずいぶん縦長だなぁ、と感じていたんです。それが何十脚も並んでいると、どこか鬱陶しいというか、封建的な感じがしませんか?(笑)
そこから、オフィスをもっと自由な雰囲気にするために、チェアの背を低くしてはどうかと思いつきました。背の低いチェアなら、ずらっと並べてもさほど圧迫感はないし、どこか新しい印象を与えられるだろうと。
田中 「vertebra03」は、従来のオフィスチェアと違って線が細く、またデザイン性を高めるために、シートのスライド構造を隠す必要がありました。
初代「vertebra」の良さである機能性を決して失うことなく、そこにデザインを両立させていく。当社の設計メンバーは、かなり苦労したと思います。でも、最終的には非常に満足のいく仕上がりになって、よかったですね。
これからの時代、オフィス家具は働く人の人生に寄り添う
── 「vertebra03」が発売されたのは、2019年11月でしたね。その後、反響はいかがですか?
田中 デザイン関係の方には、発売直後からとても注目していただきました。あと、想定以上に一般の方からの反響も大きかったですね。最近では、新型コロナウイルスの影響で在宅勤務をはじめた方からご注文いただく機会も増えています。
実は、もともと「vertebra03」の使用シーンは、在宅勤務も想定はしていましたが、オフィス内の共有スペースやコワーキングスペースがメインだったんです。思わぬ形ではありましたが、コロナを受けて「vertebra03」の認知度は上がったと感じています。
── 「vertebra03」は、なぜここまで話題になり、支持されるのでしょうか?
田中 脚の形やシートの生地、カラーを選べるようにして、ユーザー自身がデザインする“余地”を残したことが大きかったのではないか、と考えています。
実際に、SNSで「私はこの色を選んだよ」と写真付きで投稿されているのをよく見かけるんです。自分が選んだものをみんなに見てもらう楽しさが、「vertebra03」にはあるんじゃないかな、と。
柴田 デザインに“余地”を残したのは、多種多様なオフィスにきちんと適合できるように、という狙いもあります。そもそも、わずかなカラーバリエーションのなかから選べというのは、いかにもオフィス家具っぽくて嫌だったんですよね。選択の幅があるほうが自由だし、これからの時代はそれが求められると思うので。
ワークツールのなかでも、チェアってとても大事なものですよね。それなのに、予算内で「これならまぁいいかな」というものを購入することが多かったと思うんです。でも、「vertebra03」を選んでくれた企業や、個人の方を見ていると、決してそんなことはない。とても喜んでくれていて、「あぁ、これは従来のオフィスチェアに対する反応ではないな」と感じています。
── 自分で選んだオフィスチェアに愛着を感じられるというのは、今までにない体験かもしれませんね。
柴田 そうですね。私にとって、モノは人生を共にするパートナー。オフィスチェアも、そのひとつだと思っていて。
人生100年時代と言われるように、人の寿命は伸び、定年も引き上げられ、長い間働くことが当たり前になってきました。そうなると、「働くこと」と「生きること」を完全に分けるのは難しくなっていく。むしろ、いつもどおりの自分で働く、生きるように働く、という考え方がしっくりくると思うんです。
つまり、ワークツールを選ぶことは、仕事ではなく人生の一部になる。そう考えると、チェアだっておざなりに選ぶわけにはいきませんよね。
── 「生きるように働く」これからの時代、お二人は、ワークプレイスにおける家具の可能性をどう考えますか?
柴田 オフィス家具にはまだまだ心からほしいと思えるものが少ない。もっとオフィス家具がデザインされて、「オフィス家具=心が躍らないもの」という従来の価値観が変わっていけば、家具が働くことを豊かにしてくれるんじゃないかと思います。
田中 「vertebra03」は、従来のオフィスにおいてはメインストリームではありません。でも、間違いなくオフィス家具の未来を変える突破口ではあると思っています。「vertebra03」に続く商品を今後も精力的につくり、ワークプレイスを、そして働く人の毎日を、よりよいものにしていきたいですね。
── 家具を通じて、働くことがもっと楽しく、豊かなものになっていくといいですね。本日は貴重なお話をありがとうございました!
interview by Kagg note編集部 / text by 中島香菜 / photo by 森田剛史
※商品写真はイトーキより提供
株式会社イトーキ
柴田さんが代表をつとめるデザインスタジオエス
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