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短編小説/明日死体で君を待つ

明日死体で君を待つ

              影山零

ばれないように気配を消して家を出る。ばれたら殺されるから。

あいつは私をこの家に呼び出した癖に、扱いは雑で、本当にストレスが溜まる。親同士で毎日喧嘩。たまに母親が包丁出して死のうとする。それを父は止めない。

父親は仕事はしなければ、家事も全く手をつけず、生まれて一度も苦労してお金を稼いだことがない。私でも、バイトをして、嫌みを言われても、毎月母親にアルバイト代を差し出していた。

近所にも朝出たらまるで私を引くような目で見られて…私、なにもしてないよね?

ただ僕は少し体調が悪かったから病院に行ったら、余命半年を宣言された。

最初は驚いたし、3日だけ籠った。ご飯は親のいない昼だけ。

でもこの時間が勿体ないような気がして、外に出てみた。大きく息を吸うとこれからいい未来が待ってるような気がした。

自由に生きていいよね?

私は公園でため息をつきながら、ひとつしかないベンチに腰を掛けた。

耳を澄ますと、いつもならうるさいセミの合唱が、理想の母のようにあやしてくれる。

明るそうな高校生くらいの男の子がこの公園に入ってきて、座っているベンチに座った。すこし気まずそうに間隔をあけて、横目で見ると半分も座ってない。

「座れてないじゃないですか。寄ってきてもらっていいですよ?」

ベンチからお尻を離さず「ありがとうございます」と言って寄ってきた。それでもまだ間隔がある。

無言が続いた。セミの声も聞こえない。

「明日、私死ぬんです。」

冷や汗をかいた。今考えていたことが口に出てしまったのだ。

「僕もです。余命宣告をされて、明日がきっかり最期です。貴方も?」

「私は、自殺しようかなって……なんか人生のピーク過ぎた感じがして、これから生きてもなんも楽しくなさそうな気がして。明日死にます。」

「きっと僕はわからないんでしょうね。死にたいと思ったことがない。でも、これだけは言える。『羨ましい』。だってまだ最期を選べるんだから。

もし、選べるんだったらまだ生きたい。高校にまた通って、友達と再開して、バイトして、勉強して、たまにスマホいじって夜更かしして…普通を過ごしたい。」

私はなにも言えなかった。彼にとって普通がこれ程にない幸せのように語っていたから。

「もし貴方が僕の話を聞いてくれるなら、友達になってくれませんか?」

頭が真っ白になった。彼にとって、それは私にとっても一日限りの友達だから。断る理由がないから、いいよ、と言ってしまっけど、本当にそれでいいのか、彼にとっていいことなのか?根暗な私は、高校に友達なんていない。そんな私は明るそうな彼に合っているとは到底思えない。

「明日、午前6時にここで集合ね!僕、絶対遅れないから君も遅れないでね!」

そう言い残して走り去っていった。

予定の30分前に着いてしまった。空はまだ暗い。そんな時間帯に何をするのか。

「お待たせ~!まだ20分前だよ?」

なにも考えていないのにあれからもう10分も経っていた。

私の心は正直じゃないけど、体はその正直さを裏切らない。

「どこに行くの?私はどこでもいいけど。」

着いてきて、そう言われて連れてこられたのは彼の家だった。お邪魔します、小さな声で言った。家の中に入ると、下駄箱の上に置かれているシーサーの隣に幸せそうな家族の写真がある。家の近くにある額縁屋さんの匂いが漂う家だった。

リビングに入り彼の母親らしき人と会釈し、テーブルの上にあるご飯に目をやったそこには3人分の朝ご飯が用意されていて、彼は目をキラキラさせていた。これがとても幼く見えた。

彼と彼の両親の朝ご飯だと思い、居場所に困っていると、彼の母親が、朝ご飯食べてきたかを私に訊いたので、まだです、と答えた。するとテーブルに並べてあるご飯を指差して、是非食べて、と誘ってくれた。

彼と彼の母親、そして私が食卓を囲む。いただきます、と言い箸を進めた。一口食べてわかった。とても愛情が籠ったご飯だった。

全て平らげると、既に時刻は7時過ぎになっていて、本来なら学校に登校する時間だ。

家には「家出します。」と置き手紙を置いてきた。

そこから車ですこし遠い映画館に車で連れていってくれた。勿論お金なんか使うと思ってなかったから、財布は持ってきてなかったけど、車を出たときに、彼の母親から、おこづかい、そう言って財布と一万円を貰った。

話題の映画を2本観て、二千円を消費した。その後昼ご飯を彼の好きなラーメン屋さんで食べて、クレーンゲームにボーリング、62アイスクリームを食べて、登校日とは思えない豪遊をした。



終わりは突然きた。午後6時、彼が倒れた。救急車を呼び、10分で来てくれて、それに乗って彼の担当医がいる病院に30分で着いた。診察室に連れていかれると、彼の姿は見えなくなった。

彼の母親は今日1日のなかで見たことない深刻な顔をしていて、昨日会ったばかりの彼に同じような顔はできなかった。

彼の母親だけ呼ばれ、数分経って嗚咽を抑えるような声が聞こえた。亡くなってしまったことを悟った。

手に手紙のようなものを持って診察室から出てきた。このまま一人で帰ろうかと思ったが、彼の母親からみてそれはどうだろうと思い、足が止まった。

この場を紛らわそうと、ぶつぶつ口が動いた。肩に震えている手が添えられ、行こう、とつくり笑いで言われた。助手席に座っていた彼の姿は見つからず、やはり静かな車内だった。

彼の家に着くと、レターセットに入っていそうな封筒を渡された。そこにはかなり厚い紙が入っていた。交換のように、渡された財布を返そうとしたが断られた。彼の母親が完全に家に入るまで、動かなかった。

あの公園に行き、渡された封筒の中身をみた。彼からの手紙だった。

そこには『死なないで欲しい。』ただそれが長く、丁寧な言葉で繰り返されていた。最期には、丁寧な字から一変して震えた字で水のような透き通った液体が染み込んだ小さい別紙に書いてあった。

「待ってる」

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