短編小説/ゆっくりと変わっていく
ゆっくりと変わっていく
影山 零
僕はまだ年長になったばかりだったのに、鬼ごっこをしていたら転んで骨を折っちゃったみたい。だから、しばらくの間入院することになった。二回目の入院で、一回目は喘息。骨折ると痛いんだよ? すごく痛い。
病院に入院する準備をしていたとき、同じ部屋の女の子が窓を見ていた。こっちを向いて微笑んでくれたのを覚えてる。ひまわりみたいだった。
ボロボロのニット帽を頭に被っていて、大切にしてるんだなって思った。
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部屋がいっしょだったから、よく話しかけてくれた。大好きなものだったり、お母さんのこと、それからこれから通う小学校のことと、おねえちゃんが通ってる中学校っていうところの話もいっぱい聞いた。お勉強が始まって、それが大切なんだって。寝るときに抱きかかえるって言ったら笑われた。なんでだろう?
それに、おねえちゃんが借りてきた映画をいっしょに観たりする。怖いの借りてきたりするから、あんまり観ないけど。
誕生日にプレゼントをくれたんだよ? 読みたかった絵本をくれたの。くまさんが仲間を集めてパーティーをするお話。とってもお気に入りなんだ。僕も誕生日に何かあげようと思う。ママに言って、ニット帽をプレゼントしようかな。
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誕生日にプレゼントで僕がママといっしょに考えて一生懸命に考えて選んだニット帽を買ってあげた。そうしたら、ありがとう、って言われて、ボロボロのニット帽を脱いだとき、髪の毛がなかった。だから、かみのけない、って呟くように言っちゃった。それでおねえちゃんは下向いて目がいろいな方向を向いてまたボロボロのニット帽を被り直した。何度話しかけても返事がないから、ショックで松葉杖をつきながら、とぼとぼとベットに戻った。
本当はお互い見える位置なんだけど、カーテンを閉められて、お気に入りの絵本を見ることにした。でもいつもみたいにワクワクがない。
朝早くに、部屋が騒がしいことに気づいた。自分のカーテンを開けると、いつものおねえちゃんがベッドにいなくて、「ピー。ピー」って音が鳴ってた。初めて見たおねえちゃんのお母さんは何故か泣いていた。また絵本を見た。ワクワクしなかった。お気に入りの本なのに水で絵本がぬれちゃった。涙が出てきたんだ。なんだろう? 言葉にできない寂しい気持ちが込み上げてきて。
その日のお昼ごろ。おねえちゃんは喋らなくなっちゃったし、ずっと寝ていた。お母さんがね、おねえちゃんの名前呼んでるのに無視するの。だからお母さんが泣いてた。お姉ちゃんは今反抗期なんだと思う。
おねえちゃんはもう病院に来なくなっちゃったから会えないんだって。
最後に、ばいばい、って言いたかった。僕が言わないとママが叱るから。
お医者さんがおねえちゃんのベッドを片付けてるとき、おねえちゃんのベットの上にあのボロボロのニット帽が置いてあった。忘れちゃったのかな? 僕があげたのは持っていったのに。おねえちゃん、被ってくれたかな〜。お母さんが持っていったのは見たけど、被ってるのは見てないや。
おねえちゃん。この絵本、大切にするね? おねえちゃんも大切にしてね。
何処かで元気にしてるといいな。僕もあと少しで退院だよ?
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そんな出来事から6年後。夏休みの自由研究で、向日葵を育てていた頃、俺の身長を軽く超え、向日葵を見上げながら水をあげていたとき、あのおねえちゃんのことを思い出した。
今思えば亡くなっていたことは確かだったけど、あのときは「死」なんて身近じゃなかったから、本当にわからなかった。
微妙なお別れの仕方で、後悔してる。どうか許してください。そしてお姉さん。今でも大切にしているあの本。俺があげたあのニット帽を貴女は大切にしていますか?
あの日遊んたこと。話したこと。初めてのことばかりだったし、初めて聞いた話がたくさんあった。今俺は小学六年生だが、あの頃の貴女は中学校三年生。まだまだ知識が追いついていない。
貴女についてもっと知りたかった。夢について語り合い、これからのことを相談し、貴女と他愛もない話をして。もう六年前のことですが、ようく貴女のことを覚えています。
会えるなら、俺のもとに来てください。そのとき改めて、目を合わせて謝りたいです。
また会いましょう。どうかあの世でもお元気で。