長編小説『処刑勇者は拷問好き王子を処刑する【人体破壊魔法】特化でサクサク、サクリファイス 第21話「解毒剤」
「無様ね。油断してたんじゃない。ヴァネッサしか目に入ってなかったみたいだし」
人を、えろい男みたいに……。にしても一本取られたかも。アデーラは弓使い。彼女の弓矢は、いつも木製なのは仲間の俺が一番よく知っている。それが、何だあれ。魔弾の弓兵の弓に衣装、と装備一式をそろえている。あれでは遠目にアデーラと視認するのは難しい。
本当に当てたいアデーラの毒矢を隠したというわけか。アデーラは森にいて今頃は匿われていると踏んでいたのに。読み違えたという不覚より、あの女が馬鹿女だったことの驚きが勝るな。
「まさか獲物の方から来てくれるなんて思わないだろう。興奮するなぁ。ようこそウェルカム」
アデーラは魔弾の弓兵に弓を撃つのを制止させた。その代わり、群衆のいなくなった広場にリフニア国の団長不在の騎士団が押し寄せてくる。早くも、詠唱団が結界を張り始めた。それは無意味だからやめときなって。
「汗、噴き出てるわよ。興奮するのとは、また違った感じじゃないかしら? 幸先が怪しいわね」
「いいや、これはハンデだな。俺はこれぐらいの毒じゃ死なない」
「でも、おかしいわよ、勇者。もしかして、回復魔法が使えない理由でもあるのかしら」
なかなか言ってくれるな。この卑怯な女を処刑(サク)るときはもっと興奮するつもりだ。だからこの毒だって俺にはいい栄養だ。そうだな、味はレモンサワー。どんどん酸っぱくなる。
俺はこの状況を楽しめなくなってきているのか。俺の脳裏にまたあの声が戻ってくる。「背後から射抜かれるとか、勇者失格だなお前は。その女を許すな。内臓を破裂させるまで許すな」
頭の中で拡大していく自分の声に俺は指をメスにして答えることで、自身をなだめる。自傷行為をしたくなる。ドジをした自分を許せない。自分の喉元に指を這わせて、メスの指がグローブ越しでもひんやりと冷たいことを確かめる。
自分の頸動脈はどこにあるのか探す前に、アデーラの薄ら笑いが視界に入って指を止めた。首をかき切るべきなのはあの女だ。
顔まで登ってきた俺の手指の隙間から、あの白い髪の女を覗き見る。あの女は酷く小さい、おまけに器も。握りつぶすのは簡単だろうから、俺は誰よりも優しい人間になる必要がある。この不意打ちを許してやるつもりだ。そして、あの女から先に攻撃を仕掛けてくるように仕向ける。俺の方が百倍強いから、これはハンデだ。
「かかってこいよ。お前が死ねばリフニア国は終わる。ほんと、情けない国だよな」
「いつ私が戦うと言ったの? ねえ勇者。自信過剰にもほどがあるわよ」
「自信過剰ね。これは俺のマイペースと言ってもらいたいな」
腹に刺さった矢を無理やり引き抜く。内臓ごと持っていかれそうになる。危ない危ない。びちびちと血が噴き出る。狂おしいな。俺の腹に穴を空けたのは、こいつで二人目か。しかも、毒つき。聞き捨てならないのは、この女の逃げ越しの姿勢だ。
「戦うつもりがないだと?」
「ええ、エリク王子からの伝言よ」
ここに来てエリクの名をやっと聞くことができたが、この状況だと安全圏にいるのだろう。
「その毒、マルセルが作ったの」
「マ、マルセル? まさか生きてるのか?」
嘘ん? そんな馬鹿なことが、あるはずがない。あってはいけない。あのクソアマを、確かに俺は舌を引きちぎって首をかき切ったはずだ。あの脳天を突き破る極上の喜びを忘れるはずがない。俺はオペラ座で成し遂げたんだ。
「そこまでは、知らないわ。私としては不本意よ。私のことを今も無視しているわね、勇者!」
お前の美貌のことについては眼中にないって。マルセル、どうしよう。生きていたらどうしよう。マルセルマルセルマルセルマルセルゥゥゥゥ。く、悔しい。何で俺の女って、どいつもこいつも小賢しいの?
「解毒剤ならあの拷問部屋に置いておいてあげるわ。取りにくればマルセルだけでなく、みんなが褒めてくれるでしょうね。自ら死にに来たって」