長編小説『処刑勇者は拷問好き王子を処刑する【人体破壊魔法】特化でサクサク、サクリファイス 第7話「元パーティー二人目」
振り返るまでもなく分かった。今まで幾度となく耳にした、襲われた人々を救うその台詞が俺に向けられたことで、俺はしみじみと声の主の鋭い眼光を思い出す。
女格闘家のドロテだ。一番最初に町の酒場で魔王討伐の情報を集めるかと意気込んでいたり、いなかったりした頃に出会った。
当時の俺は剣術もまだ心もとなかった。木材で素振りしてみたり、はたまた自主的に筋トレしたり。それでも基礎体力はこっちにきてからなかなか高かったので、もういいやと思って未成年飲酒しようと思った。
リフニア国は十五歳で成人扱いしてくれるしな。きっと、日本人より異世界ファントア人はアルコール耐性が高いのもあるだろう。ドロテには格闘技のほか剣術も教えてもらった。だけど、俺はいつの間にかドロテを抜くほどに肉弾戦も剣術も上達した。
一時期は師弟関係にあったドロテが今、俺の暴虐を止めに来た。無言で振り返ると半裸の女性がいる。つややかな黒髪。割れた腹筋。ちょっと嫉妬しちゃうな。魔王にはその蹴りで、奴の角を砕いてもらった。
「勇者? 俺をまだそう呼んでくれるのか?」
俺の返り血まみれの姿を見ても、まだそう言えるのかドロテ? 吐息が震えているぞ。
「ゆ、勇者、お前が処刑されて生き返ったというのは本当だったのか」
側近モルガンが寄こしたのに違いないな。だけど、ドロテ一人で俺を食い止めることは荷が重すぎると思うぞ。騎士団は、騎士団長ヴィクトルがいなくなったことで誰も統率が取れずに雑魚ばかり。
向かってきた奴はこの地下牢に来るまでに半殺しにしてやったし。残りは無意味な死を恐れて、関わってこない。国家の危機だってのにな。戦闘力として、騎士団、国家魔術師(戦闘魔術師はこの中の一つのグループ)を温存しているのか?
何にしろ、俺とドロテ二人きりにしたモルガンの作戦は失策。俺の処刑リストにドロテも入っているぞ。
「みんなにサプライズして回ってるわけ。お前、俺のこと見殺しにしたよな?」
ドロテだけは俺が地下牢に連れていかれてからも、ときどき励ましてに来てくれていた。あれは、王子が俺に与えた飴と鞭の飴の方だった。エリク王子が俺の仲間の内、一人だけが俺を励まし続けろと命令していることなんて、俺は知りようがなかった。その役目がこの女。
俺は拷問部屋であろうことかドロテだけは俺を救ってくれるに違いないと信じた。だけど、何日かしてこいつが俺のために残飯を運んでくることは、王子の差し金だと気づいた。
俺を飢えさせることをしなかったのは、俺に少しだけでも体力と魔力を回復させ、また拷問するためだった。そして、処刑当日のドロテは無感情に俺に、さよならと言い放った。
「私は勇者にも非があったと思っている。女たらしの勇者なんて聞いたことがない」
なるほど、俺が出会う女全てにナンパをしていたことを言っているのか。そんなものは、勇者としての挨拶だ。その中でも俺が生涯をかけて愛せると思ったのはマルセルただ一人。そのマルセルをエリク王子は横取りした。
「だから勇者キーレの処刑の真相が、恋愛のいざこざが原因であったとしても、エリク王子様の行いは全て正しいと信じている」
王子崇拝者というのは面倒だ。残念なことにエリク王子のリフニア国での支持率は異常なほどに高い。外見による気高い印象や、少々傲慢で強引な外交がセンセーショナルを巻き起こす。
隣国ノスリンジアに圧力をかけることに長けており、俺が生き返ってから直近のできごとでも、ノスリンジアの国王であるエルマー王を陰でクソジジイ呼ばわりしたことをスキャンダルとして取り上げられているが、返って国民はもてはやしたらしい。
「で、そこまでって言うのは、どこまでのことなんだ?」
俺はエリク王子の頬をぎゅっとつねってみる。当然のごとく王子は泣き面で悲鳴を上げる。エリク王子の頬はもう十針は縫わないと裂けたままだ。縫うなんて考えは久しぶりに閃いた。いけないことだ。回復魔法が使えないから縫うなんて発想をしてしまった。
「これ以上エリク王子様に手を出すな」
「俺に命令してんの?」
「黙れ勇者。貴様はもう仲間でもなんでもない。貴様は、召喚されただけにすぎない」
この世界の人間は召喚された者に対して冷たい。世界を救ってやったというのに、お役御免か。
「エリク王子は、このリフニア国の繁栄を願っていらっしゃるお方だ。そこに勇者という英雄が現れた。この国では英雄はエリク王子一人の称号だ」
人気は独り占めというわけか。その人気と地位、今ここで没落させてやろうか?
「エリク王子様は、お前を売る気だったぞ?」
ドロテは目をしばたいた。
「ほ、本当ですかエリク王子様?」
青ざめてエリク王子は違うと否定するが、俺はドロテの王子信仰を打ち砕いてやる。
「お前を売って、俺から逃げたいって」
「き、貴様、エリク王子様がそんなことをするはずは」
信じないのか。全く困ったな。こいつは保身に走るぞ。俺はエリク王子に猫撫で声で耳打ちする。
「この女の前で、懺悔(ざんげ)しろ。お前を売ってごめんってな。元勇者の仲間の居場所を今から大声で叫んで俺に教えてくれよ。そしたら、釈放してやる」
エリク王子は目に涙をためて、本当なのか? と動揺する。面白くなってきたな。俺に頭を下げるのに二日もかかった。王子と言うだけあって、プライドの高さも尋常じゃなかった。
もう一押しするだけで、こいつは俺の意のままになる。拘束を解くことを約束して、軽く促すとエリク王子は決断する。とても早い決断だ。
王子は元仲間の情報をいとも簡単に大声で教えてくれた。俺は懐から魔導書を取り出して余白のメモ欄につらつらと羽ペンで書き留めさせてもらう。魔導書はこの世界の一般常識などが記された俺がはじめから持っている手帳みたいなものだ。俺の召喚と共にずっとポケットに入っている、いわば手引書だ。
エリク王子は泣き面のまま洗いざらい吐き出した。その調子だ。ドロテも顔を真っ赤にして怒っているぞ?
「エ、エリク王子様。そ、それではみな、勇者の餌食になってしまいますよ!」
「お前たちは自分で自分の身を守れ。今は僕の命! ぼさっとしてないで勇者を殺すか、僕を助けろ!」
おかしいな。二日も拷問したはずなのにエリク王子様、希望が湧いて元気が出たのか?
エリク王子、まだそんなにハキハキと喋ることができたんだな。エリク王子は俺の嫌らしい笑みに気づいて息をひそめた。二日間の拷問だ。ぴんぴんしていて、いいはずがない。どんなからくりを使ったのか知らないが、ここで俺が取るべき行動は一つだ。
「王子様が希望なんて抱かないように、ドロテの息の根も止めとかないとな」
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