長編小説『処刑勇者は拷問好き王子を処刑する【人体破壊魔法】特化でサクサク、サクリファイス 第20話「破裂魔法」
指を鳴らしてヴァネッサは手に炎を浮かべる。また火あぶりにする気なのか、芸がないな。先にその炎を消しときますか。指で弾く動作をすると、切断魔法で鎖も束縛魔法も即座に切断だ。
「焼け死ね! 色欲勇者」
「骨折魔法っと」
ヴァネッサが投げつけた火あぶりの火種を左手で受けると、軌道がそれる。炎も骨折する。実は骨折魔法は屈折魔法の延長線上にある。ややこしいから骨折魔法でいいや。解放された俺は、群衆に礼儀正しく処刑ショーのはじまりを告げる。
「処刑をお楽しみいただきたい皆様! ほんもののサクリファイスをご覧に入れましょう! お見せしますのは破裂魔法の一つ、内臓破裂」
ヴァネッサの腹は痩せていて小さなへそがかわいい。そっと手を押し当てると、彼女は顔をしかめる。くぐもった声から、ゲロを吐くときの声に変わる。誤って自分の吐しゃ物を飲み込んだ汚い声にもなる。
腸が弾け飛び、胃や肝臓も砕かれた状態でまき散らせる。口から飛び出した、どす黒い血はまさに内臓のそれでいいねぇ。思うに味はレバーではなくクランベリー。処刑場の見学者の皆様はどよめいておりますねぇ。この女、処刑前にも俺に、二回も火をつけているんだ。もう顔も見たくない。
「顔面破裂魔法」
うめいているヴァネッサのきつく閉じたまぶたの上に手をかざして影を落とすと、彼女は目を見開く。両目が中心に寄る。こめかみから血が噴き出る。さらに俺は手から魔力を送ると目が落ちくぼんで、顎から歯が弾け飛ぶ。頭蓋骨と脳髄が混ざった赤色と灰色の液体が、俺の服にかかった。処刑場はたちまち大混乱になる。
「王子見てるか? 俺はここだぞ」念のため王子がいないことを確認する。
「衛兵! 騎士団、何をしておる! 魔女がやられることも想定して訓練しておったろう」
モルガンが慌てている。俺は逃げる気はないぞ。弓矢が飛んでくる。追いかけっこか? 市民に当たっても知らないぞ。わざと、逃げ惑う観衆の中に飛び込む。矢を踊ってかわしながら高笑いしてやる。
手あたり次第にみんなを殺せよ。俺の死に期待した奴ら、みんな処刑対象だ。最前列で俺を笑った人間の頭部を破裂魔法で餌食にしてやろう。深夜の惨劇にはぴったりだ。俺の死を願った人間はもれなくサクリファイスだ。
突然、俺の指先にリディが飛び出してきて止まった。危なく処刑(サクリファイス)するところだ。
「何で邪魔するんだよ、リディ。っち」
女神フロラ様は例えアナログばばあだとしても、俺の行いをお見通しだということか。
「市民は駄目」
「こいつらは、俺が焼け死ぬことを待ち望んでいる。エリク王子と同じクズ人間共だ」
「この人たちだって人だから」
「人ね。人の不幸は蜜の味なんだよ、リディ。シャーデンフロイデだ。俺は美味しく舐められるのはごめんだ」
「あんた卑屈すぎ」
「な? 何だと」
「ふーんだ。さっさと矢を避けて帰るわよ」
リディに言われるまでもない。エリク王子も見つからないし、一旦引き揚げるべきだと本能が告げる。矢は人々を巻き込んで、まだ降ってきており、俺とやっていることが同じだぞ、ノスリンジア国。ノスリンジア国の魔弾の弓兵さん方はもしかして頭が悪いのかも。
見上げていた視線を落としたときに、俺の脇腹に何かが刺さっているのが目に入る。違和感がある。矢だ。一本、後ろから射られている。喉に吐き気が迫る。だが、飲み込んだ。味はブルーベリーなので、俺はまだこの状況を楽しめているらしい。だけど、息を吐くと異物が入っていることで締めつけられて痛む。
い、一体、いつ射られた。魔弾の弓兵の矢だよな。おかしい。それなら、全部かわせるのに、ど、どうして。これ、よく見たら何か塗られている。
「ま、まさか、毒矢。俺に気づかせずに? こんなことができる人間がノスリンジア軍にいるわけがない」
「私は森で隠れているつもりないから」
声の主は俺の途方もない疑問に答えるように月光の下、姿を見せた。処刑場の混乱の最中、風で舞う白い髪は見間違いようがない。美人至上主義エルフ。
「……アデーラ」