長編小説『処刑勇者は拷問好き王子を処刑する【人体破壊魔法】特化でサクサク、サクリファイス 「第3話 オペラ座の悲鳴」

 俺はただ、オペラ座の歌姫の背後からその、豊満ボディに腕を貫通させただけだ。人体破壊魔法の一つ、貫通魔法。でも、俺の自慢はやっぱり切断魔法。ほら、赤い手袋「不死鳥のグローブ」の上からでもつやつやと照明の光を反射する俺の五本の指。血が伝って光る様は刃物そのもの。会場のみなさんにも、よく見えるように指を突き出して見せつける。

「俺の指は十本全てメスと同じ切れ味を持つ。お前ら全員、サクってやるよ」

 観客席の中からエリク王子を探すのは容易かった。さっきまでこの歌姫に夢中だったその呆けた顔から血の気が引いて硬直している。目が見開かれ、俺の血まみれの姿を見て恐れ戦くその青白い顔がたまらない。

 何故処刑された俺が生きているかと聞きたいらしい。魔王を倒した俺へのご褒美を女神フロラ様がお与えになった――と考えるのが一番自然だろう。

 だけど、女神フロラ様は俺の邪な考えを完全には否定しない。リフニア国にとって女神とは各教会にまつられている存在だが、俺から見ればあれは人を惑わせる悪魔と同義語だ。

 俺はこれから殺戮を繰り返し行うことになるというのに、完全には否定しない。俺の動向は妖精リディが監視するのみ。俺は、悪魔の犬なのかもしれない。だが、汚れきっている異世界ファントア人を一掃する俺はやはり勇者だと断言できる。

 客席は恐怖ですくみ誰も席を立つことができない。その沈黙を破ったのは、勇ましくも俺の元恋人のマルセルだった。

「やっぱりあんたなの? あんたどの面下げて出てきたのよ」

 王子より先にマルセル姫が客席から飛び出してくる。そりゃそうだろう。

「俺のかわいい回復師ちゃんだ。久しぶりだな! 裏切ってくれてありがとう」

 なんたって、元仲間。俺の魔王討伐パーティの一人だもんな! 死んだはずの俺に一番恐怖するのはお前だもんな。第一声で俺のプライドを傷つけようとしてくるあたり、クソアマっぷりは健在だ。細められた目が俺の目をしっかりと見据えた上で見下してくる。

 緑の瞳が長いまつげで隠れてしまう。胸の痛みは感じないはずだった。俺はこいつを処刑するのみ。だが、形容し難いねじ曲がった鈍痛が込み上げてくる。俺が俺の胸を殴りつけるような。頭に自身の声が、叫びが聞こえる。マルセルの名を叫んで抱擁したい。

 今すぐにでもあの頃に戻りたい。俺だけがこいつを幸せにしたい。俺の血を全て捧げたい。そのどれもが口に出ることを拒んで、俺を怒鳴りつける。

 あいつに、愛していると叫ぶな! あの女を抱いていいのは殺すときだ! あの女の瞳に吸い込まれるな! あの目は毒だ! お前を殺す! 殺される前に処刑しろ! 

 怒りはすっと血潮と共に引いた。俺は魔力を操るときのように怒りをコントロールできるようだ。代わりにいつもの軽快な口調が戻ってくる。

「懐かしいなそのクソアマ具合。お前の美しい緑の瞳も台無しになるぞ。フランス人形みたいにかわいいのにな」

 マルセルは鼻を上に向けて俺を嘲笑った。栗色の波打つ髪がはらりと舞う。懐かしいな。仲間にサクっと勧誘したときは、隣国ノスリンジアの屋敷に住まう令嬢だった。

「あたしはね、あんたみたいな陰気な男と冒険して、ずっと楽しんでたわけじゃないのよ? あんたはばかみたいに魔王を倒す義務感なんか抱いちゃって、王子みたいに好き勝手に生きれば、ちょっとは見直してやってもよかったのにね」

 いきなり俺をこき下ろすとは感心するな。まあ、これから恐怖の渦を巻き起こすんだ。敵意丸出しなのはある意味、ウェルカムだな。

「会って早々に好き放題言ってくれるな。いいねぇ。マルセル。お前のいちごみたいな唇の味を思い出すな」

 独善的に味の形容をしたことで、マルセルの顔が怒りでさっと赤くなる。俺とお前で唇の味の認識が違うらしい。俺だって今もう一度キスするのなら、甘酸っぱさよりも濃い味を所望したいところだな。

「あんたは、その蛇みたいな根性なおした方がいいと思うわ。ほんと、勇者っていうより魔物以上の化け物ね」

 人ですらないってか。そうだろうな。一度死んだ人間が生き返っていい道理は俺もないと思う。だけど、俺は女神フロラ様に許された存在だ。誰も俺の存在を否定できない。俺自身も俺のことをどう説明していいか答えは出ていない。だけど、やることはただ一つ。明確に決まっている。マルセルを処刑する。俺への生贄として。

 腕をオペラ座の歌姫の腹から引き抜く。ステージ上に倒れて、足元に鈍い衝撃が伝う。その音に驚いた観客席は悲鳴に包まれる。今まで恐怖で固まっていたんだろうな。確かに逃げるなら今だ。お前らは正解だ。

 これから俺の独壇場ってわけだ。もちろん、自分で自分のために用意した最高のステージ! 役者はそろっている。俺を裏切って王子と寝た女、マルセル姫。俺は高らかに処刑の宣言を行う。

「今は姫だって言うんだもんな! 俺と仲間だったころは国家回復師の免許も取れていない、隣国ノスリンジアのお嬢様だったてのに、出世したもんだ。笑わせてくれる。そして、潔癖症腐れ王子のエリク! いつもすまし顔で誰でも彼でも見下した顔をする拷問好きドS王子を本日、処刑(サク)る!」

「あんた何を勝手に決めつけてるのよ! サ、サクるって何!?」

 俺はマルセルの金切り声をなだめるように説き伏せる。

「ああ、マルセル。サクリファイスだ。俺は処刑された。されたから処刑し返す。元はと言えば、お前が俺を捨てたのが悪い。お前らのせいで俺は罪人になったんだぞ」

「そ、そんなの。あんたがうぶな坊やだから、騙されるんじゃない」

 俺はマルセルに投獄されたようなものだ。騙された自分は恨まない。だって、あのときはまだマルセルを信じていたから。でも、生き返ってすぐにリフニア国で見聞きすると、どうやらマルセルと王子の結婚式は済んだ後だった。

「うぶと来たか。これでも俺十四でこっち来たんだ。で、今年十五。俺と寝たお前も、うぶな女なんじゃないか?」

「マ、マルセル! そいつは幽霊か? 話に取り合うな」

 エリク王子がもう泣いていやがる。うるさくてかなわないな。オペラ座の歌姫の死体に恐怖したか? 復讐劇ははじまったばかりだ。この程度で泣き顔を拝めるんじゃ、これから先どうなるんだろうな。

 あのへの字型の口。ほんと笑える。それでよく人様に何日にも及ぶ拷問ができるな? 

 ほら、背中が腫れるような痛みがぶり返す。すぐに幻だと分かったけど、思い出すと気が狂いそうだ。俺はこれを与えてやりたい。俺は心にもない敬意を込めて大げさにスローモーションでお辞儀する。

「エリク王子様、これはこれは。勇者キーレにございます!」

 それから、隣で転がった歌姫の腹に腕を突っ込んで、腸《はらわた》を手早く引っこ抜く。それをエリク王子に投げ縄の要領で投げつけて縛り上げる。ものの数秒で出来上がり。

「うわああああ、何してくれている!!!」

 残念なことに復活した今の俺は、『人体破壊魔法』しか使えない。拷問されて使える魔法がこのドSな魔法以外全部吹き飛んだ。だから、両手を掲げて会場の人間を閉じ込める空間隔離魔法を使えないから、誰かを拘束するときは腸を使わせてもらう。

 でも、人体破壊魔法さえあればそれでいい。俺に唯一残された救いの魔法。俺自身が俺を救う戦いがはじまるわけだ。

「貴様! 一体全体、どうして生きている!」

「説明するのは、俺にも難しい。女神フロラ様はこんなクズな俺でも救ってくれるらしい。いや、俺がクズだからクズのお前を処分するのに選ばれたのかもしれないよな」

「何たる狼藉! 王子になんてことを」と、側近のモルガンが杖で王子に巻きついた腸を叩いて解こうとするが、そんなものは無駄だ。

 観客はほとんど逃げてしまって、代わりにリフニア国、王国騎士団が突入してくる。王国騎士団団長ヴィクトル様の登場だ。赤いマントに銀色の甲冑。見るからに強そうだけど、俺との力の差は歴然。俺は、あいつを即死級の魔法で殺すこともできるし、なんなら拳一つであいつの剣の腕と渡り合うこともできる。

「貴様、まさか勇者か? 貴様は我が剣で腸に穴を開けたはず。そして王子の拷問の末に処刑されて死んだはずだ」

 俺の腹に穴を開けてくれたことは忘れちゃいないさ。

「まず、最初に料理しますのは、騎士団長様、あなたでよろしいでしょうか?」

 俺はあいさつ代わりに手まで添えてお辞儀する。ダンスのお伺いを立てるみたいでちょっと気持ち悪いかも。

「貴様、死に損なったか。ならばこのヴィクトルが、もう一度我が剣により死の淵へと追いやってくれよう」

 死の味も知らない生きた人間に、一体俺の辿った黄泉への道筋の何が分かる? 軽々しく追いやるとか言われるとゾクゾクするよな。お前に俺の何が分かるんだって。

 自分の手の冷えていく感覚や。やがて感じることのできなくなる自分の吐息。薄れていく意識。突然冴える意識と、眼前の嘲笑。俺は、リフニア国民に蔑まれ、哀れまれ、死んで当然の報いだと口々に罵られ。マルセルは俺ではなく王子と肩を並べる。マルセルの隣に俺はもういない。

 剣による刺突が繰り出される。感傷に浸っていて危なかったが、馬鹿みたいに突っ込んでくる騎士団長様の動きは丸わかりだ。スピードに関してはその辺の雑魚騎士とは一線を画していたが、それでも魔王を倒した俺にスピードで勝てるわけがない。

 見切った。ひらりと交わして、あいさつ代わりにその銀の鎧を手のひらでなぞる。腕を折る。『骨折魔法』だ。あらぬ方向に騎士団長ヴィクトル様の腕が折れる。銀の鎧も軋んで、歪んでいる。

「ぐがああああ! 貴様。何をした!」

 そう、人体破壊魔法は、勇者である俺にしか使えない。洞窟の奥で見つけた魔導書にやり方が載っていた激レア魔法だ。だってこの世界の住人には人体破壊を目的とした魔法は必要ないから、知りようがない。

 俺だって一週目の冒険をしたときは興味がなかったし、まあ手に入れたからもらえるものはもらっとこうと思っただけだ。生き返ってみて、いざこの人体破壊魔法の価値を認識したんだ。魔王にすら使わなかった魔法だが、今はとても便利だと感じる。

「はい、骨折。次は何にしようかな。貫通魔法で行きますか? 俺の腹に穴開けてくれたもんな」

 俺は騎士団長ヴィクトルの鎧の上から左の手のひらを押し当てる。押し込む。固い金属でも手のひらがずぶずぶと喘ぐ騎士団長の腹に入り込む。内臓に指の当たる感触。腸をつかんであっちこっちにねじってみる。

 騎士団長様の絶叫がオペラ座に響き渡る。鳥肌が立つ。だけど、これだけで満足できるはずがない。俺は意地悪くも腸同士を繋いだりリボン結びにしてみたりして、騎士団長ヴィクトルが悶え苦しむ様を拝ませてもらう。でも、エリクやマルセルのことが気になり出して、ま、いっかと、処刑《サク》る。

「ごあああ!」

 腹から背中まで貫通する俺の拳。腕を引き抜くと血の色が黒くて汚いことに気づく。人って死ぬと汚いんだな。生ものみたいな鼻につく臭いもきついし。

 でも、俺は歓喜した。マルセル姫様の月経もこんな匂いだったんじゃなかったかな。俺の心を満たせなかったマルセルの罪は重い。俺は今でも飢えている。

 生き返ってどんな赤子よりも新鮮な肌と傷一つないマネキンのような俺の身体。粘土でできているのかってぐらいに完璧に均等の取れたバランスの良い顔立ち。この肉体でもってしても誰も俺を愛することはないし、俺の心の隙間は埋まらない。

 きつく唇を結び、怒りの表情でマルセル姫は遠く離れたヴィクトルに回復魔法を唱えてくる。おいおい、怖がり過ぎだろ。二メートル以上離れた距離からの回復魔法って、助ける気あるのか? 国家回復師失格だろ。

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