ショートショート「ここはどこ、君は誰」
「ここはどこ、君は誰」
**********
頭が重い。なんか変だ。軽く頭を振り、こめかみを叩く。
冷たっ。
頭を触ると、濡れていた。雨か。
空を見上げて、首を傾げる。青空だ。何がどうなっている。
頭上へ目を向けて足元を見遣る。なるほど、そういうことか。
軒先から滴る雨の名残。アスファルトも濡れている。ここで雨宿りをしていたってことか。それすら覚えていない。何がどうなっている。
スーツなんか着て、仕事中だったのか。どうしちまった。わけわからない。頭の中に靄がかかっている。
どこかで頭でもぶつけたのだろうか。
頭を振り、もう一度あたりに目を向ける。そもそも、ここはどこなんだ。
後ろに振り返り、木土駅との文字が目に留まる。『きど』と読むのだろうか。聞いたことがない駅名だ。
ここまで電車に乗って来たのだろうか。
溜め息を漏らして、誰もいない駅舎を見回す。
駅員でもいれば何か聞けたのに。
そうだ、スマホで検索してみよう。えっと、どうやって検索するんだっけ。馬鹿になっちまったのか。やっぱりどこかで頭を打ったのか。
イライラする。ここはどこだ。なぜ誰もいない。
まさか異世界に来てしまったのか。それとも天国か。ない、ない。
とにかく落ち着け、落ち着くんだ。早くここから抜け出して、帰ろう。けど帰れるのか。
あっ、車だ。こっちに来る。天の助けだ。あの人にこの場所を聞こう。これで帰れる。
車が目の前に停車して女性が降りてきた。
「おじいちゃん、帰ろう」
おじいちゃん? 何を言っている。引っ張るな。この失礼な女性は誰だ。
「おい、やめろ。おまえなんか知らない。帰れ」
「私は孫のアヤカだよ。忘れちゃったの。認知症だもん、仕方がないか。けどさ、なんでいつもここなの。杜駅に何かあるの。もしかして、また木土駅だって思ってるの」
何? もりえきだと。
どういうことだ。嘘だろう。駅舎の窓に映る老人の顔に血の気が引いていく。本当にぼくはおじいちゃんなのか。認知症なのか。
(完)