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Helltaker妄執譚2

注意だす: このテキストはフィクションです。Helltakerの本編とは一切関係がないし、これに類する描写もありません(なくもない)完全に筆者の妄執による産物であることをご理解ください。(たのんだぞ)

どこへ行くか: 天使様がおわす頃のおはなし

原題: Quo Vadis: Powieść z czasów Michalina

著 矢原ズイ
訳 Avt_Ts8

思い返せば、当時の自分は平々凡々でありました。徒競走でも、徒手格闘パンクラチオンでも、座学でも、何一つ秀でたところはありません。ただ、幸いにして翼の羽や只の目とならずにいられるほどの器量は幸いにして認められている、ただそれだけ。あの日もそうでした。

脚がゴールラインを越えた。先頭集団に大きく離されてのゴールイン。誰かが咎めるほどではないが、誰も褒めてくれることはない。どうして。あんなに頑張って駆けたのに、どうして。額から、鼻先から、顎から、とめどなく流れる汗が足元を汚し暗い染みを作る。どうして――天上から天を仰いだが、その先には何も見えなかった。果てなく続く空虚が自分の未来を示唆しているかのようだった。

今日の教練が終わり、日課の筋トレをしながら宿舎の自分の棚に並んだファイルを見やる。整然と並んだスクラップブックの数々。中は悪魔に関する数多の不確定情報や仮説で埋まり、検証を進めてはいるものの、古い文献ベースでは進捗は芳しくなく、その成果は実を結んではいない。寝台ベッドに横たわる。このまま、自分は何も成しえないのでしょうか。気が付いた時には、目元から一条の涙が伝っていた。

このまま終わるくらいなら――思い切って、教官の熾天使さまに相談をすることにした。身なりを整え、教官控室をノックする。
「入っていいぞ」
言われるがままドアを開ける。そこにはいつも教鞭を手にしている■■■■認知阻害さまの姿はありませんでしたが、代わりに他の熾天使さまがおわしました。
「神妙なツラをしているな。まあ掛けろ」
熾天使さまがグラスを器用にくるりと回され、自分は質素だが座り心地の良い椅子に座る。
「それで、要件は何だ?■■■■でないとまずい件でないなら、何でも話すといい」
「実は、ご相談したいことがありまして」
「ほう」
気のせいかもしれませんが、熾天使さまは少し口角を上げられたように思いました。
「聴こうか、話すといい」
そして自分は悩みを打ち明けました。努力をしてもそれが身を結ばないもどかしさ、何も成しえないのではないかという不安、あとついでに半袖なのに腋汗がすごいことになることも伝えたのであります。

「――ふむ、そうかそうか……」
熾天使さまは何度も相槌 あいづちを打ち、時には「大変だったな」と労いの言葉をもかけてくださいました。腋汗の件については「私はこれを使っている」と制汗剤をいただけたのでよかったであります。
「結局のところ、我々は天使だ。神の意志を代行し、来るべき審判の日に備える。故に日頃からの研鑽を欠かすことは許されない――皆が切磋琢磨し、定量的な評価スコアを出す以上、遺憾ながらお前の望みは叶わぬやもしれん」
予想こそしていたものの、なかなか厳しい指摘。努力をしないと実は結ばないでありますが、努力をしたところで実を結ぶとは限らないものであります。

「だから、そうだな……だから、君は自分にしかできないことをするんだ。さっき話したスクラップブック、今はまだ未完成だが、いずれそれが大成する日も来るかもしれん」
ふと、目頭が熱くなりました。自分の研究はまだ未完成、遺憾ながらデータを拾い集めただけの堆積物でしかありません。ですが、熾天使さまはこれに期待してくださった。これまでの苦労は無駄じゃなかった。そう思うだけで心がスッと軽くなった気が、そんな気がしたのであります。
「励めよ、未来の大天使。どこへ行くか、それを見失うな」
「ありがとうございます!」
自分は深く頭を垂れ、その場を後にしたのであります。

終末の到来はいつ来るとも知れず、天使は何よりも早くその報せを出さねばならない。ゆえに天使たちは定期的に長距離偵察哨戒パトロールの訓練を行う。実際の状況を想定し、悪魔の妨害をかいくぐって時間内にできるだけ多くの場所の偵察記録をつけるのである。
今回の状況はかなりハードなものを想定した。道程のあちこちは大岩で塞がれ、ひとたび悪魔の眷属に見つかれば、壁に叩きつけねば倒すことも能わぬ。不慮の事故を避けるため、教官を務める熾天使たちは戦車チャリオットで偵察哨戒のパトロールまで行うほどだ(今思えば、本末転倒のような気もするであります)。そして訓練開始から90分、終了を知らせる喇叭ラッパが3度響いた。

訓練に参加した天使たちが整然と並ぶ。提出された偵察報告書レポートを評価し終えた教官が口を開く。あれは――先日相談に乗っていただいた熾天使さまでありますね。
「休め。今回は特別困難な状況を想定したが、よく最後まで健闘してくれた。まずは諸君の奮闘を讃えたい。」
パチパチと教官たちから拍手が飛ぶ。この熾天使さまは人の心、もとい天使の心に入り込むのが妙に上手い、とひとり感心したであります。
「そして今回、最も詳細な報告をした者を発表しよう。君だ」
目と目が合う。思わず一歩前に出た。
「彼女はこの短時間で全域の調査と記録を達成した。驚くべきことである」
天使たちから、おおと感嘆の声が上がる。
「紛れもなく最優秀評価、A+待ったなしだ。そこで問いたい。いかにして成しえたのだ?」
恐る恐る、自分は口を開く。
「それは――」

会場が凍り付く。教官たちの目が先ほどまで講評していた熾天使さまに注がれる。
「た、確かに私は、自分にしかできないことをしろと言ったが、しかし……教官の戦車に便乗していただと!?」
「正確には便乗と言うより、後部荷台にしがみついたのであります。」
毎日の筋トレが功を奏したであります。にこりと笑って答える。熾天使さまが身じろぎをすると、普段以上に力強く教鞭を手にした■■■■殿が熾天使さまの耳元で何かを囁き、今回の訓練は終了。無事に解散の流れとなったであります。

こうして自分はこの表彰を機に頭角を現し(もちろん本当にツノが生えたわけではないでありますよ!)、探求天使の任を与えられて地獄の奥底への探索と研究許可を賜ったのであります――
「うーむ、すごい!まるでアクション映画のヒーローだな」ヘルテイカーは感心した。
「そういえば天使が攻め入ってくることはありましたが、普通に道を聞いてきたのは貴女だけでしたね」パンデモニカは回顧した。
「あたしのはなしをちゃんと聞いてくれるしね。そういえば――」モデウスは猥談をはじめた。
「ボクたちにおやつくれたし」ケルベロスたちはすっかり飼いならされていた。
「アタシんとこじゃ、掃除の手伝いやってくれたな」マリーナはさり気なくゲーム仲間を褒めた。
「ウチは……まあ別に警備とかしてねーし」ズドラーダはくるくるとタバコを巻いた。
やいのやいのと悪魔たちが盛り上がっている中、ひとりだけ眉間にシワを寄せていた。
「余は――」
言いかけた瞬間、洗濯機からピーッと電子音が鳴る。脱水が終わったのだ。ルシファーが洗濯機から視界を戻すと、面倒をきらう悪魔たちはことごとくいなくなっていた。――彼女と彼を除いて。
「それでは、干すのをお手伝いするであります」
仕返しは、別に今すぐやらなくてもいいな。彼女はそう思った。

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