『~Do my best~じゃ意味はない』の歌詞を読む。
この曲が出たとき、みんなこう思った。
「メンバーはみんな元から努力してる」
「努力してる姿を見るのが好きなのに、意味がないとはどういうことだ」
「結果=金 か?そうなのか?」
「薄汚い犬!資本主義の豚!」
「拝金主義者め!」
「アウトロが長すぎる」
「ポカリのみたい」
「れんたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」
別に、それはそれで間違ってないと思う。
アイドルは過程が大事なんだそれが個性なんだと散々言っておきながら、
(真意はどうあれ)結果主義的な歌を歌わせるのはどうかしてるし、
それを「面白い」の一言で片づけ、人の心をオモチャにしたがる精神はとても醜い。
だから、僕がこれからここに書くこの歌の解釈は、
単なる「なぐさめ」だし、「負け犬」の理論かもしれない。
でも、この曲と付き合っていく上で、
そんな風に考えられたら、ちょっとは楽になるかな?と思ってもらえたら、
それは、なぐさめにも意味があったということになるのかなと思う。
まず第一、よくよく考えてみたら僕は「精一杯やりました」と簡単に言う人間が嫌いだ。
なぜなら、そういう奴から精一杯を感じたことがないからだ。
お金がなかったのでCD買えませんでした~「でも精一杯頑張ったんです!」
って言われても、お前昨日スタバでコーヒー飲んでただろと言いたくなる。
カップラーメンを食え。30分お湯につけて無理やり大盛りにしたやつを食え。
毎日食え。
そこまでしたんなら、精一杯って言ってもいいだろう。
でも、実際にはそんな人はいない。
だって、本当に精一杯やった人は、
「僕は精一杯やりました」とは言わないからだ。
冬のマラソン大会、途中で走るのをやめた人は、
過呼吸になりそうなくらいしんどそうなのに、
ゴール出来た人たちが皆、余裕そうな顔をしているのを見たことがある。
それを見て人間の体力にはこうも違いがあるのか!
と思った人がいるかもしれない。
でも、それは体力に差があるってだけじゃなく、
人間というのは、途中がどんなにつらくても、ゴールしてみると、
「あ~もうちょっといけたな」なんて思うものなのだ。
という景色を思うだけでも、この曲のイメージはだいぶ変わると思う。
だから、do 「MY」 bestには、意味がないなんだ。
do your bestじゃない。
誰かが勝手に「君の努力に意味はなかったよ」って言ってるわけじゃないんである。
自信がないことに挑戦しようとするとき、
手を挙げて「できます」と「やります」と声を上げるのは本当に難しいと思う。
そんなとき、「精一杯頑張ればいいか」なんて思っていたら、きっと手は上げないだろう。
自分なりにやりますでは、思っている以上の成果なんて出ないだろう。
*******************
声なんか出したくないよ
自分だけの問題だ
どう思っているのか
どうしようとしているのか
僕は心の中で呟いていた
do my best!
何回も 呪文のように
*******************
この曲のAメロは本当に静かに始まる。
声というのは、助けのことだろうか。
「自分だけの問題」だという意識は結構自分を苦しめる。
ほんとにね。
それから、何回も全力を尽くすって言ってみるんだけど、
それ自体すごく苦しいことだと思う。
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全力 やってみるけれどできるかわからないだろう
Excuse 初めから逃げるのか? そうだ
僕なりに頑張ってみるけど自信はないんだ
Excuse言い訳に聞こえるか?
ベストを尽くすって言葉
それだけなら誰でも言えるさ
結果出さなきゃ意味ない
*******************
できるかわからないことに挑戦し続けなくてはいけなくて、
かと言って結果がいつ出るのかもわからなくて、
ていうか、この努力が結果に結びついているのかどうかもわからなくて。
そんな中頑張り続けるのって、すごく苦しいじゃん。
なのに、「頑張ります」は意味ないんだよね。
そう言われたらすごく悲しいけど。
自分自身、やってみるじゃなくて、
「絶対にできる」って思っていなくちゃいけないんだなって思う。
やってみる!だけだと、
ただひたすらに取り組むだけになってしまうけど、
「できる」と思っていれば、
それは、努力というより、やるための方法を考えるだけに過ぎなくなる。
それってめちゃめちゃ大きいことじゃない?
できるかわからないけどやってみよう!
よりも、
できるから、どうやってやるかを考えよう
の方が絶対に成功率が高いと思うの。
だから、この歌の主人公は、このサビを自分に言い聞かせてるんだと思うな。
*******************
頑張って偉かった 踏ん張ってよくやった
(Yes!) そんなの慰めだ
(yes!) そんなの負け犬だ
どう思われようと
誰に何を言われようと
僕は自分の力信じたいんだ
do my best!
いつだって唱えてるよ
*******************
むしろ、周りの声はいつも優しいの。
「頑張ってえらかった」
「踏ん張ってよくやった」
って言ってくれる。
でも、振り返ってみれば、もっとできたかもしれないなぁなんて、
自分自身納得のいかない出来になるんだろうな。
だから、そういう甘い言葉に負けないように
「そんなのなぐさめだ」「そんなの負け犬だ」って、自分を鼓舞するんだと思う。
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火事場の馬鹿力を出せ!
思いも寄らないくらい
Energyどこからか湧いて来る
これだ
自分でも想像できなかった潜在能力だ
Energyきっと眠っている
最善以上の奇跡をください
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この2番サビが、この歌のすべてだと思う。
最近はこのサビを聴くと必ずと言っていいくらい泣いてしまう。
たとえ、ピンチの状況に陥ったとしても
ええい、火事場の馬鹿力を出せ~~~!
みたいな気持ちで乗り切れば、
本当にエナジーが沸いていて、
それが自分の潜在能力だって感じられる時があるんだなぁって思う。
ましてやね。
なにかに「成功」するためには、
火事場の馬鹿力とか潜在能力とか奇跡とか
そんなものがいっぱい絶対に必要なんだ。
努力だけでできることってホントに少なくて
いつも、人類はみーーんな火事場の馬鹿力と奇跡によって
成功を勝ち取ってるって思う。
だから、ピンチの時ほど、
この歌の主人公みたいな気持ちで、
運を天に任せるように、
えええええい!って気持ちで思いっきりやってみようよ。
どうせもともと、無理なことじゃん。
「最善」=「自分の精一杯」
では出来なかったことが「奇跡」よって叶う。
そのためには、自分の実力以上を出すくらい
「できるはず」って思い込みが必要なんだなぁと思う。
なんか、言葉にすると安っぽいけど、
心から思うよ。
*******************
諦めちゃってるような感じ
無理してみたって同じさ
ちゃんとやらなきゃしょうがない
ちゃんとやったらうまくいく
*******************
「do my best!」は「諦めちゃってる感じ」がするって。
でも「ちゃんとやらなきゃ」って気持ちは「ちゃんとやったらうまくいく」
って「自信」に繋がる。
そう。
だから僕はこの曲は、自分で決めた枠に閉じこもって、自信がなくなっちゃった人が、
自分の殻を破るために、自分自身に頑張れ!負けるな!って言ってる歌だと思う。
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