加賀屋と私と早大生とカシラ
昨年の夏、仕事帰りにふらりと加賀屋早稲田店を訪れてみた。奥のほうにあるカウンター席に腰掛ける。
通常、私が加賀屋で晩酌するときは、煮込みか串焼きかのどちらかを肴のメインに据えることになるのだが、この早稲田店には「かしらニンニク和え」という、食べごたえがあり酒のすすむ逸品があり、これも当然メイン候補に加わってくるので、注文の組み立てのバリエーションが一段階広がることになる。なお、加賀屋の中でもかしらニンニク和えを置いている支店は少なく、ぱっと思いつくのは、築地店と、神保町の加賀亭みなみ(このアレンジ強めの店名の支店についても、いずれ掘り下げないといけない)くらいだ。
この日は散々悩んだ末、かしらニンニク和えをメインに、小皿料理と串焼き数本、という早稲田店ならではの陣形を敷いた。あわせるドリンクは、これまた加賀屋での取扱いが極めて珍しい泡盛の水割り。強烈なニンニクの風味でカオス状態になった口内を、さわやかな飲み口の泡盛が洗い流す・・・ちょっと他の加賀屋では味わえない楽しみだ。
泡盛を飲んでいるうちに串焼きが届く。そこで気づいた。あっ、にんにく和え頼んでるのに、いつも加賀屋で飲むときのくせでカシラ頼んじゃったよ!目の前に並んでいる肴の半分以上がカシラという緊急事態。意味もなく、串から2つほどカシラを外して、にんにく和えの皿に投入して混ぜてみるが、それで事態を打開できるわけでもなし・・・とにかくカシラに前向きに向き合っていく他ないだろう。
晩酌を楽しみながら、なんとなく周囲を見渡す。見事なまでにおじさんしかいない。この店は東京メトロ早稲田駅のほど近くに立地しており、メインの通りからほんの少し奥まった場所にあるとはいえ、店のすぐ横を毎日万単位の早大生が通る。普通に考えれば、いくつかのサークルの溜まり場になっていてしかるべき立地だ。なのに、なのに・・・見事なまでに店内にはおじさんしかいない。早大生、ゼロ。
早稲田駅周辺で、学生客に頼らず経営の成り立っている居酒屋は、私の知る限り極めて少ない。それだけ学生以外の地元客に愛されているということなのだろうが、この学生のいなさ具合には、何か異様な感じを受けもする。特に早大生なんて、こういうざっくりした雰囲気の店、好きそうなイメージなのに。
なぜ、早大生は加賀屋に寄り付かないのか。なぜ、インカレサークルのコンパ会場になったりしないのだろうか。泡盛を水割りからロックに切り替え、まだ数切れ残っているカシラをつまみながら考えてみたが、どうもすっきりした結論は出ない。ああだこうだと考えているうちに、泡盛を飲みすぎたかすっかり酔いが回ってきた。これは潮時だと会計をもらう。
店を出ると、通りの狭い歩道はやはり駅に向かう早大生で埋め尽くされていた。彼らに向かって心の中で問いかける。なぜ加賀屋で飲まない?こんなに素敵な名店が君らのすぐ側でいつでも優しく手招いているというのに、なぜ暖簾をくぐらずにいられる?なぜ素通りできる?なぜなんだ?
完全に酩酊していた。そして、気づくと、私は大通りを歩きながら、早大校歌の替え歌を小声で口ずさんでいたのだった。最後のフレーズを、何度も何度も繰り返し。
かーがやっ かーがやっ かーがやっ かーがやっ かーがやっ かーがやっ かーがやー!
目の前を歩いていた早大生と思しき青年が、振り返って、怪訝そうに私のことを一瞥した。どうも気づかぬ間に歌声が大きくなっていたらしい。なんだか急に恥ずかしくなった私は、改札に向かう歩みをぐっと速めたのだった。