加賀屋島田店の閉店
加賀屋島田店が2021年5月をもって閉店したという。私はこのことをTwitterで知った(コロナ禍の発生以降、私は定期的に「加賀屋 閉店」でTwitter検索をしている)。今となってはアカウントが非公開になっているため詳細不明だが、お店のInstagramでもコロナ禍で経営状況が厳しい旨の投稿があったようだ。
島田店は、静岡県のJR島田駅前にあった関東以外に立地する唯一の支店で、加賀屋ファンにとっては「全店制覇における最大の障壁」として知られていた。私も加賀屋巡りを始めてしばらくして、この孤島のごとき支店の存在を知り、いったいどんな雰囲気なのだろう、客層は東京の支店と比べてどうなのか、メニュー構成は・・・などとあれこれ想像を膨らませていたが、加賀屋のみを目的に静岡の地方都市を訪れるのはさすがにハードルが高く、島田店は私の脳内で長らく蠱惑的な幻影のような存在だった。
2019年の夏、友人に静岡県内で行われるライブに誘われるという形で、突然島田店訪問のチャンスが訪れた。即座に静岡行きを決めたが、その時の私の心境は「やっと島田店を訪れる口実ができた」だった。正直、ライブ自体にそれほど強い関心はなかったが、これを逃したら、次のチャンスはいつめぐってくるかわからない。
ライブ前日の午前に単身静岡入りし、掛川花鳥園で放し飼いになったインコ達と至福のひと時を過ごした後、17時ころに満を持して島田に到着した。駅の周辺を30分ほど練り歩いたが、想像以上に閑散としていて、飲食店もありふれたチェーン店が2店舗ほど目に付くばかりとごくわずか。加賀屋は、その閑散とした駅前の雑居ビル2階に立地していて、「10~15軒くらいの飲み屋・スナックが集まったエリアに立地するシブい一軒」的佇まいを勝手に想像していた私には意外に感じられたが、これはこれで加賀屋の存在感が際立つ仕掛けになっているようでうれしく感じた(地元の人には何の感情も惹起させない風景だろうが)。
開店と同時に暖簾をくぐる。雰囲気はとにかく加賀屋そのもので、都内の支店とトーンの違いはほとんど感じられない。あえてテイストの近い支店を挙げれば、板橋店だろうか?(でもやっぱり違うな)。開店直後からどんどんお客さんが入ってくる。しっかり地元に根付いた繁盛店なのだ。
瓶ビールと煮込み・串焼きで飲み始めたが、煮込みにせよ串焼きにせよちゃんと加賀屋クオリテイで旨い(都内の最高クラスの支店より味は落ちるが、それでも十分すぎる旨さだった)。そこからは自分が静岡にいることを忘れてしまうほど圧倒的に「いつもの加賀屋での晩酌」で、実のところ注文した肴や味のことを細かく記憶しているわけではない。だが、相当に酔っぱらって店を出た時に、なんとも言えない感慨で胸が満たされたことだけは覚えている。楽しい夜だった。
その加賀屋島田店が閉店した。私は加賀屋について人に話すとき、「実は静岡県にも支店があるんですよ。ガチの加賀屋ファンは聖地巡礼のためにわざわざ静岡を訪れるんです」と、この特異点のような島田店のことをよくネタにしていた。これからは「静岡に支店が『ある』」と話すことができなくなる。胸にぽっかりと穴があいたような気分だ。