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思い出の町ワンダーランド②

 訪れたこともない町を夜に友達と出歩く、というのはありそうでない経験だ。私の頃はスマートフォン黎明期でありまだ手持ちの端末で地図を見ながら目的地を目指すという習慣は無かった。(私たちだけかもしれないが)しかし、その端末がないからこそ、よりその町を歩くことの冒険感が助長される。
 そうそう、楽しみもそこそこ私とドンキーは先輩からお使いを頼まれたのだった。お使いの内容は【ゴム】。私たちは夜の町の散策を堪能する傍ら、自分たちに課せられた任務を思い出す。そんなこんなで薬局に到着する。
 あたりは真っ暗だというのに、薬局のライティングはとても激しい。これでもかというくらい輝いている。今までなんでこんなに明るいんだ、地球に優しくないじゃないか、と高校生ながらに憤慨していたが、今なら納得が行く。だって【ゴム】を売っているんだもん。少子化が進む現代社会において、男女の営みを支えるための道具を販売している施設だ。これくらい分かりやすくするのが良いだろう。
 2人で入店するとやはり眩しい。薬局は床が白く天井がガラス張りになっていたためより神々しかったのを今でも覚えている。眩しさに目がなれず不意に目線を真上にそらす。天井にはこじらせた童貞とゴリラに似た童貞が写っていた。一瞬で視線を戻し、私たち2人は重大な問題を有してたことに気づく。この問題について、ドンキーが先に言及した。

「なあ、ゴムってこの薬局のどこに売ってるんだ…?」

 確かにそうだ。当時から薬局が販売しているものの幅広さには目を張るものがある。薬だけではなく、日用品から生鮮食品までなんでも売っている。よくよく考えてみればゴムだって薬じゃないじゃないか。
「調べる…か…?いやっでも…」
 と私が続けた。さっさとスマホで調べれば一発で解決じゃないか、と読者の皆様はお考えだろうが、何を言おう当時の私たちは高校生である。私とドンキーは【ゴム・薬局・どこにおいてある】と端末に打ち込むことは男として屈辱的な行動だとの共通認識を持っていた。これを調べてしまえば男としての格が廃る。なんとしても手探りで見つけ出してやろうぜ…!私とドンキーとの間でさらに熱い友情が芽生えた瞬間だった。

 なんとしてもこの薬局から男女の営みに欠かせぬ薄い壁を見つけるべく、我々は視線を上げて商品棚のカテゴリーが書いてあるプラカートを見つめる。【風邪薬】【台所用品】【サプリ】【精肉】【野菜】こんなに分かりやすい表示がすぐ上にあったなんて。目から鱗だ。あったまいい!こんな案内があるならすぐにみつかんじゃん!嬉々としてプラカードを次々に見ていくが【ゴム】の文字が見つからない。なぜだ。
「なんかゴムって直接的には書かないんじゃない…?」
 ドンキーがいう。
「じゃあゴムがおいてありそうなコーナーをこの中から連想しなければいけないってことか」
 確かにそうだ。いくら男女の営みに必要だとしても存在を大っぴらにしていいものではない。薬局には小さな子どもだってお母さんお父さんと一緒に訪れる。子どもが「ままぁ、あのゴムってなぁに?輪ゴム?」と澄んだ瞳で語りかけてきたらいたたまれない。なるほどそういう配慮のもと、表示されていないんだなと頭の中で整理する。じゃあ、どこだ?ゴムがあるのは。分からない。全国統一模試で偏差値70を記録している私たちにも想像がつかない。私たちはいかに自分たちが無力で、学校で習っているものの知識が浅いものかを思い知った。今、私たちは高校生にもなって満足に薬局で買い物もできないのだ。天井には困り果てた童貞2人が写っている。重っ苦しい空気に風穴を開けるべく、ドンキーが口を開く。
 「精肉コーナー…じゃない?」

 私は「何を言っているんだこいつは」という顔でドンキーを見た。そんなわけないじゃないか。お前は一体今まで何を学んできたんだ。精肉コーナーに例のブツがおいてあるわけがない。いや、待てよ?生物の生殖行為は肉体と肉体のぶつかり合いだ。行為に及んだことはないが、その行為がどのように行われるかは高校生にもなると知っている。不思議と9割9部の男子高校生が知っているのだ。その行為を想像すればするほど、ゴムが精肉コーナーにおいてあるのは自然の摂理だった。なんだ、こんなに世界は単純だったんだ。私とドンキーは事件を解決した後の名探偵コ○ンのエピローグのような雰囲気を醸し出しながら軽い足取りで精肉コーナーに足を運んだ。

………ない。

 対して広くもない精肉コーナーを何周しても求めているブツは見つからなかった。当たり前であるが。悔しかった。私たちはまた振り出しに戻り、精肉コーナーで暗い面持ちで作戦会議を再開した。


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