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伝説の支店長が総務部長となり大改革

「支店経営の極意」執筆のはじめに

私は約25年にわたる金融記者生活を通じて、多くの支店長や銀行員たちと語り合い、彼らの姿勢や信念に触れてきました。その中でもひときわ心に残る人物がいます。彼との出会いが、私の価値観を揺さぶり、銀行員という職業の本質を見つめ直すきっかけを与えてくれました。

その人物は、あるメガバンクの支店長として私の前に現れました。初めて取材訪問した際、彼は私を迎え入れるなり、こう言ったのです。
「お客様を感動させる支店を創ること。それが私の目標です。」

その言葉に、私は深く驚き、胸を打たれました。当時、ほとんどの支店長たちが「地域ナンバーワンの支店を目指す」や「顧客満足度の向上」といった、自己評価や業績向上を最優先する目標を掲げていました。しかし、彼は違いました。彼の言葉の中には、常に「顧客そのもの」に寄り添う姿勢が感じられたのです。その信念こそが、彼を特別な存在にしていました。

その後、彼は支店長として数々の成功を収め、やがて本部の総務部長に抜擢されました。そして、その新たなポジションでも、彼のリーダーシップは輝きを放ちました。特に彼が総務部長として取り組んだ組織改革の実績は、今もなお語り草です。そこで私は、このエピソードを通して「支店経営の極意」を伝え、未来の銀行員たちへとバトンを渡したいと考えたのです。

総務部改革の始まり

彼が総務部長に就任した当時、本部の総務部は深刻な問題を抱えていました。総務部は、銀行内でも数百名規模の部門で、株式管理、不動産運営、店舗管理、受付、警備など、業務範囲は多岐にわたります。しかし、その広範な業務にもかかわらず、総務部全体の雰囲気は沈滞しており、部内の風通しも非常に悪かったのです。

特に目立ったのは、長年同じ業務に携わる古参の行員たちが幅を利かせ、部全体の新陳代謝を妨げているという状況でした。「過去のやり方」を盲信し、新しい発想を拒絶する空気が、総務部の改革を阻んでいたのです。また、彼らの「傲慢な態度」は業者や支店の行員に対する関係性にも影響を及ぼし、総務部そのものが「銀行内の厄介者」とさえ言われる始末でした。

その状況を見た彼は、改革を決意します。そして、まずは総務部員全員を集め、彼らに問いかけました。
「私たちの“お客様”は誰だと思う?」

部員たちはその質問に戸惑い、明確な答えを返せませんでした。その時、彼は静かにこう言ったのです。
「総務部には三人のお客様がいる。その一人ひとりを大切にすることが、我々の仕事だ。」

総務部長として着任した彼は、部員たちを前に「総務部のお客様は誰か?」という問いを投げかけました。突然の質問に戸惑い、誰一人として明確な答えを出せなかった総務部員たち。そこで彼は、静かにしかし力強く、「総務部には3種類のお客様がいる」と語り始めました。この瞬間が、総務部改革の第一歩となる、重要な布石でした。


1人目のお客様:「銀行のお客様」

「総務部の最初のお客様は、銀行のお客様です」と彼は語りました。銀行を訪れるお客様が、どれほど気持ちよく過ごせるかは、営業現場だけでなく、総務部の仕事にもかかっていると続けます。総務部の役割は、行員が最高のサービスを提供できるよう、店内の環境やサポート体制を整えること。清潔感あるロビー、使い勝手の良い設備、そして安心感のある空間――これらは総務部の力があって初めて実現します。

彼の言葉は単なる理論にとどまりませんでした。「お客様が支店で感じるすべてが、総務の仕事の成果を反映している」と語り、これまでの総務部が顧客目線を欠いていたことを鋭く指摘しました。彼の考えは、「銀行の顔」としての支店の存在感を最大限に引き出すことを求めるものであり、ロビーのインテリアから受付窓口の動線に至るまで、細部にまでこだわりを持つよう指示が出されました。


2人目のお客様:「行員」

続けて彼が挙げたのは、総務部の支援を受ける「行員」です。「支店で働く行員一人ひとりが円滑に、効率よく仕事ができる環境を整えることが、総務部のもう一つの重要な役割だ」と彼は強調しました。

その一例が、事務機器や備品の管理体制の見直しでした。これまで支店では、必要な備品が不足するたびに担当者が煩雑な申請を行い、総務部とのやり取りに時間を浪費していました。この仕組みを徹底的に見直し、行員が簡便に必要な物を調達できるシステムを構築。また、店舗間で効率的に備品を共有する仕組みを導入したことで、在庫管理の無駄が大幅に削減されました。

彼のアプローチは「現場ファースト」の理念に基づいていました。行員が「仕事に集中できる時間」を最大化することこそが、銀行全体の顧客満足度を向上させることにつながる、という確信があったのです。


3人目のお客様:「出入り業者」

「そして3人目のお客様は、我々の業務を支えてくれる出入り業者の方々です」と語ったとき、多くの総務部員は驚きを隠せませんでした。長年にわたり、業者を「指示を出すだけの存在」と見なしてきた総務部員にとって、彼の言葉は新鮮で、同時に衝撃的でした。

「業者様には2回、必ず頭を下げなさい」と彼は指示を出しました。1度目は来訪時に、「日頃は◯◯支店が大変お世話になっています」と丁寧に感謝を伝えること。2度目は退店時に、「本日はありがとうございました。これからも◯◯支店をよろしくお願いします」と礼を尽くすこと。こうした姿勢を徹底することで、業者の士気が向上し、結果的に業務の質が向上したのです。

特に清掃業者との関係性改善は、劇的な効果をもたらしました。これまで業者にアゴで指図をするだけだった総務部員が態度を改め、感謝と敬意を持って接するようになると、業者側も驚くほど丁寧かつ迅速な仕事をするようになりました。この変化により、支店の清潔感や使い勝手が飛躍的に向上し、お客様や行員の満足度にも直結したのです。


「お客様は3人いる」の哲学がもたらした影響

この「お客様は3人いる」という考え方が総務部員に浸透するにつれ、総務部の仕事に対する意識が大きく変わっていきました。これまで「陰で支える部門」として表に出ることの少なかった総務部が、銀行全体の顧客体験や業務効率に直接寄与する重要な部門として再認識されるようになったのです。

改革の結果、総務部員の意識改革が進み、部内のコミュニケーションが活性化。部員たちが自主的に業務改善案を出すようになり、以前は考えられなかったような斬新なアイデアが生まれるようになりました。こうした取り組みは、他の部門にも刺激を与え、銀行全体の企業文化をも変革する大きな波となりました。

このように、彼は総務部の役割を再定義し、部員たちに「自分たちの仕事の意味」を考えさせました。しかし、彼の改革はここで終わりませんでした。次に取り組んだのは、組織の根本的な構造改革でした。

他の組織を巻き込んだ大胆な改革

「3人のお客様」の哲学を基盤とした総務部長の改革は、総務部内だけにとどまりませんでした。彼は銀行全体の組織文化に変革をもたらすべく、他部門との連携を強化し、全社的な視点での取り組みを進めました。以下は、具体的なエピソードとその背景にある考え方を詳しく述べたものです。


1. 人事制度の見直し:過去に縛られない組織へ

彼は人事部と連携し、総務部に配属される人材選びを抜本的に見直しました。その中核となったのが、「過去の総務部経験者を再配置しない」という一見、異例とも思える方針です。この方針の背景には、「過去の成功体験や慣習が、組織の進化を阻む」という彼の強い信念がありました。

総務部は、時として古株の部員が「これまでこうやってきた」と過去のやり方を押し付け、新しいアイデアやチャレンジを拒む傾向がありました。これにより、部内の空気が停滞し、若手や新規配属者の意欲が削がれる場面も少なくありませんでした。そこで彼は、総務未経験であっても新しい発想を持ち込みやすい人材を優先的に配置し、風通しの良い環境を整備しました。

例えば、かつて営業畑で活躍していた若手社員を総務部に配置したケースでは、その社員が「営業店視点でのバックオフィス改善案」を提案しました。具体的には、「営業店で行員が日々感じる不便」を解消するために、オンラインツールを導入して申請業務の煩雑さを一挙に解消。この取り組みは、支店からも高く評価され、全店展開される成果を生みました。


2. 自己査定制度の導入:主体性を育む仕組み

総務部員が自らの仕事を「振り返り、考える」機会を作ることも、彼が重視した改革の一環でした。それが、「自己査定制度」の導入です。部員に対し、自分がどのような業務を担い、その仕事の意義や成果をどのように捉えているかをレポートにまとめさせました。また、その上で「現状の問題点」や「改善案」を提出させる仕組みを構築しました。

この取り組みの目的は、単に業務を評価することではなく、部員一人ひとりが「自分の仕事を主体的に捉え、改善を考える」文化を醸成することにありました。

例えば、ある部員が「備品管理の在庫が適切に把握できていない」という問題点を指摘し、改善案としてバーコードシステムを提案しました。これにより、煩雑だった在庫管理が一気に効率化され、全支店への備品供給スピードが向上。同時に、支店側の負担も軽減されました。部員たちは、この成功を通じて、「自分の提案が組織全体に影響を与える」という実感を得て、次なる挑戦への意欲を高めました。


3. 予算の最適化:無駄を排し、価値を創造する

彼が特に注力したのが、予算のスリム化です。総務部は多額の経費を管理する部門でありながら、従来は「使うことが前提」とされてきました。これを変えるため、彼は「本当に必要なことに重点的に予算を投じる」という方針を掲げました。その具体例が、清掃作業と節電に関する取り組みです。

まず、清掃作業では、顧客が目にするロビーや窓口エリアを最優先し、バックヤードや倉庫などのエリアは清掃頻度を下げる「ランク付け」を実施しました。この方針をもとに、清掃業者との契約内容を見直し、適正な価格でサービスを受ける体制を整えました。この結果、清掃コストを30%削減しつつ、店舗の見た目の清潔感を維持することに成功しました。

また、節電においては、総務部が全支店の電気使用量を把握し、各支店に数値を公開することで、節電意識を全社に浸透させました。特に効果が大きかったのが、「使用頻度の低い会議室の照明を必要な時だけ点灯させる」といった具体的な施策でした。この徹底した管理により、全店の電気代は年間で億円単位の削減を達成。この成果は、総務部員のボーナス評価にも反映され、部員たちの士気向上につながりました。


改革の根底にある考え方

これらの改革の根底にあったのは、「総務部が銀行全体を動かす原動力となる」という総務部長の哲学です。彼は、総務部の仕事を単なる裏方業務とせず、銀行全体の競争力を高めるための重要な基盤として再定義しました。この考え方が部員に浸透したことで、総務部は「支えるだけでなく、変革を推進する部門」として位置づけられるようになりました。

さらに、彼は部員に対し、「自分たちの仕事の影響力を意識しよう」と繰り返し説きました。例えば、節電一つとっても、全店で取り組むことで億単位のコスト削減を実現し、それが銀行全体の収益向上に直結する。このような大局的な視点を持つことで、部員たちの意識が「細部の改善」から「全社的な価値創造」へと変わったのです。


成果と影響:銀行文化全体の変革へ

この「3人のお客様」の哲学に基づく取り組みは、総務部だけでなく銀行全体の文化にも波及しました。例えば、総務部が先導した節電や清掃のランク付けは、他部門にも「自分たちの業務に無駄はないか」を問い直すきっかけを与えました。また、自己査定制度の導入により、他部門でも「自己評価」を行う仕組みが導入され、組織全体に主体性が芽生える文化が広がりました。

こうして総務部が発信した改革の波は、銀行全体を巻き込み、「効率性」と「顧客満足度」の両立を実現する企業文化へと変革を促したのです。総務部長が巻き起こしたこの一連の改革は、単なる部門改革にとどまらず、組織全体の未来を照らす灯台となりました。

いかがでしたか?伝説の支店長は、本部に配属されてからも伝説を続けていました。
本部経験のない彼が総務部で辣腕を発揮できたのは、持ち前の好奇心と部下に青天井で仕事に臨ませ、後押しする姿勢があればこそです。

順番が前後しましたが、彼を含めて、筆者が取材した数多の支店長の「支店経営の極意」をお届けします!

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