[清水量子の解説]第3章 要請(公理)
第3章は、量子力学の「理論に対する5つの要請」の説明です。
「要請」とは、数学で言えば、「公理」に相当します。
ただ、数学と違うのは、公理の肯定・否定が、実験で定まる
ということです。
ここでは、「要請」と、それが定まる実験事実(思考実験を含む)
との関係を書きます。
この本で扱う量子力学
章題の「閉じた有限自由度系の純粋状態の量子論」です。
基本変数は、「点」の位置や運動量であり、
それを正準量子化したものです。
これが、無限自由度系で基本変数を「場」とし、
それを正準量子化したら「場の量子論」となります。
「第2量子化」という言い方は間違いです。
(波動関数は「場」ではない)
数学的定義
ベクトル空間:
1つの元は、要素をn個組みにしたもの(n≧2)
元の定数倍(0倍も含む)と和も、新な元となる集合。
これを、元の定数倍と和が成す(張る)ベクトル空間と呼ぶ
例えば、要素が有理数なら Q^n 要素が複素数ならC^n
この元を「ベクトル」と呼び、縦ベクトル v は|v>と書きます。
尚、元は独立な変数のm次式でもよい(m≧1 要素はm+1個)
元の例: x^2 - 3x + 1
ヒルベルト空間:(完備内積空間)
ベクトル空間に「元の内積」を定義し、その集合が完備
であるもの (要素が有理数なら完備ではない)
例えば、R^n や C^n
ベクトル v1,v2 の内積は <v2|v1>と書きます。
内積の導入により、ベクトル v のノルム(長さ)=√{<v|v>}
や完全直交系、以下の射影演算子とかが定義できます。
射影演算子:
作用対象のベクトル |ψ>中の |a>成分の値(内積)をαとすると
|a><a|ψ>=α|a>
この |a><a|を、射影演算子と呼ぶ
理想測定の定義
対象系の物理量Aに対する測定で、測定値が
Aについてただ1つの「値」が出る測定で
誤差のない(誤差が無視できる)測定をいいます。
(測定する物理量がAとBなら、測定値はそれぞれ1つずつ)
「誤差がない」とは、以下の考察から、
Aの固有値のそのままの値が、測定値になる
ということです。
理想測定から言えること
理想測定での測定値 a の分布を考えると、
同一状態に揃えた対象系(のアンサンブル)において、
古典系の場合、分布はデルタ関数δ(a-a0)1つだけですが、
量子系の場合は、δ関数が複数ある場合(どの値も正しい)
や連続関数の場合(値が連続分布)もあります。
つまり、測定値は、(誤差がないが)相反する値が複数あり
得るということです。
対象系の状態は、「状態の重ね合わせ」が可能な
ベクトル(ヒルベルト空間の元)である とし、
物理量が演算子(正確には自己共役演算子)であって、
測定の前後で、演算子自体が変わらない不変な値
(変わったら、何を測定しているのかわからない)
=固有値が測定値である とする理論構成が考えられます
そう仮定すると、以下の要請1、2が出てきます。
理想測定は、誤差のないただ1つの測定値(=固有値)を得るもの
なので、測定前後が同じ状態(固有ベクトルの重ね合わせ状態)は
あり得ず、測定後は1つの固有ベクトルだけにしかなり得ません。
ということは、どの測定値(=固有値) a になるかは対等であり
測定毎にバラつくはず と考えられます。
そして、その確率は、
状態ベクトル中の固有ベクトル|a>の成分の大きさの2乗
つまり、固有ベクトルへの射影の「大きさの2乗」
=||a><a|ψ> |^2 =||a>ψ(a) |^2 = | ψ(a) |^2
とすると、波動関数ψ(a)が、|a><a|ψ>=ψ(a)|a>
として定義され、その確率と整合するので、
これと上記を仮定すると、要請3(ボルンの確率規則)
が出てきます。
要請3(ボルンの確率規則)は、測定後の状態については
何も言っていませんが、
理想測定直後(時間発展が無視できる間)を、もう1度、
測定すると同じ測定値が得られるという事実から
測定した後の状態は、その測定値=固有値に対応する
固有ベクトルだけになると言えます。
(誤差のない測定値=固有値を1つだけを得るので)
したがって、測定前の状態ベクトルは、
「測定した後と同じ1つの固有ベクトル」であるか、
「対象物理量の固有ベクトル全ての重ね合わせ状態」かです。
これから、以下の要請5(射影仮説)が出てきます。
5つの要請(公理)
要請1: 純粋状態
量子系の純粋状態は、あるヒルベルト空間の規格化された
射線で表される。
ヒルベルト空間の元(ベクトル)そのものではないことに注意
要請2: 物理量
可観測量は、あるヒルベルト空間上の自己共役演算子
によって表される。
自己共役演算子⊂エルミート演算子 である
要請3: ボルンの確率規則
状態|ψ>について、物理量Aの理想測定を行った時、
測定値は、Aの固有値のどれか1つになる。
どの固有値になるかは、一般には測定毎にバラつき
(測定値はどれも対等。どれも正しい)
固有値 a になる確率は、固有ベクトルへの射影の大きさの2乗
=||a><a|ψ> |^2 =||a>ψ(a) |^2 = |ψ(a) |^2
で与えられる。
要請4: シュレーディンガ方程式
状態ベクトルは、この方程式:
ih'∂t |ψ> = H |ψ>
に従って時間発展(ユニタリ発展)する。
(この記事とは、関係ないので取り上げません)
要請5: 射影仮説
測定直前に |ψ>なる状態ベクトルである系
( |ψ>は、固有ベクトルの重ね合わせ状態)
に対し、物理量Aの理想測定を行い、
測定値がAの固有値の1つ a であったとする。
その場合、固有ベクトルへの|a>の射影演算子を
P(a)=|a><a|
とすると、測定後の状態ベクトルは:
|ψ_after> =P(a)|ψ>
で与えられる固有ベクトルただ1つになる。