ナイトクルージング
2020年8月が終わるまだまだ暑かった日
近所のスーパーの駐車場でわたしたちは初めて出会った。
マッチングアプリで出会ったその日から
とりとめのないメッセージのやりとりを始めて一月ほどが経っていた。
今日、〜さんに会いに行ってもいいですか?
車で数時間かけて会いにきてくれたあの日から
全然違う世界に生きてきたふたりが、毎月距離をこえて会うようになった。
わたしの住む街を手を繋いで散歩したり、仕事がある日は送り迎えをしてくれて、スーパーで買い物をしてごはんを作ったり、一緒に風呂に入り、ときにしがみつくように抱き合い、眠った。
でも、付き合ってなかった。
名前のない関係だった。
誰にも理解されないであろう私たち2人の関係はとても居心地が良くて、あたたかかった。
頻繁に連絡を取るような関係ではなかったけれど、会えない時間は互いの写真を送りあったり、連絡がなくても思いあっているそんな不確かな安心感があった。
いつも彼からの連絡を待っていた。
たまにかかってくる電話を、ずっと待ってた。
初めて会ったあの日から、もう半年が経った。
出かける予定のあった2月の金曜日、メッセージが入った。
元気にしてる?今日はお休みだよね?
出かける予定があるけど、お休みだよ。
すぐに返事をすると、着信が入った。
ひさしぶりに耳に溶ける彼の優しい声。
迎えにいくけど、どう?
毎度そうやって彼のリズムで会える日が決まってた。
先月会ったその日はまだ寒くて、青山まで迎えにきてくれた彼の左手は車に乗ってから自宅に着くまでの数時間ずっとわたしの手を握っていた。交差点の信号待ちで求められ、キスをした。
その夜、遅れたバレンタインチョコをあげた。
気持ちを伝えることはできなかった。
日曜日の朝は決まってパンケーキを作った。
微睡むようなゆっくりとした時間を過ごし、リビングの窓を開けた。2月にしては気温の高い春の到来を予期させる晴天だった。ベランダの目の前に枝の伸びすぎた木があって、つっかけを片足ずつ履いてふたりでそれを眺めた。
彼を見送るのはいつもわたしで、その日もいつもの駐車場でぎゅっとハグをし、キスをした。伝えられない思いをこめて、ぎゅっと強く抱きしめた。
次はいつ会いにくるよ
がはじめて聞けなかった。
さみしい たまには連絡してね
言えなくて下手くそな笑顔で見送った。
車が見えなくなるまで手を振った。
いつもと違う気がした。
妙にさみしかった。
その日も、彼を見送ったあとまだ少し温もりの残る空っぽの部屋を眺めながらぼーっとしている間に眠っていた。目覚めると薄暗い夕方の静けさの中に、スケートボードの音が聞こえる。数時間前までの出来事がすべて夢だったかのような気がして、それを遠ざけるようにぎゅっと目を瞑った。
翌日、ベランダから眺めた木の枝は全て切り落とされていた。
もう会えない
なんとなくそんな気がする。
ホワイトデーの今日も君からの連絡はない。
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