【迷3】イチローとキシロー
今年は「衆議院議員総選挙」の年です。
ちなみに。社会科の授業っぽくなりますが。
参議院議員は、解散なしで6年間の議員生活(任期)が保証されています。
その一方で、衆議院議員は4年間の議員生活が保証…されません。
衆議院には「解散」がありますので、法律上は4年の任期がありますが、大抵3年程度で一旦は議員生活を終える形となります。
自分の記憶や勉強してきた中で、今回起こるだろう「任期満了に近い形での総選挙」は初めてに近いです。選挙が終わって8ヶ月後にもう一回解散・総選挙という事はありましたが、今回はそれに近いレアなケースです。それに至った理由はいくつも浮かびますが。
ところで。
インターネットを使っての選挙活動が解禁となった今でも、選挙には「三バン」と呼ばれるものが重要です。
一つは地盤。後援組織や支持基盤のことです。『足腰』とも呼ばれます。悪どい事をした議員であっても当選するのは、強固な地盤を持っているからです。大昔、ロッキード事件で一審有罪判決を受けた田中角栄さんは、直後の選挙で22万票という凄まじい得票数で当選しました。2位当選者(当時は中選挙区制)の獲得票数の4倍。バスケで言えば100点ゲームです。それを支えたのは、今でも史上最強の後援組織と称される『越山会』の賜物です。
もう一つは看板。候補者の知名度です。二世議員が簡単に当選するのは「◯◯さんの子供」という七光り的なものがあるからです。子供の名前は知らなくても、親の知名度があれば当選に近付きます。安倍前総理もその一人です。彼のお父様は外務大臣を務めた安倍晋太郎さん。麻生副総理兼財務大臣に至っては、お祖父様が教科書にも載っている吉田茂さん。もっと遡れば大久保利通の末裔です。もっとも麻生さんの場合は、選挙区に自分が経営に絡んでいる『麻生グループ』という企業があるというのが大きな看板なのですが。
最後の一つがカバン。選挙資金です。選挙制度が小選挙区(範囲が狭くなった)となり以前よりお金が必要でなくなった現在でも、やっぱり選挙にはある程度のお金が必要となります。運動員へのギャラを筆頭に、選挙事務所や選挙カー、ポスター代といった必要経費が発生します。何より選挙は無料で出馬できません。事前に「供託金」というお金を国に預ける必要があります。落選した場合、自身の獲得票数が有効投票総数の10分の1を割ってしまうと、国に預けた100万円近い供託金はボッシュートとなります。チャラッチャラッチャ~ン。
当然ながら、不透明なお金のやり取りは某ご夫婦のようになります。御法度です。清き一票をお金で買ってはいけません。有権者が売ってもいけません。
三バンがしっかりしていれば、よく耳にする「選挙に強い政治家」となり、任期満了による選挙だろうと突然の解散劇による選挙だろうと、通常は勝てます。小選挙区制度により、多少の変化は伴っていますが。
しかし、三バンを備えるのは至難の業です。ある程度のお金がなければ立候補すらできません。親族の中に議員さんがいたとしても、その方自身や後継候補に問題があれば、落選する可能性は高いです。選挙区に縁もゆかりもない状態であれば、余程のムーブメントが起きない限り「泡沫候補」で終わってしまいます。(社会党のマドンナブーム、小泉元総理の「刺客」等)
そのような来たるべき大イベントを更に深く語るにあたって、2人の政治家にスポットを当てたいと思います。一人は「中村喜四郎」、もう一人は「小沢一郎」のご両人です。
いずれも与党議員ではありません。片や野党勢力の一員として。一方は長年「無所属議員」として議員生活を送られていましたが、その中村さんが野党の一員となりました。紆余曲折・試行錯誤の上での野党入りだったのでしょうが、自分は「野党議員に『選挙で勝つにはこうすべき』という事を教えに来たのではないか」と邪推しています。
中村喜四郎さんは衆議院議員を14期勤める大ベテラン議員です。元々は某与党議員として、建設大臣等を歴任されています。
そんな中村さんは以前、汚職事件によって容疑者となり議員を失職。そして実刑判決が確定し、刑務所に収監された経験を持っています。普通の人なら次の選挙で当選どころか、立候補すら怖くてできません。ところが、刑期満了後に行われた選挙で中村さんは当選します。以降、政党に属さない身であるにも関わらず一度も落選したことがありません。恐ろしく選挙に強い人です。
中村さんの強さの秘訣。それは「支持基盤の強さ」です。お父様が国会議員であったという「看板」もありますが、それ以上に「地盤の固さ」が物を言わせています。田中角栄さんの後援組織である越山会と同様、中村さんの後援組織である「喜友会」も盤石です。そりゃそうでしょう。田中角栄さんも中村喜四郎さんも刑事被告人です。三バンの一つである「看板」が傷付いたわけです。それでも当選し続けたのは、看板やカバン以上に「地盤」が凄まじく強固なのが理由です。
そのような地盤をどのように作り上げてきたか。
それは、選挙区の有権者を大切にしている点にあります。
選挙用語には『どぶ板選挙』という言葉があります。側溝の板(どぶ板)を一枚ずつ踏んで歩くように細やかな選挙運動をすることを称して、こう呼ばれています。今では以前のようなスタイル(有権者宅への戸別訪問)は禁止されていますので、
・国政報告会といった「ミニ集会」を頻繁に行う
・駅前等での街頭演説を積極的に行う
・選挙区を歩き回って、通りすがりの有権者一人ひとりに声掛けや握手を行う
といった感じに意味合いが変わりました。見た目はとっても地味な選挙運動ですが、コツコツ積み上げると効果が出て来ます。田中角栄さんは、地元有権者の名前は当然と豪語した上で、その方々の家族構成、果ては職業まで記憶していたという伝説が残っています。『得票数=握手をした人の数』がモットーだったそうです。
中村さんは若い頃、田中角栄さんの秘書でした。角栄さんを間近に見てきた事で、選挙に勝つ手段を学んだのでしょう。初当選時から看板とカバンは十分に有していましたが、有権者との触れ合いを緻密に行う事で長きに渡り議員生活を送られています。
小沢一郎さんも同様です。小沢さんも若い頃は田中角栄さんの側近として議員を務めた人物です。選挙に勝つノウハウは十分教え込まれたでしょう。良きにせよ悪しきにせよ「大物政治家」となった現在でも、どぶ板選挙で戦っています。
小沢さんは与党から野党に身を置いて以降、若い政治家に対しては自身の経験から「どぶ板」を勧めてきたと耳にします。しかし、残念な事に成果はイマイチです。若手にとっては「手法が自身のスタイルに合わない」「政治家としてのプライド」等の理由があるのでしょう。結果として野党議員は小選挙区において、なかなか連続して当選できません。比例代表選挙の票数と合わせると与党より得票数は多いのですが、小選挙区で落選する議員が多いので結果的に相殺してしまい、肝心の「政権交代」にまで行かないのが現実です。実際に政権が交代するに至った「1区現象(無党派層の多い都市部での当選者数が多いこと)」という大ブーム以降、小選挙区では与党に勝てない状況が続いています。
野党議員もある程度の選挙資金は持っています。しかし地盤と看板は無きに等しいです。野党議員に多い「弁護士」「元エリート官僚」であれば、それなりに看板の役目にはなるでしょうが、地盤固めが甘いので最終的に落選してしまうのが実情です。小沢さんも悔しい思いをされてきたでしょう。
中村さんが野党入りした理由には、「本人の希望」「与党への意趣返し」といった様々な情報が錯綜しています。繰り返しになりますが自分は「小沢さんが連れて来たのでは?」と憶測しています。小沢さんも選挙に強い人ですが、中村さんには及びません。小選挙区制度で無所属候補が連続当選するのは至難の業です。それを中村さんはやってのけている選挙のエキスパートです。今回こそ「どぶ板」を学んでほしい…小沢さんの胸中にそういう思いがあるのではないでしょうか。
小沢さんは年齢的に若くないです。中村さんも然りです。時間が限られています。今回の選挙は既存のスタイルで挑む議員さんや立候補した方が多いと思いますが、中村さんの野党入りは「次の次」に備える意味があると感じています。
小選挙区では、毎回10万票以上の票を集めて当選しないと「選挙に強い」とは言えません。抜群に強いのは小泉進次郎さんで平均15万票。安倍前総理は12万前後、菅総理も13万近辺と強いです。逆に毎回ギリギリフラフラで当選しているのは某野党の安住国対委員長で平均8万票。辻元清美さんも8万に届くか届かないか。野党党首の枝野さんでさえ、平均10~11万票がやっとです。当然、逆のパターン(足腰の強い野党議員、弱い与党議員)もありますが、地盤が固い人が多いのは圧倒的に「現在の与党議員」です。
ちなみに中村さんは平均9万票前後で当選しています。数字だけでは?ですが、中村さんは何度も言うように無所属議員です。常に与野党が揃って候補者を出す中で、政党に属していない候補が連続当選する。そこが強いと云われる所以です。
野党は口を揃えて「次の選挙は『政権交代』選挙だ」と言っています。小選挙区制はオセロゲームです。一気に情勢を引っくり返す事ができるかもしれませんが、地盤固めが良くないと毎回大激戦で「長いスパンでの政権運営」なんて考えていられません。次の選挙で『只の人』になってしまえば意味がありません。
地盤を固めることで、常に与党と相対する事ができる政党となる。そのために「イチロー」は「キシロー」を呼び込んだのかもしれません。
参考文献:Wikipedia
・中村喜四郎
・小沢一郎
・衆議院議員総選挙
・1区現象