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タイで強化される名義貸し法人取り締まり:適切な準備で安心するために
タイ当局は近年、外国人がタイ人名義を利用して会社を設立・運営する「名義貸し法人」に対する取り締まりを大幅に強化しています。観光業や不動産業などで違法なノミニー(名義貸し)企業が横行し、ニュース報道を見て不安に感じている個人起業者も多いでしょう。しかし、ポイントを押さえて適切な準備をすれば過度に恐れる必要はありません。本記事では、取り締まりを受けた企業と受けていない企業の違い、規制強化の背景と当局の狙い、名義貸しではないと判断される企業の特徴、そして今すぐできる具体的な対応策について、実例を交えながら解説します。
取り締まりを受けた企業と受けていない企業の違い
最近摘発された企業には、明らかにタイ人名義を利用した違法な構造が見られます。一方で、適法に設立・運営されている企業との間にはいくつか顕著な違いがあります。
名義貸し企業の典型例: 2023年にはプーケットのある法律・会計事務所が摘発され、その事務所は自社の社員をタイ人株主に仕立てて外国人向けに会社を70社以上も設立していたことが明らかになりました。このような企業では、タイ人株主は実態がない(例えば法律事務所の社員が名前を貸しているだけ)ため、出資も経営関与も実質的に行っていません。結果として、複数の企業で同一のタイ人が株主になっていたり、低収入のタイ人が不釣り合いに多額の資本金を持つケースなど、不自然な構造が見られます。当局はこうした不自然さを手がかりに調査し、該当する企業を摘発しています。
取り締まりを免れている(合法的な)企業: 対照的に、摘発を受けない企業はタイ人パートナーが実質的に関与・出資している点が特徴です。例えば、日本人を含む外国人がタイで現地法人を設立する場合、信頼できるタイ人共同出資者が自らの資金で株式を取得し、経営にも一定の関与を持つ形であれば、それは合法的なジョイントベンチャーと言えます。タイ人株主が会社の事業に興味を持ち、相応の投資をしている場合、その企業は名義貸しとはみなされません。実際、名義貸しの疑いがあるかどうかは株主の資金力や関与度合いを見て判断されます。タイ商務省の担当官は、一人のタイ人が多数の会社で株主になっていないか、そのタイ人の収入や資産状況がその会社の出資額と釣り合っているかを調べるとしています。つまり、本物のタイ人共同経営者がいる企業(タイ人側も利益配分を受け、役割を果たしている企業)は、構造上摘発対象となる可能性が低いのです。
実例で見る差異: 前述のプーケットの摘発例では、44社の不動産会社、8社の観光会社、14社のサービス業の会社が同じ事務所による名義貸しで設立された疑いが判明しました。これらはいずれもタイ人社員に株を持たせただけで、実際には外国人が運営していた企業です。一方、たとえば日本企業がタイに進出する際によく利用するタイ国投資委員会(BOI)認可や外国人事業許可(Foreign Business License)取得のスキームを用いた企業は、最初から合法的に外国人過半数であることが認められているため名義貸しではありません。また、そうでなくともタイ人側が出資比率51%を保ちつつ、きちんと出資金を拠出して経営参加している企業は、表面的には同じ「タイ人過半数」でも違法性は問われません。このような正当な形で設立・運営されている会社は、名義貸し企業とは区別され、取り締まりの対象にはなりにくいと言えます。
現在の規制強化の背景と当局の狙い
当局がここまで名義貸し法人の取り締まりに力を入れるのには、いくつかの背景と明確な狙いがあります。
不正な外国人事業の氾濫: まず背景として、外国人がタイ人名義で事業を営むケースが各地で急増し、タイの経済秩序に悪影響を及ぼしているという危機感があります。実際、タイ商務省事業開発局(DBD)が2024年3月に発表したところによれば、バンコクやチェンマイ、南部のスラタニやチョンブリなど全国各地で合計419社もの疑いのある会社を一斉調査し、そのうち約75%に追加書類提出を命じるなど本格調査に乗り出しました。さらに観光局や特別捜査局(DSI)も連携し、プーケットだけで追加59社のノミニー疑惑企業を調査するなど、大規模な取り締まりが進行中です。これは決して一部地域だけの問題ではなく、全国的な問題として当局が重く見ていることを示しています。
地元企業・雇用の保護: 当局の狙いの一つは、タイ人の職や正規のタイ企業を守ることです。外国人がノミニーを使って参入することで、不正な価格競争や利益の国外流出が起きると、真面目に営業しているタイ人経営者が太刀打ちできなくなる恐れがあります。例えば、観光業では中国やロシアの業者がタイ人名義の格安ツアー会社を運営し、正規のタイ人ガイドや旅行会社が仕事を奪われる事態が問題視されています。また不動産では、ロシア人が南部リゾート地で高級物件を大量購入し、外国人専用の違法な貸別荘やホテル営業を行うケースが報告されています。こうした事例では「外国人がタイの資産や収入源を実質的に独占しつつある」との懸念が高まっており、政府は地元ビジネスと雇用を守るために違法な外国人事業を摘発する方針を強めています。
犯罪・治安上の懸念: 名義貸しスキームは経済面だけでなく、犯罪や治安の問題とも結びついています。2022年末にはバンコク都内で中国人犯罪組織がタイ人名義で違法ナイトクラブを運営していた事件(いわゆる「トゥハオ事件」)が摘発され、大きな社会問題となりました。また2023年には、ミャンマー国境付近の詐欺拠点や、北部パーイでの長期滞在外国人と地元住民のトラブルが発端となり、外国人事業の取り締まり強化に舵が切られた経緯もあります。こうした背景から、政府は名義貸し企業=不正な外国人ネットワークと捉え、マネーロンダリング(資金洗浄)や麻薬取引等への関与も含めて厳しく監視しています。実際、副商務相が主導した2024年11月の関係機関会合には、警察、入国管理、観光警察、DSI(特別捜査局)、資金洗浄取締局、労働局、土地局、歳入局など多数の機関が参加し、情報共有と連携監視を強化する方針が示されています。これは当局が国家的な課題として名義貸し問題に取り組んでいることを物語っています。
巨額の経済的損失: 名義貸しによる外国人事業は、タイにとって巨額の損失をもたらすとの指摘もあります。2024年下期から2025年初頭にかけての取り締まりで、820件の違法ノミニー事業が摘発され、その被害総額は約125億バーツ(約500億円超)にのぼるとの報道もあります。当局はさらに2025年には約2万7000社をリストアップし、観光・不動産・運輸・物流など幅広い業種で調査を進める計画を発表しています。これほどの大規模調査を行う背景には、放置すればタイ経済全体に悪影響が及ぶという強い危機感があると言えるでしょう。当局の狙いは明確で、「タイ人名義を使った抜け道行為の根絶」です。つまり、たとえ登記上はタイ人51%であっても、実態が外国人経営であれば許さないという姿勢を内外に示し、外国人には正規の手続(外資免許やBOI認可など)を踏んで事業をしてもらうことを目指しています。
以上のように、規制強化の背景には経済的公正の確保と治安維持、そして法の抜け道を許さない統治という意図があります。裏を返せば、正規の方法でビジネスを行う外国人にとっては歓迎すべき健全化とも言えます。では具体的に、どんな企業なら「名義貸しではない」と判断され、安心して事業を続けられるのかを見ていきましょう。
名義貸しではないと判断される企業の特徴
当局が「これは名義貸しではない(違法ではない)」とみなす企業には、いくつかの共通した特徴があります。言い換えれば、以下の点を満たしている企業であれば、名義貸しの疑いをかけられにくいでしょう。
タイ人株主に実質的な出資能力と関与がある: 最も重要なのは、タイ人側株主が実際に自分の資金で出資し、ビジネスに興味と責任を持っていることです。タイ商務省は名義貸し防止策として、会社設立時にタイ人株主の資力証明(銀行の残高証明など)の提出を義務付けるガイドラインを打ち出しています。このようにタイ人株主の財務状況を示す資料があり、その資金で出資が行われていれば、その会社は名義貸しではなく実態のある合弁と判断されます。例えば、タイ人株主が過去の収入や貯蓄に見合う範囲で出資し、配当金も出資比率に応じて受け取っている場合、それは正当なパートナーシップです。逆に「タイ人株主が全く投資をしていないか、投資能力が明らかに乏しいのに大株主になっている」場合は疑われます。
タイ人株主が多数の会社で「使い回し」されていない: 当局は、一人のタイ人が何十社もの会社で株主になっていないかをチェックしています。合法的な会社では、タイ人株主はその事業固有のパートナーであることが普通です。例えば、家族経営でタイ人配偶者が大株主になっている場合や、業界の有力タイ人企業と組んでいる場合など、株主の顔ぶれに信ぴょう性がある企業は問題視されません。他方、特定の弁護士事務所やサービス会社の社員が様々な無関係の業種の会社で名目上の株主になっているケースは典型的なノミニーとみなされます。実在性のあるタイ人株主(当該事業に関係性とメリットを持つ人物)がいることが、名義貸しではない企業の重要な要素です。
株式や議決権の構成が不自然でない: 違法な名義貸しでは、タイ人に形式上51%の株を持たせつつも、議決権では外国人が支配する仕組みを組み込んでいる場合があります。例えば、タイ人株主には議決権の少ない劣後株(優先株)を発行し、外国人には議決権の多い株を与えるようなスキームです。こうした実質的外資支配のための仕組みは当局も把握しており、違法と判断されるリスクがあります。一方、合法的な企業では株式の種類や議決権に特段の不自然さがなく、タイ人株主も通常の権利を有します。現行法では議決権割合までは規制対象ではありませんが、あまりにタイ側権利を制限する形だと名義貸しと見なされかねません。したがって、安全な企業はタイ人株主にも一定の発言権・経営権が認められている構成になっています。
必要に応じ外資法の手続きを踏んでいる: もし事業内容が外国人事業法の制限業種に該当し、タイ人との合弁ではなく外国人単独または過半で事業をしたい場合、きちんと外国人事業許可(FBL)を取得したり、BOIの投資恩典を受けている企業は違法ではありません。このような企業は法の枠内で外国人経営が認められているため、当然ながら名義貸しではありません。名義貸しが問題となるのは、本来許可やライセンスが必要な外資参入を許可なくタイ人名義だけで偽装して行う場合です。したがって、外資規制に真っ向から違反していない企業(適切な許可を得た外資企業、または規制対象外業種の外資100%企業など)は当局のターゲットではありません。実際、当局幹部も「外国人とタイ人の共同出資それ自体が直ちに疑惑を招くわけではない」と述べており、法に沿った形での外資参入は問題視していないことが示唆されています。
以上の特徴をまとめると、「タイ人側にもリスクとリターンが適切に配分されている会社」が名義貸しではない会社と言えます。タイ人株主が実質的な投資者であり、名ばかりでないこと、そして外国人側も必要な範囲で法的手続きを踏んでいることがポイントです。
今すぐできる具体的な対応策
では、現時点で外国人起業者が自身の会社を名義貸しと疑われないようにするために取れる具体的な対策には何があるでしょうか。不安を抱える個人事業者でもすぐ実行できるポイントをいくつか挙げます。
1. 株主構成と契約の見直し
まず、自社の株主構成を再点検しましょう。タイ人株主との間で秘密裏に交わした契約(いわゆる名義株主契約や貸株契約など)はないか確認します。もし「タイ人株主は配当を受け取らず決定権も放棄する」といった合意があれば、それ自体が法律違反となり得ます。こうした契約がある場合は速やかに専門家に相談の上で解消・修正してください。また、株主間契約や会社定款にタイ人側の権利を著しく制限する条項がないかも確認します。必要であれば、タイ人パートナーにも経営参加や利益配分の権利を持たせるよう契約内容を見直すことが重要です。要は、形式だけでなく実態として共同経営の体制を整えることが、疑念を払拭する近道です。
2. 出資証跡と資金の証明を準備
会社設立時あるいは増資時に、タイ人株主が実際に拠出した資金の証跡を整理しておきましょう。銀行の振込記録や預金残高証明、株主名簿や株式払込証明書など、タイ人側が出資金を負担したことを示す書類は重要なエビデンスです。昨今のガイドラインでも会社登記の段階でこれらの提出が求められているほどで、後から調査が入った場合にも同様の資料提示が求められる可能性があります。すでに設立済みで記録が手元にない場合でも、タイ人株主の銀行取引履歴や源泉徴収票などから資金力を裏付ける資料を用意しておくとよいでしょう。また、今後増資や追加出資を受ける際は、外国人がタイ人の出資分を立て替えるような形を避けることが大切です。どうしてもタイ人側に資金がない場合は、事業計画を見直して無理のない範囲の出資額に調整するか、あるいは公式にローン契約を結ぶなど不透明にならない手段を検討してください(ただしローンでの出資代行は依然リスクが残るため専門家の助言が必要です)。
3. 書類整理とコンプライアンス体制の構築
会社の基本書類を整備し、いつ調査が入っても説明できるようにしておきましょう。具体的には、定款、株主名簿、株式証書、取締役会議事録、株主総会議事録、会計帳簿、納税証明など、当局に提示を求められそうな書類を最新の状態に保つことです。特に、株主総会や取締役会での決議内容が実態と合致しているか確認します。もし名義貸し的な要素がある企業では、こうした公式記録と内部実態が食い違っていることがあります。当局はそれを精査することで違法性を突き止めます。したがって、日頃から社内ガバナンスを法に則って運用し、記録にも残すことが肝心です。また、労働許可やビザ、税務など関連法規の遵守状況も合わせて点検しましょう。例えば外国人従業員の労働許可証が適切か、必要なタイ人雇用者数を満たしているか(虚偽の雇用申告をしていないか)なども確認します。違法な外国人労働や税逃れはそれ自体が摘発対象となり、名義貸し疑惑を招くきっかけにもなりかねません。会社全体のコンプライアンス体制を強化することが、結果的に名義貸し疑惑の回避につながります。
4. 会計管理の強化と資金流れの透明化
会計面でも不審を持たれないようにしましょう。具体的には、資金の流れを透明にすることです。例えば、会社の利益が毎年タイ人株主に全く分配されず、外国人社長個人にコンサル料等の名目で流れているような場合、当局に怪しまれる可能性があります。適切に配当を実施するか、あるいは利益を再投資する場合でも株主全員の合意と記録を残すことが重要です。また、帳簿上不明瞭な貸付金や未収金が残らないよう整理しましょう。特に外国人とタイ人の間の金銭貸借がある場合、それが何のためのものか説明できるようにしておく必要があります(場合によっては専門家に依頼し、貸借関係を清算したり契約書を公式に作成したりすることも検討してください)。さらに、第三者機関の監査やプロの会計士によるチェックを受けることも有益です。外部の目で見て不自然な取引がないか点検してもらうことで、自社では気づかなかったリスクを洗い出すことができます。税務申告も正確かつ期限通りに行いましょう。税務当局から調査が入ると他の側面も調べられる可能性があるため、税法遵守=身の潔白アピールにつながります。
5. 専門家(弁護士・コンサルタント)に相談
取り締まり強化に直面して不安を感じる場合、早めに専門の弁護士やコンサルタントに相談するのも賢明です。当局が何を問題視するかに通じた専門家であれば、自社構造の診断(名義貸し疑義の有無チェック)を行い、必要な修正策を提案してくれます。Deloitteなど専門機関も「外国出資のある既存企業は、自社の構造を見直し必要な修正を加えるべき」だと助言しています。また「信頼できる法律顧問を起用し、関連施策の実行を支援してもらうことで、ビジネスがタイの法規に準拠し重大なリスクを回避できる」とも述べられています。実際、近年の多数の調査例から専門家はノミニーと見なされるパターン・見なされないパターンを熟知しています。自社がグレーゾーンかもしれないと思う場合、自力で悩むよりプロの意見を聞きましょう。必要に応じて名義株主の差し替え(疑いのある株主を信頼できる本物の出資者と入れ替える)や、外資企業としての免許取得など根本的な対応策も検討すべきかもしれません。専門家とともに最善策を講じておけば、いざ調査が入っても落ち着いて対処できます。
以上が主な対応策です。特に中小の個人事業者はリソースも限られるため、できる範囲から順次対応することが大切です。書類整理や契約見直しなどはすぐにでも始められますし、状況に応じて専門家への相談も検討しましょう。
おわりに:適切な準備をすれば恐れる必要なし
タイ当局の名義貸し法人摘発強化は、「違法な抜け道を封じる」という観点で避けられない流れです。しかし、それは正当にビジネスを行う外国人起業家まで排除しようというものではありません。実際、摘発事例の多くは悪質なケースに集中しており、適法に事業を営んでいる企業まで巻き込まれた例は今のところ報告されていません。当局も「外国人とタイ人の共同事業すべて」を敵視しているわけではなく、あくまで違法行為を是正する狙いです。
要は、私たち外国人起業者側がきちんと準備と対応をしておけば大丈夫ということです。タイ人パートナーとの健全な協力関係を築き、必要なコンプライアンスを守っていれば、当局の調査に対しても胸を張って説明できます。万一質問や確認が来ても、用意した書類やエビデンスを示し、「この会社は真に共同で経営しており、違法な名義貸しではない」と明確に示せるでしょう。
取り締まり強化のニュースに不安になる気持ちはもっともですが、適切な対策を講じておけば過度に心配する必要はありません。むしろ、これを機に自社の体制を見直し強化することで、将来に向けた健全な成長基盤を築くチャンスと捉えましょう。正しい道筋で事業を行う限り、恐れることなくビジネスに専念して大丈夫です。今回紹介したポイントを参考に、早速できることから実践してみてください。きっと安心して事業に集中できる環境づくりに役立つはずです。