見出し画像

残念でした、また来世!

割とそう、あの、なんつーか、比較的無。皆無。

なにもなさに絶望する。

 VHSの中にある、girl in redのようなあたたかくて、愛に満ちていて、二人だけの世界が水平線までずっと澄んだように広がっている世界。黄色い文字が似合う世界が私は欲しくて欲しくてたまらないのに、私の手元にあるのは、休日を勝手に減らそうとしてくるサイテーな職場と黄色い文字が似合わない世界の全て。恋人もいないし、二人だけの世界もないし、美味しいバニラシェイクも、広いベットも大切にしている思い出のチェキも全部全部ない。おまけに海もない。こればっかりはサイテーだよね。海がない生活、結構しんどいんだよな〜と海育ち。京都は鴨川があったからよかった。身近に入水できる存在があるのは、生活がなんとかなる可能性が高い。私さ〜、本当に大切な人ができたら、二人で海の見えるところに引っ越して生活がしたいんだ。もう本当にありきたりで良いんだ。アバウトタイムを見て余計にそう思ってるよ。ここからどうしたらいんだろう。どうやって外れたレールを元に戻せばいいんだろう。わからなくてずっと立ち止まってしまう。自分の生をどうやって能動的に動かしていたのか忘れてしまった。そしてそこに費やす時間を作れていない自分にも腹が立つよな。結局全て飲み込んでしまって、なんにも言わなくなってしまった。これが生活のデフォになるのは非常によくない。ただどうやって這い上がればいい?もう考えるのも動くのもしんどい。自分に負荷をかけることをしなくなっている。だから最近はコンテンツを受容できているのだろう。映画を見るということは、多分、今の自分が受動的になっていることの表れなのかもしれない。あーあ、死んだように眠りたくなるな。全てを放棄してしまいたい。なにもかもが中途半端で最悪!

 物理的な痛みを伴いたいな。生活への解像度が高くなり過ぎてしまったから、少し落とさないといけない。じゃないと私が苦しむだけだ!ただ時期を失って死に損なっただけの亡霊だ。もっと大きな流れの中で生きていることを自覚すべきなのだ。流動した先に誰かがいるかもしれないし、誰もいないかもしれない。もうそれはそれでしょうがないのだ。受け入れて生きることしか私にはできない。もっと軽くなってどこまででも飛べるようになりたいのにな〜!ある日ぱたっと死ぬくらいでいいのに。でもそれだったら幸せな生活を送っていてほしい。求めるものが大きすぎる?絶対そんなことないよ。君という正義と一緒にいたいだけだ。人生とかいう営み、本当に難しすぎる!私はビルの窓ガラスが反射して映る景色くらい歪んでいるし。

残念でした、また来世!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?