声の小さなコドモのおはなし(書き途中)
コドモの声はとてもちいさな声でした。
コドモが住んでいたのは森のそばの、ちいさなちいさな村でありました。
コドモは生まれた時から声が小さくて、
生まれて一番最初に上げる産声ですら、誰にも聞き取ってもらえませんでした。
声の小さなコドモの気配は、声とおんなじように小さくて。
コドモは同じ年に生まれたコドモとおんなじように育ちましたが、
中でも一番背が小さく、それがより一層、コドモの気配を小さくさせるのです。
それでもコドモは、遊ぶことが好きでした。
誰にも聞き取ってもらえなくても、話すことが好きでした。
誰にも褒めてもらえなくても、歌うことが好きでした。
けれど、聞き取れない声で喋り、歌い、自分たちとおんなじように過ごす子供を、
同じ年に生まれたコドモたちも、また、近い年に生まれたコドモたちも、
受け入れることができませんでした。
コドモが自分たちとおんなじように話すたび、歌うたび、遊ぶたび、
自分たちと違う”声”が、一層、目についてしまって。
コドモたちは、だから、声の小さなコドモを受け入れることができなかったのです。
コドモたちが成長して、その違いをより深く理解できるようになると、
ますます、コドモはヒトリボッチになっていきました。
オトナたちはそれを見て、けれど、何もすることはありませんでした。
オトナたちには”声”があったのに、誰一人、コドモのために声を上げるヒトはいなかったのです。
だって、そうでしょう。
コドモが”コドモ”との違いをもっと理解できるようになれば、
それが”オトナ”になったのですから。
コドモがやっつの歳になる頃にはもう、村には、コドモの友達はいませんでした。
どんなに話しかけても、必死に追いかけても、振り向いてくれないムラビトたちに、コドモの心は悲鳴をあげました。
ムラビトに話しかけると、どうして、涙が出てくるのか。
まだ幼いコドモには、わかりませんでした。
それでも、理由が、わからなくても、胸のあたりはずっとイタいし、涙も出てきます。
幼いコドモにはたくさん、わからないことがありましたが、
胸のあたりがイタむことや、涙が出るのは、ムラビトに話しかけるせいだということは、わかっていました。
コドモに父親はいません。
ずっとそばにいてくれたのは、おかあさんだけでした。
おかあさんはコドモに言います。
「あなたの声は、と〜ってもすてき!」
「おかあさんはね、あなたのことがだいすきよ。そしてね、あなたの声もだいすきなの」
「だから、自分の、他のコドモと違うその声を、悲しまないで」
おかあさんの笑顔は、いつもコドモの胸をぽかぽかとあたためてくれました。
だから、そう言って、微笑んで、ぎゅぅっと、力強く抱き締めてくれるおかあさんのことが、コドモは大好きでした。
おかあさんが、自分の声を好きだと言ってくれるだけで、笑ってくれるだけで、ぎゅっと、抱きしめてくれるだけで、コドモはせでした。
「おかあさん」と呼びかけたら、「なぁに?」と返してくれるおかあさんのことが、コドモは大好きでした。
おかあさんはときどきぼんやりと、どこかを見ていることがあります。
なにをみているの?とコドモが袖を引くと、「ううん、なんでもないの」と言って微笑みます。
コドモは、自分の”声”がムラビトには聞こえないのとおんなじように、おかあさんにも、おかあさんに”しか”見えないナニカがあるのかもしれないと思いました。
だから、そうやってナニカを見るおかあさんを見かけるたびに、じわりと、景色が滲みそうになるのをくっとこらえて、代わりに、おかあさん。と、袖を引きました。
おかあさん。
なぁに?
ある朝おかあさんは、「森に行ってくるね」と言いました。
コドモはなんだか嫌な予感がして、おかあさん。と、出かけるために背を向けたおかあさんの袖を引きます。
なぁに?おかあさんは振り向いてくれました。
コドモは一度ぐっと唇を噛みしめてから、言いました。
いかないで
ふわり、と、おかあさんは微笑みます。
「だいじょうぶ」
おかあさんはそう言って、コドモを抱きしめてくれました。
そうして、いつものように、
「おかあさんはね、あなたの声が、だいすきよ」
と、言ってくれました。
コドモは泣いてしまいました。
おかあさん。おかあさん。
そうして、いつの間にか、おかあさんはいなくなっていました。
ふわり、と、コドモの前髪が、コドモの鼻をくすぐります。
玄関の扉は、開いたままです。
コドモはおかあさんの帰りを待ちました。
おそとが暗くなって、春の始めの冷たい空気が頬を刺しても、コドモは扉を開けたまま、おかあさんを待ち続けました。
そうして、おそとが明るくなって、暗くなって、を、二回、繰り返して。
――おかあさん。
コドモは知っていました。
ほんとうは、おかあさんにも、この”声”が聞こえていないことを。
それでも、コドモは、しあわせでした。
おかあさんがそばにいてくれるだけで。
だいすきよ、と、抱きしめてくれるだけで。
しあわせだったのです。
やがて、玄関で倒れていたコドモを見つけたムラビトの家で、コドモは目を覚ましました。
何も言わず、こちらを伺うムラビトに、コドモは静かに、頭を下げました。
コドモが生まれて、11年目の年の、おはなしでした。
コドモは今日も、森へ出かけます。
おかあさん。と、コドモが袖を引く日は、もう二度とないけれど。
それでも、コドモは森へ出かけます。
おかあさんがすきだと言ってくれた声で、歌を歌いながら、コドモは森を歩きます。
ときどき、堪えきれない嗚咽で途切れるその歌に、
動物たちでさえ聞き取れないその小さな歌に、
森は木の葉を使ってサラサラと、ささやかに拍手を贈りました。
朝が来て、夜が来て。
コドモが生まれて、13年目の年のおはなしです。
コドモはもう、ヒトリボッチでも生きていけるほど、大きくなりました。
朝に家の畑を耕して、それが終わったら森に入って、山菜や、薬草、木の実を探しながら歩きます。
身体は大きくなっても、コドモの声は、まだ、ムラビトに聞こえないまま。
コドモは、いつものように森を歩いていました。
まだ、ときおり途切れる歌を歌いながら。
ふ、と。なにか聞こえた気がして、コドモは足を止めました。
自分の歩く音がなくなると、森はいつもより静かになります。
歌うことをやめたのに。
コドモは思いました。
歌うことをやめたのに、森が、まだ、誰かのために、揺れている。
コドモはパッと駆け出しました。
歌声が聞こえたのです。
もしかしたら――。
――――もしかしたら、おかあさんかもしれない!
不思議なことに、コドモには、その歌声がどこから聞こえてくるのかがわかりました。
はっ、はっ、はっ。
息が切れそうになっても、コドモは走り続けました。
歌声はどんどん近くなります。
――おかあさん!
そう言いながら、開けた場所に飛び出した少女の前で、ひとりの少年が、尻餅をつきました。
少女は、目をまんまるにした少年を見て、おんなじように目をまるくしました。
そうして数秒見つめあって、ぼろぼろと泣き出した少女を見て、少年はもっともっと目をまんまるにしました。
ど、どうしたの?だ、だいじょうぶ?
少女はもう、どうして自分が泣いているのかわかりませんでした。
もう、どうしようもなく、胸が痛くて、傷くて、悼くて――。
ぽろぽろ、ぽろ、ぽろぽろ……。
泣き止まない少女に、少年の顔もクシャリと歪みます。
ねぇ、泣かないで。
だいじょうぶだよ。
なにか悲しいことがあったの?
だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。
だいじょうぶ。
少年は繰り返し少女に語りかけます。
ね、だいじょうぶだから。
しばらくして、やっと、涙が落ち着いて。
けれど、少女は顔を上げることができませんでした。
たくさんたくさん泣いてしまったことが、とても恥ずかしかったのです。
少年はそんな少女を見て、眉を下げて、困ったように笑います。
なんとかして元気になってもらいたいのだけれど、どうしたらいいのかなぁ……。
少年は少し悩んで、すぅっと息を吸って、歌い始めました。
俯いていた少女は、ハッと、顔をあげます。
その歌は、少女が聞いたものと、おんなじだったのです。
少年は顔を上げた少女にいたずらっぽく笑いかけると、少女の手を取ってとん、とととん、と、ステップを踏みました。
ぐいっと、手を引っ張られて、少女は慌てて足を動かします。
少年は軽々と、
とん、ととん、ととん、とん、
少女はたどたどしく、
とた、っと、とと、たん。っとた、
一生懸命足を動かしますが、なかなか少年のようにはいきません。
とん、っと、たっ、たた、っあ!
とうとう、足がもつれて、こけてしまいました。
いたたた、と、おもいきり打ち付けてしまったお尻をさすって、おんなじようにこけた少年と顔を見合わせ、
っふ、ふふ、あははは!!
ふたりはおもいっきり笑いました。
少女の心にはもう、かなしさも、さみしさも、はずかしさも、ありませんでした。
ただただ、おかしくて、たのしくて。
それが、少女と少年が友達になった、最初の日のおはなしです。
今はここまで。