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仏様の神通力について考えてみよう。②

「三明六通」?神通力について個人的経験から考えてみた🤔

こんにちは〜

『開運霊学マスター』のしゅんしょう先生です。

子供の頃は夏になると、ドラマの怪談話や心霊特番を見ては夜に1人でトイレに行けなくなっていました。

現代の家は、家自体が明るい家が多く、それから本当に怖い番組も少なくなりましたね。

「霊」の存在を信じる人も減ってきているのでしょうか?

話を神通力に戻しましょう。

今回は、「神足通」についてです。

改めて「神足通(じんそくつう)」について簡単に説明しますと「自由自在に自分の思う場所に思う姿で行き来でき、思いどおりに外界のものを変えることのできる力。飛行や水面歩行、壁歩き、すり抜け等をし得る力」等をいうようです。

仏教学者ではないので何のお経にどのような表現で神通力を説いているかは分かりません。

なので、齧った事はありますが学者的な立場で言い切る自信がありません。

そこで、教学的なことは横に置いてといて話を進めます。

そこで、私の経験した事をもとに、思ったことを言いたいと思います。

「自由自在に自分の思う場所に思う姿で行き来でき」こういうことは出来ませんし違う能力かもしれませんが、こういう事がありました。

私が会員様の家に、私が知らない間に訪問していたという話です。

🧓🏻「先生この間、私の家に来られたんですか?」

👨🏻‍🦲「いえ?」

🧓🏻「この間、私が外から家に帰って来た時、先生がいつもの黒いお着物で私の家の門の前におられて、『先生っ』と声をかけたらそのまま家の方に行ったので、私が家に入って見たら誰も居なかったので不思議だなあ〜っと思ったんです」

👨🏻‍🦲「へ〜、そんな事があったんですか?でも私はその日は家いましたよ」

という事がありました。

もう十数年前の話ですが、この頃は違う会員さんからも2回程同じような報告を受けました。

自分の分身?が勝手に何処かに行っているのか?

しかし、その分身が見た物が私が認知出来れば正に「神足通」と言えるのかもしてませんが、残念ながらそのような事はありませんでした。

「自由自在に自分の思う場所に思う姿で行き来でき」には及びませんし、自分の意思で分身を出しているわけでは無いので「神通力」とは呼べませんよね!

しかし、次のような例はどうでしょう?

👩🏻「パパ、今日は駅裏のパン屋に行く予定です」

と家内が言った時、私はそのパン屋さんを瞬間的に霊査してみました。

この時の霊査とは、先ずパン屋さん全体に意識を向けてみました。

すると、パン屋さんに人の気配が感じられませんでした。

そこで、実際には足を踏み入れた事もない厨房?の方に意識を向けて見ました。すると作業をしている人の気配や何かが動いている様子もありません。

👨🏻‍🦲「今日はパン屋さん休みじゃないの?」

👩🏻「いえ、今日は定休日じゃありません」

と一喝された😝後にパン屋さん向かった所、臨時休業でした。

どうでしょうか?

現象面では私の分身がパン屋に行っている訳ではありませんが、パン屋さんに居るような状態に近いので、この能力はおまけで「神足通」と言っても良いと思いませんか?

これは、対象が海外でも同じです。

実際にフランスをはじめヨーロッパからの相談でも同じ事ような事が沢山ありました。

何ていうのでしょうか?

相談者が何処にいても、その方の周辺の事が、自分がその場に居るような感覚で分かるのです。

「神足通」らしくありませんか?

私に書けるのはこの位です。

どのように思われるかは皆さんの判断にお任せします。

ただ、ご紹介している「私の神通力?」は、実際の会員様からの悩み相談の中では日常的に特殊能力的な物としてでは無く、五感の延長で?発揮している能力をご紹介している迄の事です。

私は一度も「私は霊能者です」と口に出した事はありません。

次回は違う神通力についてお話しいたします🙏

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