神様仏様のご利益を秤にかける
【神様仏様を拝んで自分勝手にご利益を秤にかける不届者】
こんにちは〜
『開運霊学マスター』のしゅんしょう先生です。
今回は、神様仏様のご利益を天秤にかける不届者の話をします。
残念ながら当研究所の会員の1人です。
この方を通じて何か皆様の開運のプラスに成れば良いなと思っています。
一定数、同じような気持ち(考え方)を持っている方は世の中には多いようです。
この記事を読んで貴方自身がどう感じるか?
感じとって下さい😌
この世の中の人々にとって考え方、感じ方は様々です。
そして、その考え方に呼応する霊界もまた様々です。
自分の考え方や感じ方によって確実に神霊界に影響を与え、その影響を必ず自分が受けるのです。
その方の名前を仮に「悪徳」さんとしましょう。
悪徳さんは、夫婦で毎月早朝の神社朔参りを二十年以上欠かした事がありません。
毎月一日には、欠かさず一ノ宮神社をお参りしています。
毎月一日、早朝4時には起床をして奥さんに車の運転をさせて、自分は助手席で腕組みをして寝ながら参拝に行くのです。
毎月です。
「毎月、早朝4時に起床しての朔参りが二十年以上続いている」これだけで大変なご利益を頂いていそうです。
奥さんはと言うと、心が真っ直ぐでとても信心深く、実際大変大きなご利益を頂いている方です。
「社運隆昌」や「家族の心願成就」等中には奇跡的なお蔭を含めて数えれば切りが無いほどです。
一方、旦那の悪徳さんは、全てが「足し算引き算」なのです。
何かしら自分の思い通りに行かなかったら必ず「神様や仏様」のせいにするのです。
車で自損事故をしたら、信仰心を持つ物は先ず「ああ怪我が無くて良かった。他人を巻き込む事もなく本当にお陰を頂いた。ありがとうございます🙏」
と言う所ですが、悪徳さんは違います。
😤「なんで毎月、月参りしているのにこんな事故を起こすんだ🤦🏻♂️こんな事故を起こすなんてあの神様が🤬だからだ!(奥さんに対して)こんな役に立たん信仰はやめてしまえ😡」
文章には書けないような表現を神様仏様に対して怒鳴り散らし不満をぶち撒けるのです。
何か気に入らない事がある度に毎回この繰り返しです。
奥さんが、非常に深い信仰家なので、なんやかんやで毎月の月参りが続いているのです。
悪徳さんにとっての信仰は、「神様にこれだけ毎月のお参りをして🙏これだけお願い🙇🏻♂️すれば人生が思い通りにならないとおかしいだろ?🤨」
信仰の年数が重なって来た近頃では、「これだけお参り🙇🏻♂️してこれだけお願い🙏しているんだからどんないいお蔭をくれるんだあ?
ア〜ッ🥴😤😡」
と、ほぼ神様仏様に対しての恫喝ともとれる状態でお参りを続けています。
👨🏻🦲「おい、こりゃどうすりゃ〜❓ハッキリ言って、こちらではどうも出来ません🥲」
今では手の施しようも無いほど暴走しています。
こう言う人に限って共通点があります。
それは、
🧔🏻♂️「私ほど反省をしている人間はいない」
と言い切る🙄
こう言う人に限って、他人の言う事に耳を傾ける人を見たことがありません。
「縁なき衆生は度し難し」
どんなに慈悲深いく賢い仏様でも、仏様の話を聞いてくれないと救う事が出来ません。
「お参りしてナンボ?こんだけ得するためには、こんだけお参りせんと始まらんのじゃ。そんだけしてもお蔭をくれない神様仏様ってナンボのもんじゃ😒コラ〜😤」
ってどうなんでしょうか?
話を聞くだけでいつか神罰でも当たるんじゃ無いかとこちらが怖くなって来ます。
罰や祟りのお話は何れしようと思いますが、「神罰」は、人間の考える時間の観念を遥かに超えた世界で、人力ではどうしようも無く取り返しのつかない形で現象として現れて来ます。
「神様仏様」と言いますが、仏様は慈悲深い存在ですが、神様には人間に近い感情があります。
恐い存在なのです。
神様は何処までも「恐れ敬う」べき存在なのです。
世の中には、悪徳さんに限らず神様の怖さを知らない人が多過ぎるように思います。
『開運霊学マスター』しゅんしょう先生の心からのお話でした🙏
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