人生のバランス3
こんにちは〜
「総合開運霊学研究所」所長
「開運霊学」マスターのしゅんしょう先生です。
自然災害や凶悪な事件が沢山起こっている今日この頃、こんな時こそしっかりと神様仏様を拝んで地にしっかり足をおろした生活をしたいと思っています。
さて、『苦労の先取り法』についてですが、今までに何度も同じようなことを言ってきました。
それは人間の脳は素晴らしい能力を持ちながらも部分的にはいい加減なところもあるということ。
実は『苦労先取法』はこの脳の働きのいい加減さを利用する方法です。
人間の脳は人生のバランスを取ろうとする装置のようなものと思ってこの話を聞いて下さい。
それでは具体的な話をしていきましょう。「人間苦労すればその後にはきっと苦労が報われるような良いことが待っているものです。」と先ず、そのようにしっかりと自分自身に言い聞かせます。
苦労とは「精神的、肉体的に力を尽くし、苦しい思いをすること。」です。しかし、往々にして苦労している人というのは『誰かにさせられている感』があります。
同じ苦労でもこの『誰かにさせられている』ような思いがあればその苦労は徒労に終わりやすく、仮に良い報いがあったとしてもそれは「労多くして功少なし。」となります。
何故ならば、《誰かにさせられているという感覚》がある時は、人間の脳が勝手に「それ以前に悪い行いをしてその報い(罰?)を受けている。」と誤解してしまうのです。
すると、どんなに苦労を重ねてもその苦労は本当は自分がしてもいない悪業(他人に害を与えるような様々な悪い行い)の報いに対する償い的な要素が強く、幸運を呼び込むための功徳とはなりません。
ご先祖様の悪業の報いを受けて大変苦労の多い人生を送っている方がいますが、自分の思い一つでそのような方と同じ人生を歩まされることになります。
この場合、人生が負の連鎖となります。苦労が苦労を呼び苦難を受け続けることになるのです。
「何故、何も悪いことをしていない自分がこんなに苦労しなければならないのか?」その理由は前に述べた通り人間の脳が誤解するからです。実際は脳の誤解ではなく《人間の思い(念)が正確に宇宙の大きな意識(大日如来?)を悪く刺激するから》です。
苦労の人生を送る人の多くは人と挨拶する時は常に後手に回る人です。
挨拶は自分から先にすると良いこと(和顔施等のお布施)をしたことになります。
これが相手が挨拶してきた後に自分が挨拶することは上手くいってゼロ、場合によってはマイナスの要素、つまり悪いことをしたことになります。
それは貴方の挨拶した時の思いがどのような状態かによりますし、また、相手がどのように思ったかでも違ってきます。
しかめ面で挨拶して相手に不快な思いをさせることも悪いことをしたことと同じことなのです。
続きは「人生のバランス4」で