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雨の日のIKEAの村上春樹的な午後

IKEAの硬い椅子に座りながら、僕は小雨の降る窓の外の景色をぼんやりと眺め、冷たくなった味のしないカプチーノを一口のみ、なかなか読み進めることができない難解なテキストに目を落とした。

雨の平日のIKEAは、食事時を過ぎ、客はまばらである。少し離れた席から、怒った女の話し声が聞こえる。体の大きな女と、細い女が向かい合って座り、話をしている。

体の大きな女は、しゃべり続け、時折、それに同意する細い女の声が聞こえる。女の声は絶え間なく続き、食べ物を口に運ぶためにその声が中断される。

何を話しているのだろう。話の筋はわからず、怒っているという語尾だけが絶えず、僕の耳に届き、肝心な話の内容は、周囲の雑踏に吸い込まれていく。僕はいつまでたっても、その難解なテキストの次の行に進めず、女の声だけがその行の隙間に入り込んでいった。


僕は諦めて本を閉じ、窓の外へ視線を上げる。青と赤の旗が風になびき、害のないBGMと食器がぶつかり合う音が耳の中に流れ込んできた。そして、体の大きな女の話は、外の雨のように終わる気配がない。コーヒーのおかわりをもらうために席を立ち上がると、長く座っていたためにこわばった体の筋が軋みを上げながら伸びていった。

通りすがりに見たその女たちのテーブルの上には、積み重なった白い食器と赤いザリガニの殻、冷えたフライドポテトが、女の話が終わるのを待つようにひっそりととどまっていた。


淹れたてのコーヒーを一口啜り、再び難解なテキストに挑むために、僕は再びテキストのページを開いた。コーヒーの刺激のおかげか、テキストの文字の羅列が少しずつ形となって頭の中に入っていく。そうしてしばらく、その朧げな文字が作り出す形の輪郭をなぞるようにテキストを読み続けていった。


ふと視線を窓の外に向けると、外は少し明るくなり、重く垂れ込めていた10月の空の雨雲がゆっくりとしたスピードで東へと流れていき、青と赤の旗は、風になびくのをやめ、そのポールに所在なげに絡みつき、時折吹く風に、その端を少し揺らすだけになっていた。いつの間にか、怒った女の声もやみ、座っていた席を見ると、IKEAの青いバッグを席に置いた2人の女性が、ケーキを食べながら子どもの部活の話をしている。

アナウンスが3時のティータイムのおすすめ商品を繰り返し進める声が、少しだけ空気が軽くなったレストランのなかに、響いている。

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