【#おすすめの美術図書】 そのとき、西洋では
オトナの美術研究会の6月のお題は「#おすすめの美術図書」。
今日はまじめに書く。紹介する本の著者へのリスペクトもこめて。
2014年の年末、私は『日本美術全集 第7巻 運慶・快慶と中世寺院』を購入した。大好きな鎌倉時代の仏師・快慶について知るためである。(詳しい経緯については、2月のお題記事を参照のこと)。
はやる気持ちをおさえて重い冊子を箱から取り出し、表紙をひらくと、トップ画像のような小冊子がはさまれていた。
私は通常、買った本にこうして入れられているチラシの類に(隅から隅までではないが)目を通すくせがある。普通の新書本などを入手した場合でも、そこに書かれている新刊案内などの情報から、自分の興味を満たす本に芋づる式に出会えることがあるからだ。
このときも、『日本美術全集』のなかにあったそのパンフレットをチェックした。どうも全集の月報らしい。1巻ずつ刊行されるのにあわせて、その巻にふさわしい専門家たちが紹介文などを執筆している様子。
で、最初のページに書かれていた「中世彫刻の栄光 — 鎌倉とゴシック」というタイトルにつられて読み始めるや、思いきり引きこまれていった。
まずは、鎌倉彫刻が、日本彫刻の古典である天平時代のそれを規範としていることが要約されている。そして、鎌倉時代の西洋美術は盛期ゴシックにあたるとのことで、その類似性と相違点が述べられていた。
類似性としては、鎌倉時代に東大寺を復興した僧・重源に比肩する存在として、ゴシック建築を生み出した修道院長が紹介されている。
また、鎌倉彫刻が東国武士との接触で写実主義が強まっていったたように、ゴシックも都市の経済的発展に影響を受けて技術的に発達していったということ。さらに、鎌倉新仏教が自然主義の美術を促進したのと同様、カトリックに新たに創立された托鉢修道会がゴシック美術の担い手になっていったことが説明されている。
相違点としては、日本と西洋における彫刻史の流れ。
それまでの西洋では、偶像を忌避していたため、彫刻はあくまで建築に付随する存在でしかなかった。しかしゴシックの時代からは彫刻も重要な役割を果たすようになり、その経緯を示す作品が写真とともにいくつか挙げられている。ゴシック彫刻は、西洋近代彫刻の出発点というわけだ。
対して、日本では室町時代以降に仏像の新たな発展はみられず、鎌倉彫刻は日本彫刻史の最後を飾るものであったという記述。
一気に読んだ。
中世における彫刻について、鎌倉とゴシック、それぞれの特徴をしっかり把握でき、かつ比較した結論が明快だ。彫刻に関するこの時代の東西の年表が、頭のなかにしっかり刻み込まれた感じ。
どこかの大学の先生が書いた文章のようだが、内容が濃いのにわかりやすい言葉で書かれていて、斬新な視点も印象的。
全集をめくって快慶に会う前に、なんて良いものを読ませてもらったのだろう。
* * *
時は過ぎ、今から2年ほど前のこと。
仏像を追いかけるのもいいけれど、そのほかの美術史もやっぱり知っておくべきではないかと、私はふと立ち止まった。個々の展覧会に出かけたときには、できるだけ解説も読んで理解するようにしていたが、もっと美術の全体的な流れの知識を得たいと思ったのだ。
西洋美術については、イタリア語を勉強しているし、まずはイタリア美術から入るのがいいだろうな。初心者でも理解できるような本を探してみよう。テレビで時々お見かけする池上英洋先生の本は、以前いくつか読んだことがあるから、別の著者にあたってみようかな。
そうだ、イタリア語関連のサイトなどによく登場なさっている、宮下規久朗先生の本を読んでみよう。
Amazonで宮下先生のご著書一覧を見て、そのなかで自分がとっつきやすい、一番興味を持てそうな一冊を選んだ。
ただ私は基本的に、本は実際の書店で立ち読みをしてからでないと購入しない。「まえがき」などの1、2ページを読んでスッと入ってこないものは、どうせ最後まで読めないから、世の中の評判が良い本でもとりあえずは買わないことにしている。
選んだ宮下先生の一冊についても、行きつけの書店の在庫を確認した。
リアル書店に行き、この本に関しては「まえがき」の前に、別のページに目を通すことにした。
というのも、本のサブタイトルは「時代で比べる日本美術と西洋美術」。まずは、大好きな慶派の仏像について書かれているであろう鎌倉時代の内容で、読みやすい本なのかを確認したいと思ったのだ。
目次によると、鎌倉彫刻については、第2章「中世 — 相違するものと類似するもの」のなかの第2節「彫刻の終焉と始まり」に書かれている。
その節をひらいてみると、「鎌倉時代の彫刻」という項の1ページ目にその概要がまとめられ、見開きの2ページ目には代表作品である運慶の興福寺《無著菩薩像》と、快慶の浄土寺《阿弥陀三尊像》の写真が掲載されていた。
その次のページからは「そのとき、西洋では — 」と題されて、比べる西洋美術に関して記述されているようだ。
「そのとき、西洋では — 」の項をさらに3つの目にわけている最初のタイトルは「盛期ゴシック美術の波及」、次は「自立する石像彫刻」、そして「終着点と出発点」。順に読んでいくと……
えぇっ! これって、『日本美術全集』のチラシで読んで感動した、あの記事じゃないか!
あわてて「あとがき」を見てみると、やはり『日本美術全集』の月報がもとになっていると書かれている。
私はてっきり、月報の記事は刊行される巻の内容に応じた専門家が各々選ばれて執筆したものと思っていたが、なんと全集20巻のすべてを宮下先生が連載でお書きになっていたのだ。
その連載「その時、西洋では — 」をもとに、加筆・再編集をして出版されたのが、私がAmazonで選んだ一冊、『そのとき、西洋では — 時代で比べる日本美術と西洋美術』(小学館)だったというわけだ。
『そのとき、西洋では』を読み終えたあと、宮下先生のそのほかの本も読み進めていったことはいうまでもない。新聞に連載されたエッセイをまとめたもの、カラヴァッジョをはじめとするご専門のバロック美術に関するもの、西洋美術についてのまとめ本、などなど。高価な大型本以外は、たいがい読んだはずだ。
また、今から10年ほど前のご著書から必ずお書きになっている、先生のお嬢様に関することも知った。大学卒業まぎわに病に倒れてお亡くなりになり、その後現在も続いている先生のご苦悩。何度読んでも胸をつかれる思いがする。
宮下先生は、現在、神戸大学の教授でいらっしゃる。どんな講義をなさっているのだろうかと、大学のホームページにもアクセスした。
実は私は、娘の大学受験をきっかけに、いろいろな大学のサイトの面白さに目覚めている。(紙の媒体でしか大学という世界をうかがい知ることができなかった自分の頃からすると、隔世の感!)
ウクライナ侵攻がおきた後、2022年度の宮下先生の講義がウクライナやロシアの美術がテーマになっているのを見たときは、本当に驚いた。2月末に侵攻が勃発して、その後すぐの4月から、自身のご専門でない地域の美術についての講義を開始できるなんて、なんという持ち駒の多さ。
『そのとき、西洋では』の「まえがき」には、「(略)… 美術のよしあしや力に洋の東西は関係ないと思っており …(略)」とお書きになっている。また、ブログ「青い日記帳」のインタビューでは、「(略)… 美術はすべて繋がっているので、例えばイタリア美術に興味や関心があっても、実際に目にすることのできる日本美術やアジアの美術、そして現代アートまで、よいものなら何でも観てまわることが大事だ …(略)」ともおっしゃっている。(http://bluediary2.jugem.jp/?eid=2747)
私は大好きな仏像巡りはいくつになってもやめられそうにないが、そのほかの美術作品については、宮下先生のお言葉どおりに、素人なりにあれこれ見ていこうと
思っている。
<ここでちょっと言い訳>
(その1)
『日本美術全集』のチラシで、そんなに記事にひかれたのなら、すぐに著者を調べて追求すればよかったのに。
→ チラシを読んだ後、全集を購入した目的である快慶について読んだら、すっかり魂を持っていかれてしまい、それどころではなくなっていた。
(その2)
あとで読書ログをチェックしたところ、実は私は『そのとき、西洋では』以前に、宮下先生による別の本を読んだことがあると判明した。
→ その本は、『知っておきたい世界の名画』50作品が、オススメ度とともにずらりと列挙されている内容。おそらくは、つまみ食い的に読んでいったのだと思うが、よく憶えていなくて。自分が未知の領域について勉強するときは、まず全体の概要を演繹的に説明してもらう方が私には合っているようだ。
* * *
『日本美術全集』の配本は時代順ではなく順不同であったが、紹介した『そのとき、西洋では』においては、全集の連載「その時、西洋では — 」20編が、「先史から古代」「中世」「近世」「近代から現代」という4章にわけて時代順に掲載されている。
各編の冒頭には、相応する『日本美術全集』の内容が1ページほどにビシッとまとめられて、写真付きで載っている。これは、月報の連載時にはなく、全集の刊行が終わり、『そのとき、西洋では』という書物になる時点で新たに加えられたもの(鎌倉時代の彫刻のページについては、前述のとおり)。
また『そのとき、西洋では』には、全集の連載20編に4編ほど新たに書き下ろされて、「先史から古代」「中世」「近世」「近代から現代」の4章それぞれの最後に考察として追加されている。日本美術史と西洋美術史を比較検討した内容が、実に読み応えがある。
もちろん本をはじめから時代順に、日本美術と西洋美術とを比較しながら読んでいってもいいが、各編の『日本美術全集』のまとめだけに目を通していけば、日本美術を通史的に眺めることができる。
逆に、各編の「そのとき、西洋では — 」だけを読み継いで、西洋美術を概観するという楽しみ方もあるだろう。
あるいは、各章末の考察だけを通読して、東西美術の歴史的意義を再確認してもいいかもしれない。
神戸大学のシラバスによると、『そのとき、西洋では』は、今年度の宮下先生の講義テキストに指定されている。私もこのお題記事を書くにあたり、もう一度全体を読み直した次第。
やっぱり、おすすめの美術図書です。