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大いなる矛盾。嫌いな人からも好かれたい

矛盾まるけの人間関係

人は好きな人から好かれたいという当たり前の欲求を持っている。
と、同時に実は嫌いな人からも好かれたいという隠れ欲求もある。
嫌いな人のことなんて考えなければいいのに。好かれようが嫌われようが関係ないし、むしろ好かれたら迷惑じゃん、と割り切ればいいのに。
人間ってジレンマを抱えた生き物なんだ。
50代にもなると、この矛盾がますます顕著になる。
若い頃は「嫌いな人なんてどうでもいい」と思っていたのに、今では「嫌いな人からも好かれたい」と思う自分に驚くことがある。
これって一体どういうことなのか。


なぜ嫌いな人から好かれたいのか

結局のところ嫌いな人のことって好きな人と同じぐらいに気になっちゃうもの。
その人から一目置かれたいというマウンド魂、優位さを感じたい気持ち、好きになってもらってこっぴどく袖にしてやりたいという妄想。
いろんな歪んだものが絡み合って「嫌いな人からも好かれたい」という気持ちが生まれてしまう。
また一種の自己防衛もある。
人から嫌われていると感じるのは怖いけれど、人から好かれていると思えば怖くない。
恐怖を都合よく置き換えるためのギミックがはたらいている場合もありえる。
これがさらにこじれて、嫌いな人からも好かれることで、自分の価値を確認したいという欲求が生まれたりすることもある。
こうなってくると問題が複雑に絡み合いすぎてわけわかんなくなっちゃう。

ジレンマが生むストレス

とはいえ、人間関係には絶対の法則がある。
自分が相手を嫌っている場合、それってだいたい相手には伝わるのだ。
嫌っている相手を好きになる人なんてなかなかいない。
嫌いな人からも好かれたいけれど、嫌いな人からは好かれないという鉄の法則。
満たされない欲求は「なんで私を嫌うんだ!」という新たな怒りと嫌悪を生み、ますます満たされない溝が広がっていく。
このストレスとジレンマをどうにもやっかいであることを実感している。

矛盾に対処する方法

嫌いな人のことはプラスにもマイナスにも考えず0ベースで無視してしまうのが一番だが、それができないときは、もうあきらめて自分を客観視しよう。
「あぁ、私、あの人のことすげぇ嫌いなのに、好かれたいって思ってる。ジレンマまみれだけど人間らしくてかわいいなぁ」っていうような具合に。
認めて受け入れて「自分を好きになろう」。
自分を好きになれば、他人からの評価に振り回されることも少なくなる。

自分を好きになること

好きな相手から好かれなくても、嫌いな相手から好かれなくても、「自分で自分を好きになること」。
これだけは間違いなく確実にできることだ。
自分を愛し、自分を認めることで、他人からの評価に左右されずに生きることができる。
これは私が見つけた人生の真理だ。
矛盾に満ちた人間関係の中で、自分を見失わないために、ジレンマに苦しまないために、ひとまず自分を好きになることを忘れないでいこう!

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