教えを請わない人は人生で損をしている
インターネット情報やSNS、AIの普及で、人に教えてもらわなくても多くのことを手軽に知ることができる今、人に教えを請うことを嫌う人が増えているように思います。私もインターネットから日常的に情報を収集してはいますが、知らないことを体験談も交えて人から教えてもらうことも大好きです。
インターネットで調べればわかるから
カナダで働き始めた時に、経験の浅い同僚に効率的な仕事の進め方を教えてあげようとしたら、必要ないと断られたことがありました。また、私が子どもたちをトリリンガルに育てたと知っていても、そして、自分の子どもをバイリンガルに育てたいと言う人でも、私に相談に来たリアルの友人知人、また親戚は1人もいませんでした。
もちろん、相談する・しないはそれぞれの自由です。対面で人に教えを請うことが恥ずかしく、無名で探せるインターネットやSNSに頼ってしまう気持ちも理解できます。しかし、1人で検索していると、自分好みの回答のみに耳を傾け、考え方の違う人の意見を無意識に拒否する傾向に陥ってしまう罠があります。
また、SNSで見つけた情報を、確かなソースと突き合わせて検証せず鵜呑みにしている人も多いようです。インターネット上には嘘の情報が多いため、玉石混合の情報の中から正しいものを選ぶ目を持つことは、難しいけれど非常に大切です。
将棋や囲碁の感想戦とは
プロの将棋や囲碁の世界では、対局の直後に「感想戦」という、勝者と敗者が話し合いながら再度お互いの打ち手を振り返り、両者がより良い打ち手を模索し研究する習慣があるそうです。2020年の、17歳の藤井聡太さんが36歳の渡辺明さんをくだした棋聖戦直後の感想戦の動画を観ましたが、そこには勝者の奢りや敗者の悔しさを微塵も出さず、お互いを尊敬しあいながら高め合おうとする態度がありました。
一般社会、特に日本では、年齢が上だから、上司だから、先生だから、親だからと、単なる年齢のという数字や肩書、立場だけで、尊大な態度を取る人が大勢います。相手が年下だから、子どもだから、または女だからと、その人の持っている特技やアイデアを、自分の持っているものより価値が低いと考えるのか、または、年齢や肩書だけでしか自分の尊厳を守れないからなのでしょうか。一方、若者も、年長者の言うことを「古い」、または「自分と価値観が違う」という一言で片づけ、耳を貸さない人がたくさんいるのも、もったいないと思わずにいられません。
教えに年齢は関係ない
36歳の大人が、まだ17歳の高校生に敬語を使い真摯に教えを請うことの必要性は、将棋や囲碁の世界だけでなく、どのような場面にも当てはまります。現代のデジタル社会では、スマホをおもちゃ代わりにして育ったデジタルネイティブの勘の良さには舌を巻きます。
私もパソコンは初期の頃から使っているのでデジタル音痴ではありませんが、電化製品やデジタル機器を、取扱説明書も読まずにさっと使える息子にはよく助けてもらっています。そして、教えてもらったら、相手が息子であろうと必ず「ありがとう」を言います。そして、息子も、私たち親から、進学・就職や投資、運転などをいろいろ教わってきました。
教え合うことに年齢や経験の長さは関係ありません。ある分野の経験が浅くても、他の分野での経験を活かすことは十分できますし、若かったり経験が浅いからこそ見える視点があるからです。世の中の誰もが生徒であり、先生であると私は思っています。
教えを請うことは信頼を得ること
人に頼んで教えてもらうことは、コミュニケーション力であり、ネットワーク力です。知らないことを知ろうとする態度は、人から信頼を得ることに繋がり、また、人と繋がることで思わぬチャンスを招くことがあります。私はカナダで求職中に、空きポストがあれば教えてくれるようにと遭う人ごとにお願いしました。すると、その中に私に仕事を紹介してくれる人が現れたのです。
私はクリスチャンではありませんが、聖書に、おもてなしを手伝わない妹のマリアのことをマルタがイエスに愚痴ると、イエスが「彼女は良いほうを選んだ」と諭します。人の話を聞いたり、知らないことを教えてもらえるチャンスをみすみす逃すなということですね。
もちろん、対面でも間違ったアドバイスをする人もいるでしょう。しかし、それも含めて、違う意見でもいったんは聞いてみて、他の情報と照らし合わせ、自分の考えと対比させて客観的にものごとを見ることに役立ちます。自分好みの回答だけを玉石混合のSNS上で選び学んだ気分になるか、人と対話して、意見を交換して知見やネットワークを広げるか。どちらが人生で得なのでしょうか。人の経験や知識と合わせて色々な角度から情報収集することは、決して時間の無駄ではないと思います。
この記事はカナダ日本語情報誌『TORJA』連載コラム『カエデの多言語はぐくみ通信』2023年5月号に寄稿したものです。 ☞ https://torja.ca/kaede-trilingual-39/
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