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霊憑き男子は推し活女子に恋をする 第4話【創作大賞2024恋愛小説部門応募作】

 美しい夕日が差している。

 私は海辺に立っていて、潮風が横にいる早坂さんの髪を優しく揺らしている。

 彼女はどこか遠い、海の向こうを眺めている。

「早坂さん」

 私が声をかけると彼女はゆっくりと振り返り、なんですか、と優しく微笑んだ。
 高鳴る胸を押さえながら、彼女の目を見据え、一歩、また一歩と近づいていく。

 手を伸ばせば届く距離で、わたしはゆっくりと、そしてはっきりと言った。

「私と付き合ってください」

 驚いたのか、彼女は目を見開いた。
 しかしすぐに目線をそらし、波の彼方を見ながら思案しているそぶりをみせる。

 その数秒が、とてつもなく長い時間に感じるのだ。

 早坂さんは風で乱れた髪を直して、

 そして唐突に豹変した。

「ごっめんなさーい!
 私、一般人には興味ないんでーす!」

 そう言い放つと彼女は高笑いをする。するとどこからともなく大人気アイドルのシン様が現れて(何故か上半身裸)。

「彼女の心は僕のものだよ」

「やだ、シン様ったら!」

 頬を赤く染め、まんざらでもなさそうな彼女をお姫様抱っこして、夕日の向こうへと走り去っていく。

「さよーならー遠野さーん!」

「待ってください早坂さん!私、体鍛えますから!
 週末にボイトレも演技指導も受けますから―――――――!!」

 そんな叫び声も虚しく、笑い合いながら砂浜を駆けていく。

 橙色に染まった砂浜に両膝をついて、私は号泣するのであった。

 そんな夢を見て飛び起きた。

 ここ最近、冬なのに寝汗でびっしょり、目覚めは最悪である。

 * * *

 早坂さんがバイトに入ってから十日近くが経った。
 覚えが早いためすぐに仕事にも慣れた彼女は、すでにレストランの看板娘として活躍している。

 気難しいオーナーでさえ、彼女の仕事振りを褒めていた。(私には怒鳴ってばかりなのに)

 しかし、休憩時間に世間話をしていると、早坂さんはいつもシン様の話だ。

「どんな映画が好きですか」と聞くと、「シン様のこの前のラブストーリーが泣けるんです!」とか、
「どんな音楽を聴きますか」と尋ねれば「シン様のアルバムは毎朝毎晩聴いてます」とか。

 最近では私が随分聞き分けよく彼女の話を聞くものだから、話を振る前に彼女の方から、
「今日シン様が映画の試写会に出席しててですねー」と話しかけてくるほどにもなった。

 まったくもって口説く隙がない。
 今まで接してきたことのない人種なので、恋の方程式がまったく見えないのだ。

 あんな性格なのだからさぞかし学校で浮いていることかと思いきや、そうでもないらしい。

 俳優やアイドルのファンの子達なんかと雑誌を見比べながらお互いの好きな人のことを語り合うそうだ。

 理解に苦しむ。
 私は今まで好きな人や恋人の自慢などしたことはない。

 もし好きな人の魅力について語ったら、友人が「そんなにいい子なら俺もアタックしようかなー」なんて思ってしまうかもしれないではないか。
 私が好きになった人の魅力は、私だけが知っていればいいものだし、他人に知って欲しくないと思う。

 だが女の子は違うようだ。
 惚れた相手がどんな人なのか、逐一話したがる。
 またここで、分かり合えない男女の考え方が垣間見えた。

 確かに彼女の好きな神ノ木シンは男の私が見ても二枚目だと思う。
 切れ長の目、すっと通った鼻筋、爽やかな笑顔、鍛えられた肉体、性格も良さそうだし、なかなか好感が持てる。

 しかし芸能人である。
 画面越しにしか会えないアイドルである。

 私もテレビなどを見ていて、この女優はタイプだな、とかこのタレントは可愛らしいな、などと思うことは多々ある。

 しかし、そう思うだけで本気に好きになどならない。

 私は相手を知っていても、相手は私を知らないのだから。

 一度も会ったことも喋ったこともない人間相手に、そこまで夢中になれるものなのだろうか?

 それよりなにより、彼女とほぼ毎日会って喋っている私が、会ったことも喋ってことも無い芸能人に負けていると言うことが、とてもじゃないが許せないのだ。

 心の狭い私は、何事もギブアンドテイクではないと気がすまない性分だ。
 私がどんなに好きで想っていても、相手から何の反応もなければ悲しいし、落ち込まずにはいられない。
 芸能人を好きになるなんて、それの最たる物ではないか。

 こんなに早坂さんとお近づきになりたいと思っているのに、その行為にもまったく気が付いてもらえないのは、苦しいことだ。

 そんな状況を打開すべく、悶々とした気持ちを引っさげて私は街へとくり出した。
 今日は平日だが、仕事がオフの日なのだ。

『彰文、最近お主少し疲れていまいか?
 拙者はお前の身が心配だ』

 相変わらず成仏する気のない氏原陣八は頭の中から声をかけてくる。

 顔も見たことのない相手だが、四六時中体の感覚を共有されている生活に慣れてしまっている自分が怖い。

『今日もおかしな夢を見ていたな。
 拙者未だによく分からないのだが、彼女はあの夢の中に出てきた男のことが好きなのだろう?』

 見た夢まで共有しているのか。
 私は頭を抱えた。

 信号の待ち時間、向かいの店のショーウィンドーに映った自分に話しかける。

「そうだ。彼女はアイツにフォーリンラブなんだ」

『フォーリンラブ?』

「ぞっこん。くびったけ。あなた意外誰も見えないといった状態だ」

『なんと。ならばその男から奪えばいい。
 武士たる者、愛は自分の物にしてこそ華であろう』

 私だって自分の物にしたいとも。
 相手が芸能人だと分かっていない陣八は当たり前のように告げる。

 信号が青になったので、ショーウィンドーから目を離し他人に怪しまれないようマフラーに顔をうずめ、小声で喋りながら歩く。

「じゃあ聞くが、陣八の時代の有名人とは誰だ?」

『有名人か。それはやはり家康公だろう』

「家康ね…」

 小学校の時の歴史の教科書に載っている徳川家康の顔を思い浮かべながら、彼女がご執心のシン様とは似ても似つかないと思った。

「端的に言えば、自分の想い人が家康に恋をしているようなものだ」

『なんと!しかし家康公は征夷大将軍に在られる方ぞ。
 拙者だって直にお会いしたことなどないし、ましてや女子供がお目見えするなど…』

「早坂さんも、会ったことのない人に恋をしているんだ」

『……なるほど。お主が悩むのが分かる気がする』

 私の苦しみをようやく理解したらしい陣八は、事の重大さをしみじみと噛み締めるようにため息をついた。

 その辺の町奉行の娘さんが、幕府のトップを好きになるようなものなのだから、おかしな話である。

 木枯らしに身をすくめながら、人通りの少ない町並みを当てもなく歩いていく。

「陣八は、奥さんとどうやって出会ったんだ?」

『さくらとの馴れ初めか?』

 普段は他人の恋愛話など聞かないし、心がすさむので聞きたくもないのだが。
 江戸時代に生きた霊の話はそう簡単に聞けるものではないし、私は知的好奇心の旺盛さゆえに問う。

『そう、拙者は一介の武士で、さくらは町でも評判の団子屋の看板娘だった。
 明るくて気立ても良いものだから、いつもあの店は客が耐えなかった』

 懐かしむような陣八の声を聞きながら、水戸黄門などのドラマに出てくる江戸時代の街並みに、
鋳物姿でお店を切り盛りしている女性(見た目はもちろん早坂さん)が目に浮かぶ。

『しかし、その団子屋の店主かつ彼女の父親が、町でも有名な武士嫌いでな。
 侍のところに娘は絶対に嫁がせん、と頑なに譲らない方だった』

 やはりいつの時代も彼女の父親がラスボスであり、「娘さんを僕にください」というのが最終イベントなのであろう。

「それでどうしたんだ?」

『とにかく顔を覚えてもらうために、毎日毎日通いつめた。
 毎日きっかり同じ時間、同じ団子を同じ本数食べるんだ。
 一月もそうしていれば、「いつものを」というと、注文したものが出てくる常連になった』

「ほう」

『次に、父親の趣味を徹底的に勉強した。義父上は芝居が好きだったから、様々な芝居を見て知識を深めた。
 そしてさりげなく話題を振って、こいつとは気が合う、と思わせるのに成功した』

「ほほう」

『そうするうちに彼女とも話す機会も増えてきた。
 この時点でやっとさくらを口説きだすのだ。
 しかし仲を深めても、義父上に反対されることはなかった。
 あいつは武士だが、いい奴だ。娘もくれてやらんこともない、と言われて、見事結ばれた』

「ほうほう」

『まさに将を射らんとすればまず馬を射よ戦法で、見事私は彼女を勝ち取ったのだ』

 なるほど、確かに興味深い話ではあった。陣八の執念とも言うべきか。

 しかし話だけを聞いていると、なんだか彼女よりも父親を口説いているようで、私にはいささか真似できない方法だった。

 ふとレンタルDVD屋の前を通りかかると、店頭にでかでかと「シン様の最新作!」というポスターが貼ってあって、思わず顔を引きつらせる。
 
 今まで注意してみてなかったから気が付かなかったが、街のいたるところに彼の姿はあった。
 本屋では何種類もの情報誌の表紙を飾っているし、CMなどにも出演していてテレビ露出も意外と多い。

こうした看板も、意識していないと気が付かないものだ。
 私は店の中に入り、真っ先にドラマコーナーへと向かった。
「人気俳優特集」と目を引くポップで彩られた場所へと向かった。

 早坂さんの話の中に出てきた映画やドラマが所狭しと並べてあり、そのほとんどが貸し出し中だ。
 ひとつだけ置いてあったBlu-rayを手に取り、ろくにパッケージも見ないままカウンターへ持っていった。
 まずは敵を知り、己を知ることから始めよう。

 戦利品を小脇に抱え店を出る。
 寒空の下、借りたばかりのBlu-rayを見つめ私は考えた。

 彼にあって、私にないものは何だ?
 ポスターの中、ヒロインらしき美人女優に笑いかけるシン様を見ながら思案する。

 容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀でエリートコースまっしぐらの私になくて彼にあるものは一体なんだ?

『お主の場合は幾分か自意識過剰と思い込みが激しすぎると思うのだが』

 頭の中で響いた的確な突っ込みは華麗にスルーした。

 男としての器量も包容力も経済力もあり、高身長・高学歴・高収入の3Kの揃った私。足も長くスタイルも抜群だ。

 スタイル?
 私ははっとした。

 もう一度ポスターの中の俳優を見つめる。穴が開くほどに、着火するのではないかというほどに熱く熱く見つめる。
 こんなに見つめられたら、シン様もまんざらでも無くなるのではないかというほどに強く。

 私は己の体を省みた。確かにぜい肉は無いが、代わりに大した筋肉もさほどついていない。
 スレンダーが売りの私だが、ポスターの彼と比べれば、貧相な体だと言われてもいた仕方ない。
ガッデム!盲点であった。

 早坂さんも前に、「爽やかな笑顔とたくましい肉体のギャップがいいんですよね」と言っていたではないか。

 マッチョが好きな女性は、相手がマッチョではないだけで既に恋愛対象にはならないと聞いたことがある気がする。

 コンマ三秒で私は決心した。

「陣八、決めたぞ。私は男になる」

『ほう。では今までは何だったのだ?』

「今までは、男という肩書きに甘んじて生きていた、ただのホモサピエンスに過ぎなかったのだ…!」

 モデル体型がなんだ。男たるもの、筋肉がなくてどうする。

 私の中の〝男気〟が話しかけてくる。
 めったに出番のない〝男気〟は、ここぞとばかりに私を挑発する。

 神ノ木シンと同じ土俵で張り合うどころか、彼女から男としてさえ見られていなかった。
私は走った。
 
 そんな馬鹿な!と絶叫したいぐらいであった。歩道を逆走する。
 マフラーがなびき通行人が振り返るが気にしない。初めて感じた劣等感に、打ちひしがれていた。

 駅前のスポーツジムの前まで来て、そのドアを開ける。
 明るい笑顔の受付係に説明されながら、鼻息荒く会員カードを作った。

 名前や住所を書く時間さえも惜しい。そわそわと挙動不審な私を怪しむ受付係に更衣室まで案内される。

 ロッカーに鞄を入れながら服を脱ぐが、勢い余って全裸になってしまいそうになる。シャツとズボン姿で、さあいざゆかん、と

 武士のように気合いを入れてトレーニングルームへと向かった。

 トレーニングルームには運動するための器具やマシンが置いてある。
 私はジムなど利用するのは初めてだったので、辺りを見渡す。

 スポーツ選手風の男性や、ダイエット目的らしき女性もちらほらと見える。
 真っ先に私はランニングマシンへと歩み寄った。

 上に乗りスイッチをオンにすると、ベルトコンベアが動き出し、その上に沿って歩き出す。

〝男気〟が語りかけてくる。
 今日の夢のように、無様な結果になりたくなかったら己の体を磨くべし!

 私の中の〝男気〟は、本日絶好調だ。

 夕日をバックに走り去っていく早坂さんとシン様(上半身裸)を思い出し、私は無我夢中で走る。

「うおおおおおー――――――!!」

 前方のパネルについている速度調節ボタンを連打し、最速にする。
 全力疾走で腕を振り、豪快な音と叫び声を上げながら私はベルトコンベアの上を走り続ける。

 横で走っている女性が口をあんぐりと開けて私を見ている。
 健康維持のためかストレッチをしていた老人たちが凝視している。

 指導していたインストラクターも、注意もできず開いた口がふさがらないようだ。

「陣八、サポートを頼む」

『相分かった』

 サイクリングマシンをこぎながら叫ぶ。

『彰文、好きな食べ物は?』

「プロテイン!」

 ダンベルを持ち上げながら猛ぶ。

『彰文、憧れの人は?』

「シュワルツネッガー!」

 サンドバックを叩きながら吠える。

『彰文、座右の銘は?』

「筋肉に、勝るものなぁ――――――し!!」

 昼下がりのジムは、完璧な肉体を渇望する一人の男の戦場と化した。

*  *  *


 ジムから出ると、既にとっぷりと日は暮れていた。

 三百段ある家までの境内を震える足で一歩また一歩と登りながら、やっぱり慣れない事はするものではないと、体中の骨が抜けてしまったのではないかと思う程ぐらつく体を支えながら歩いていく。

『やはり鍛錬は一朝一夕でできるものではないな』

 できればジムに行く前に止めて欲しかったのだが。
 無駄口をきく体力も惜しくて、私は無言で階段を登り続ける。

 やっとのことで家まで辿り着き、靴を脱いで上がると、夕飯も食べ終わり夜の修行も終わったらしき修行中の坊さんたちが、布団の敷きつめられた和室でザコ寝しながら騒いでいた。

 もう喋る元気もない私は、体を引きずりつつその部屋の前を素通りしようとして、

「よお彰文、お帰り」

 ふすまの近くで漫画を読んでいたヨシが話しかけてきた。

 思わず、空気を読めと言ってしまいそうだったが、ヨシは無邪気に、

「どうした、なんかますます痩せたんじゃねぇか?仕事きついの?」

 と追い討ちをかけてくる。
 アレだけ運動したのに黄金の肉体どころかやつれてしまうなんて。

 私は悲しくなって、まあな、と一言告げて自室へ向かおうとした。

 するとヨシが私の元へつつ、擦り寄ってきて、他の者に聞こえないようこっそりと耳打ちをしてきた。

「見たぜ彰文。この前結構可愛い子と歩いてたじゃねぇか。
 由紀ちゃんにフラれて落ち込んでるかと思いきや、意外とお前もやるじゃん」

 どうやら仕事帰りに早坂さんを送っている所を見られたらしい。
 ちなみに由紀とは例の放浪癖の元彼女の名前だ。

 ニヤニヤと笑いながら私の返答を待つヨシに苦笑いで返すも、弱みを見せるのも嫌なので実に優雅に切り返す。

「そう、彼女こそが私の女神、聖母マリアだ」

「出た!彰文のわけわかんねぇキザセリフ!
 なぁみんな、聞いてくれよ!」

「キザとは失礼な」

 ヨシの声掛けに、腕相撲したりプロレス技かけあっていた他の奴らが一斉に振り返った。

 どうしたどうした話を聞かせろとせがんでくる。

 私は気が向かなかったので、適当にあしらって逃げようと思ったのだが、
「まあ座れよ、なっ!」とか
「さぁさぁ社長、一杯飲んじゃってくださいよ」と、ビールを注いだグラスを渡された。
 どうやら誰かが買い込んだ物らしい。

 爺さんにバレてこの前正座耐久三時間コースをさせられたというのに、懲りない奴らだ。

 部屋は一気コールに包まれ、しょうがなく私はグラスに注がれたビールを飲み干した。周りから歓声が上がる。

「ほらもう一杯!」とまた注がれて、私も調子に乗ってそれも飲み干してしまった。

 基本的に酒は強い方なのだが、ジムで運動してくたくたに疲れた後、すきっ腹に一気飲みは効いた。

 しぶしぶ付き合っていたが、数分後には「もー全部しゃべっちゃうぞーぉ」的なノリになり始めていた。酒は飲んでも呑まれるな。

『なんだか気持ちよくなってきたな。
 酔う感覚なんて久々だ』

 五感を共有している陣八は愉快に言った。
 私もだんだん楽しくなってきて、普段では考えられないほどの饒舌で坊さん相手に語った。

 仕事場にいつも早坂さんが同じ席に来ていたこと。おばさんとの喧嘩を止めたこと。

 彼女がバイトに来たこと。
 そして、彼女が猛烈なアイドルオタクであること。

 布団の上にあぐらをかきながら、アルコールの勢いで呂律が回りにくい私は喋った。

 そして数十分後。
 部屋は大爆笑で包まれた。

「お前、マジで女運なさすぎ!」とか
「うちのお袋もハマッてドラマとか毎回見てるぜ!」とか
「おいしすぎるだろその子!」とか。

 別に同情して欲しくも親身になって欲しくもなかったが、ここまで笑われると腹が立ってきた。

 私の気も知らないで。
 坊主頭の野郎どもは枕を抱きかかえながら、ひっくり返ってジタバタしながら腹を押さえて笑っている。

「無理だぜお前、だってぜんぜん爽やかじゃねぇもん」

「そうそう、アイドルみたいに笑顔で投げキッスしてみろよ!」

 再びどっと笑いが起きる。ひーひー言いながら布団をたたく奴までいる。

 流石に頭にきて、どいつもこいつも殴ってやろうかと思ったが、そんな体力はもはや残っていない。

 もう帰ってやる、と思って荷物を持ったら、ふとさっき借りたBlu-rayが目に付いた。

 私の部屋にはテレビはあるが、レコーダーがあるのはこの部屋だけなのだ。

 転げまわってる奴らを足蹴にして、レコーダーにBlu-rayを入れて再生する。
 音楽が流れて映画が始まるとまた皆は冷やかし笑う。

「わざわざレンタルしちゃって、随分勉強熱心じゃーん。そんなに悔しかったわけ?」

「うるさい。黙って見てろ」

 せっかく借りたのだから見なければ損ではないか。私は目を細めて画面に集中する。
 シン様が登場すると周りは大興奮し、ラブストーリーに何かある度に「こんな展開ありえない」だの「こんな女は嫌だ」などといちいち突っ込む。

 しかし二時間後。

 エンディングのテロップが流れ出した時、部屋はすすり泣く声に包まれていた。

「なんていい話なんだ!」

「死んじゃうなんて酷すぎる!」

 と坊主たちは全員号泣していた。
 かく言う私も目頭が熱くなっていたので、ティッシュで鼻をかんだ。
 主人公のシン様はヒロインと恋人同士なのだが、不治の病で余命短く、さらにヒロインとは実は兄妹同志だった、と使い古されたベタなストーリーなのに、完成度が高く涙が止まらない。

 始まった時はあんなに茶化してバカにしていた奴らが、泣きながら
「主人公、なんていい奴なんだ!」
「俺、今ならシン様に抱かれてもいい」
 などと言うほどに。

『最後の場面は涙無くは見ることはできないな…拙者、いたく感動した』

 と、ご多分に漏れず陣八も映画の良さに心打たれたようだ。

 鼻をすする音に包まれ、ラストシーンの余韻に浸り終わった後、Blu-rayを取り出した。

 涙で目を赤くした坊主たちは、あそこが良かったここが良かったと感想を述べ合っている。

「バカにして悪かった、彰文。
 こりゃ女の子は惚れるよ」

「応援するぜ、シン様に負けないように頑張れよ」

 うんうん、と熱い瞳に見つめられた。
 しかし、こんな奴らからでも、馬鹿にされるよりは応援された方が嬉しい。

「その彼女をクリスマスまでに恋人にしなきゃな」

 ヨシの言葉に全員が頷く。
 クリスマスという響きには不思議な魔力がある。
 数週間後に迫った聖なる夜、彼女と一緒に過ごせたなら…と、考えずにはいられない。

 いつもいつも、カップルたちを恨めしそうに見ながら、イルミネーションに輝く街を逃げるように早足で歩いている。

 そんなロマンの無いことはもう去年で終わりにしたい。
 今年は、心躍るドラマチックな展開にしたいのだ。

 私がそんな妄想に浸っている時、ヨシは私の肩をバシバシ叩いて言ってきた。

「ユキヤ! なんか作戦ないのかよ?」

 隅のほうで話を聞いていたユキヤが顔を上げた。おしゃれ眼鏡に茶髪の色男だ。

 本人いわく、頭の形が絶壁で、みっともないから髪を剃りたくないと言ったら許されたらしい。絶壁万歳、と笑っていた。

「そうだな…やっぱ彼女の趣味に合わせて、そこから落としていくのが王道じゃないか?」

 メガネを押し上げてユキヤはニヤリと笑う。
サーカス団の跡取り息子の彼は、六股をかけていて曜日ごとにデートをする女性が違うという。
 名言は「日曜日ぐらいは休ませてくれよ」。
 女の敵には違いないが、心強い味方である。

「シン様だろ…確か何か情報があったな…」
 
 とノートパソコンを取り出してなにやらものすごい勢いでキーボードを叩き始める。坊さんたちはパソコンの画面を凝視する。

「お、今週末にコンサートがあるみたいだな」

 シン様の公式ホームページにアクセスしてスケジュールを見ると、確かに週末にイベントの予定があるようだ。

「コンサートとか誘うといいんじゃねぇの?」

「でもチケットなんて手に入らないだろ、そう簡単に」

 周りで喋るヨシ達だったが、待ってましたと言うように、ユキヤのメガネの奥の瞳がキラリと光った。女殺しの瞳である。

「待て、急用で行けなくなった人がチケットリセールに出してるかもしれない」

 再びものすごい勢いでキーボードを打ち込み、ウェブ上を駆け巡っていく。

 するとすぐにチケットを売っているページに飛んだ。

「すげぇ、本当にあるじゃん!」

「どうする彰文、これ買うか?」

 メガネを押し上げてユキヤが振り返る。画面を覗き込むと、そのチケットの値段に度肝を抜かれた。
 頭の中で、早坂さんの笑顔+素敵なクリスマスと何枚もの諭吉さんが天秤にかけられる。

 愛か金か。
 私は即答できる。
 無論、愛である。

「よろしく頼む」

「まかせろよ。一アカウント一回しか申し込めないから、お前たちもアカウントとって申し込んでくれ」

「おう!」

 目の色を変えたユキヤに歓声が上がる。
 他の坊主たちも各々のスマホを取り出し、アカウントに登録を始める。

 我々は肩を組んでシン様コールをするのであった。
 そして日付の変わる三時間後、見事リセールに当選し、狂喜乱舞の夜はまだまだ続くのである。


↓次回第5話はこちら


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