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霊憑き男子は推し活女子に恋をする 第10話【創作大賞2024恋愛小説部門応募作】
今日は12月24日である。
朝からニュースをつけると、どれもこれも今日は絶好のデート日和ですね、とかオススメデートスポットはここです、などと聞いてもいない情報を教えてくれる。
まだ昼だというのに、何やら街の空気がピンクがかって見えるのは私だけだろうか?
浮き足立った雰囲気。道行く人、みんなが浮かれている。
そんな雰囲気の中では、私とてミニスカサンタのコスプレをしてチキンを売っている女の子に「貴女をここで召し上がります」と言いたくなってしまう。それほどの魔力が今日はあった。
そう、今日は十二月二十四日なのだ。
言い換えると、クリスマスイブなのだ。
カップル達が惜しげもなくイチャつき会うことに、市民権が与えられている日。
だというのに、私の頭の中では「きっと君は来ない、一人きりのクリスマスイブ」という所だけエンドレスで流れている。せつなすぎる。
「なんつー顔してんだ、よりによってイブの日に」
オーナーが顔をしかめて気の毒そうに言った。
昨日の一人大乱闘のおかげで、私の顔は痣だらけ、体は打ち身だらけ。頬の腫れをひかせるために湿布を張っている。
なんとも痛々しい姿。未だに頬がじんじんと疼いている。
無理矢理抱きしめたら突き飛ばされて、その後霊とも殴りあったクリスマスイブイブ。
傷だらけの顔のまま、むさくるしいオーナーと二人で忙しい店を切り盛りするクリスマスイブ。
素晴らしく灰色な私の青春に乾杯、といったところか。
あまりの悲しさに涙も出ない。
そんな私を前にして、愛を語るカップル達がプレゼントを渡し合おうものなら、「こちらサンタさんからのプレゼントでーす」と言ってシャンパンのコルクを当ててやりたいところだ。
一ヶ月前からクリスマスの予約を承っていたためか、席は満席だ。
ホテルの一階のおしゃれなレストランだから、ムードも満点なのだろう。
それに今年はイブ、二十五日共に土日で休日なため、昼間っから恋人たちが仲睦まじくしている様子を見ることができる。
最高の笑顔でもてなしながら、頭の中ではやっぱりラスクリスマスが流れている。
きっと君は来ない。
一人きりのクリスマスイブ。
なんとも染みる歌詞ではないか。
ああ、早坂さんは今どこで何をしているのだろう。
抱きしめてしまった手前、どうアクションに出ればいいか分からない私は途方に暮れる。
シン様のスキャンダルは今朝もニュース番組を騒がせていた。年内結婚の予定も、と日に日にエスカレートしていくあおり文句。
それを見て、部屋のポスターを剥がしてしまうぐらい落ち込んでいた早坂さんに対してとったのが私の昨日の行動だ。
鈍感な彼女が私からの好意に気がつき、気がついた上でのあの拒絶なら、もう脈はないのかもしれない。
私の胸は痛む。これ以上無いというほどに体中痛んでいるのに、それでも胸が締め付けられる。
彼女を好きになったあの日から、絶対にクリスマスは一緒に過ごす!と決めていたのに。
人の夢って書いて儚いって読むのだと、改めて実感した。
ぼさっとしてるな、というオーナーのドスのきいた声に注意をされ、鉛のように重い体を引きずって接客へと向かった。
「いらっしゃいませ」
と笑顔で対応した先には、
「よ、彰文、メリークリスマス!」
脳がお天気なヨシが手を上げて答えてきた。
「……恐れ入りますが、当店は現時点を持ちまして閉店とさせていただきます」
すっぱり言い放って踵を返すも、ヨシは「冗談きついぜー」と私の腕を掴んだ。冗談ではないのはこっちのほうなのだが。
坊主頭の癖に、今日は黒のタートルネックにコートを着てカッコよく決めている。
その横には、茶髪で派手な感じの女性がいた。
「えー、なになにヨシの知り合い?結構イケメンじゃーん」
「おいおい、俺とどっちがかっこいいんだよ?」
「そりゃーヨシに決まってるし!」
少々頭の弱そうな女性は、鼻の下が伸びまくっているヨシと手をつないでいる。この前聞いた、新しい彼女だろう。
「クリスマスデートしようっていうからさ、彰文のレストランに予約入れちゃった」
頬の緩みっぱなしなヨシと引き換えに、私の頬は引き攣りっぱなしである。
どこにも就職ができないというから私の寺を紹介してやったというのに、恩知らずめ。
呪いの言葉を繰り返しながら、私は無駄の無い所作で二人を席まで案内した。彼女のきつい香水が鼻につく。
しかし何の因果か、空いている席は一つしかなかった。
早坂さんが、まだロイヤルさんであった時に毎日来て座っていた席。そして神ノ木シンが座ったらしき席。
その、一番奥で窓際の席に、ヨシとその彼女は遠慮なく腰を下ろした。
「でもさー、このレストラン高そうじゃない?」
「大丈夫だって、臨時収入入ったから」
楽しそうに話し合う二人に、本日のお勧めメニューをマニュアル通りにつらつらと喋る。
本日は子羊のステーキのコースがお勧めです、と言うと、じゃあそれ二つと注文された。
私は何も考えないように無心で伝票を打つ。
「あーそーだ、さっきさ、彰文の彼女見たぜー」
私は伝票を取り落とした。
乾いた音を立てて、床へと落下する。
「……どこで」
「いや、さっき歩いてたときにすれ違ったんだよ」
「どこで」
「うーん、商店街を通る道のところだった」
「誰かと一緒にいたのか」
「いや、一人だったけど、待ち合わせしてるっぽかったかな。
つーか彰文顔怖いよ」
ヨシの言葉に私の停止しかけていた脳みそがフル回転する。
厳密に言えば彼女ではないのだが、ヨシは私が早坂さんを仕事帰りに送ったところを見ていたので、覚えていたとしてもおかしくは無い。
落ちましたよーと言ってヨシの彼女が伝票を拾ってくれた。拾ってくれた時に胸の谷間がちらりと見えたが、あれはCカップはあるな。やるじゃないかヨシ。いやそんなことはどうでもいい。
早坂さんが今どこにいるのか、私は知りたくてしょうがない。
昨日思わずキスしてしまって、今も頬に湿布を張るほどのパンチを頂戴した。
彼女はこんな寒いイブに、一体全体どこに行くのだろうか?
「なんか駅前のホテルに入っていったよねー」
「そうそう、やけに真剣な顔してたな」
私の心など露知らず、できたてのカップルは和気藹々と喋っている。
ホテル?
色っぽい単語に、私の不安ゲージは一気にMAXになった。
もしかしたら、落ち込んでいた彼女を悪い男がたぶらかしたのではないか。
ホテルに呼び出して、あらぬ卑猥な言葉をかけて彼女をいじめ、いたぶっているのではないか。
もしかしたら、ホテルの一室で某国のスパイに捕まった彼女は、人質として捕らえられているのではなかろうか?
そのほかにも、想像できうる限りのさまざまなシチュエーションが浮かんでは消え浮かんでは消える。
神妙な顔をしていたという彼女が、よりによってイブに何の用事があるというのだろうか?
今すぐ会いに行きたい。
この伝票を投げ捨てて店のガラス窓を破りぬけて、彼女の元へと走って行きたい。
ヨシたちの前で立ち尽くしている私に、隣のテーブルの片付けをしていたオーナーが、すれ違いざまに私の肩を小突いてきた。
その顔には「てめぇこのクソ忙しいときに客と雑談してんじゃねぇ」と書かれていた。
殺される。
生命の危機にさらされたので、ごゆっくり、と頭を下げてヨシの席を離れた。
しかし、一度聞いてしまったことは簡単には忘れられない。そして、一度想像してしまったものはどんどんエスカレートしていく。
悪い男に、スパイにいじめられ、涙目の早坂さんが「助けて遠野さん」と必死に助けを求めてくるのだ。
私の不安ゲージは目盛りを振り切って壊れた。
仕事なんてクソ食らえだぜ!私は愛を取る、と勢い勇んでいたとき、陣八が小さく話しかけてきた。
『彰文、話したいことがあるのだが』
「後にしてくれないか」
『いや、すぐ終わる。家に帰ったら、部屋の引き出しの中を見てくれ』
唐突に意味深なことを言った陣八は、どうしてと言っても何も答えず、再び黙り込んでしまった。
早坂さんのことで頭がいっぱいな私は、深く考えもせずわかった、と相槌を打つ。
この場を去りたい。あの人に会いたい。
欲望はむくむくと育っていく。
嫌がらせかと思うほど忙しいフロア。客の出入りは激しく、予約でうまった満席を、食事を運んだり注文を取ったりと何度も何度も行ったり来たりする。そのうちバターにでもなるのではないかと思うぐらい、きりきり舞いに働き続ける。
しかし、突然の来客に、その泣きたくなるような状況は打破された。
店の扉を開けて入ってきたのは、四十代と思われる中年の女性だった。
恰幅のよい体に、おばさん特有のパーマをかけて、仁王立ちしている。
「ご予約の方ですか?」
尋ねると、中年の女性は重々しく首を横に振った。
本日はご予約された方しかご案内できませんが、と言っても、何の反応も無い。
すると私の横をすり抜けてフロアの中へとずかずかと入っていった。
あまりの威圧感になんだろうと客達は怪しいその人を見つめていた。
おばさんは周囲の客席を見渡していると、不意に視線を定め、そこへ走っていった。
一番奥の窓側の席へと。
「ヨシ! こんの大馬鹿者が!」
店中に響き渡るほどの大声を上げて、おばさんは楽しそうに子羊のステーキを口に運んでいたヨシに掴みかかった。
恐ろしいほどの迫力に、鳥肌が立つ。
「か、母ちゃん!」
この世のものではないものを見たように、一気に顔を青ざめさせヨシが叫ぶ。
母ちゃんと呼ばれたおばさんは、太い腕をヨシの首に回してがくがくと揺さぶった。
「あんた!昨日久しぶりに家に帰ってきよったと思ったら、財布から金すっていきよったとね!?そんな息子に育てた覚えはなかと!」
「なんね、クリスマスに彼女とデートするのに必要だったばってん、仕方なかったとよ!」
途端に九州なまりになったヨシは、揺さぶられながら死にそうな声を出す。
どうやら彼女とのデート資金調達のために実家から金をくすねてきたらしい。
人間失格なヨシはもがこうとするが、動けば動くほど苦しそうだ。
すると扉を開けて、今度は次から次へと子供が入ってきた。
おさげ頭の女子高生が赤ん坊の乗ったベビーカーを押している。中学生ぐらいの男の子はむっつりと黙っており、小学生ぐらいの女の子二人はビービー泣いている。
まだ幼稚園ぐらいの男の子を抱いた大学生ぐらいの青年も、眉間にしわを寄せている。
全員、おばさんの横に並んでいっせいに喋りだした。
「お兄ちゃん最低!」、「金返せよ兄貴」、「うちらケンタッキー食べれんっちゃ」、
「うわーんサンタさん来ないよー」、「おぎゃー!」、「聞いてるんかヨシ!」
兄弟姉妹たちから責められて、八人兄弟の長男で貧乏家族の一員であるヨシは言い訳をしようとするが、
「ちょっとー、何これ聞いてないんだけど?」
「こんな高そうなレストラン、お母さんだって食べたことないんよ!」
彼女にまで責められて、ヨシは可哀想なほどに慌てふためいている。
イブの素敵なランチタイム、ムード満点だったはずのレストランが、子供の泣き声とおばさんの怒鳴り声で、愉快な年末の大家族番組のようになってしまった。
ほかの客たちは食べる手を止め、大騒ぎになっている奥の席を見つめている。はっきり言って空気を読めといった感じだ。
「お、お客様、他の方々の迷惑になりますので…」
事態を見て慌てたオーナーが穏便に事を進めようとするが、
「せからしか!あんたは黙っとき!」
と一蹴されていた。
さすがのオーナーも、気迫で人を殺せそうなおばさんの迫力にたじたじである。
チャンスだ。
オーナーは大家族喧嘩の収拾を図ろうとしているし、客もみんなそっちに夢中だ。
いまなら、少し店を抜けて、彼女のいるホテルとやらに向かえるではないか?
私はコンマ三秒で決断した。
腰巻エプロンを脱ぎ捨て、実に自然に、冷静を装って店の出口へと向かう。
誰も気がついてはいなかった。
店を出て、私は全力で走り出した。
後ろからのヨシの断末魔には、心の中で静かに合掌した。
* * *
急がなくては。
サンタの格好をしているティッシュ配りを無視して、カップルの繋いでる手の真ん中を突っ切って、私は走る。
師走の風がコートも羽織っていない私の体に突き刺さる。
たちまち鼻水が出てきて、ああさっきティッシュ貰っておけばよかったなと考える。
考えるうちにも走る。嫌味かというほどに美しく輝くイルミネーションが視界の端に見えては消え、まるで流れ星のようだ。
ウェイター姿のまま全力疾走する私を、通行人は怪しげな目で見てくる。クリスマスの夜、全力疾走する男。
なんてカッコいいんだ。ドラマのワンシーンみたいでドキドキする。
いや今のドキドキは運動不足による動悸・息切れなのだが。
急げ。彼女の元へ。
私は彼女を傷つけた。彼女の純愛を踏みにじって、自己満足にひたっていただけだ。
なんて愚かで、みじめなことをしたんだろう。私の想いは、彼女が神ノ木シンを想っているその百万分の一程のかもしれない。
彼女の見せた涙が、笑顔が、言葉が、私の体の一番深いところに根付いていき、私の理性という養分を吸ってどんどん大きく育っていくことを抑えられなかった。
この感情は嫉妬だ。世界で一番醜い感情。
早坂さんのことが好きだ。
他のことはどうだっていい。
彼女が芸能人を愛していようが宇宙人を愛していようが関係ない。
私が彼女を好きだということに意味があり、それ以外はそれこそ、宇宙の塵ほど関係が無い。好きでたまらないのだ。
クリスマスなんて結局ただ年末の一日じゃないかと斜に構えながら、それでも王道のラブストーリーに憧れていたひねくれた私。
そんな私でも、今日は素直に言える気がするのだ。
街はどこもかしこもメリメリメリクリスマースな雰囲気だ。どいつもこいつも幸せそうな顔をしている。
しかしここにいる事ができるのはごく一部の恵まれた人間だ。愛する人を見つけた恋人同士。
小さな子供にプレゼントを買って帰るサラリーマン。友人と共にバカ騒ぎをする若者たち。
本当にみじめなのは、好きだという気持ちも言えず、伝えることもできず、横目でカップルを羨ましそうに見ながら、予定も無いのに見栄張ってクリスマスを空けといて、「もしかしたら前日にあの子から告白されるかも」なんて最高に低い確率論に思いを馳せながら、結局独り寂しく部屋で聖なる夜を過ごす羽目になる、そんな人間。
きっと本当は何万人もいるはずの悲しい人種。
去年まで私がまさにそれだった。
男に興味が無いといった子へのプレゼントを握り締めて。
校長と付き合っていた音楽教師を想いながら。
彼女のドメスティックバイオレンスに怯えながら。
南半球で常夏のクリスマスを過ごしている放浪癖の彼女に見捨てられて。
私はいつも思っていたのだ。
結局は私も彼女も人類みんな、誰かに愛されたくてたまらない生き物なのだ。
早坂さんの笑顔が見たい。側にいてほしい。
もう報われないのも苦しいのも嫌だ。
彼女を一番好きなのは私なのだから、当然私以外の奴が彼女を抱きしめていいわけが無い。
キスするのも愛を囁くのも私だけだ。
彼女を泣かせていいのも私だけだ。
私は私のために彼女を愛している。究極のエゴイスティック。
たとえ殴られて蹴られて拒絶されても、彼女が私だけに向けた感情なら、喜んで受け入れよう。
私が恐れているのは、何も伝えられないまま、ゆっくりと忘れられていくことだ。
途方も無いほどの膨大な欲望を抑えて、四六時中彼女の幸せを想っていたこの遠野彰文こそが、
早坂さんの全てを得ることのできる人間なのだ。
私は私のために走る。
会いたい気持ちはとめられない。でもそろそろ体力も限界だ。
気の遠くなるほど走った気がするが、実は大した距離ではないこと無いことに気づく。
『彰文、拙者はお主が羨ましくてたまらない。
未練がましく現世に留まっている自分がとても貧しい存在に思えてくる。
私もそういう風に生きられたなら良かった』
泣くな陣八。お前の気持ちは分かっているよ。
私が感じたことはお前が感じることなんだろう?
苦しいけど私は最後まで走る。私がフラれる未来なんて、誰が信じられるというんだ。
私はただ、早坂さんとラブラブイチャイチャでちょっとエッチなクリスマスを過ごしたいだけなんだ!
心の中で叫ぶと、陣八は楽しそうに笑った(ように思った)。
そしてしみじみと告げた。
『もし成仏して、次おなごに生まれ変わったら、拙者はお主と結婚するよ彰文』
「第二夫人でもよければ、喜んで」
そう言って鼻水をすするとなんだか笑えてきて、走りながら口が裂けそうになるほど大声で笑いあうのだった。
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